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聖なる夜に転移せし者

作者: 海蛇

 人と魔とが争う世界があった。

世界は悲しみに溢れ、人々は苦しみ、嘆き、明日を生きる気力をなくしていた。

戦いに明け暮れる者達は生気を失った目で相手を殺し、やがて殺される。

そんな悲痛な世界を、一人憂う女神。


「――それが私、光の女神イリスです」

「なるほど、つまりここは戦いに溢れた世界、という事か」

「はい」

「それで、ワシに何を求めておられる? 求めるモノがあるからこそ、呼んだのだと思うのだが」

「――人々の心に安寧を。人も魔も、争いを、一時なりとも忘れることができたなら……そこに救いを見出す事も、できると思うのです」

「ほう」

「戦いに秀でた英雄を頼った事もありました。政治の駆け引きに長けた英傑に(すが)った事もありました。ですが、誰に頼っても、結局は争いが酷くなるばかりで……」

「戦いに秀でた者は戦いの世でしか生きられん。政治が上手い者にしてみれば、安寧などは水が腐る元でしかない。安寧を願うなら、人をまとめる者ではそれを成せないだろう」

「……繰り返し異世界より人を呼び続けた所為で、私の力もほとんどありません。私の加護を貴方に付与する事はできませんが――」

「構わんよ。ワシに任せておくれ――泣き虫だって怒りん坊だって、皆笑わせてきたワシにな」


 ただ白い世界の中。

赤と白の服を纏いし『英雄』は、女神の願いを受け、その世界へと降り立った。

戦に苦しむ人々の為に。

戦を続ける者達の為に。



 西のエルフの国と東のオークの国との国境線にて。

互いに険悪な関係にある両国は、ここで激しくぶつかり合っていた。

西の大将はエルフの王女レムリア。『姫騎士』と名高い勇壮な美姫である。

東の大将はオークの王ム・タイゲン。『灰色の壁』と言われるほどの巨躯と武勇を誇るオーク族随一の豪の者である。

魔法の得意なエルフと肉弾戦が得意なオーク。

完全に互角かと思えた両者のぶつかり合いは、しかし、煮えきらぬ状況に苛立ったレムリアの暴走により一転、オーク側の有利へと転ぶ事となる。

自らが突出して突破口を開こうとしたレムリアであったが、彼女が進んだ先には灰色の壁が待ち構えていたのだ。


「くくく、久しいな姫騎士よ。一度は囚われの身となり、恥辱をその身に受けたであろうに。また性懲りも無く単独で前に出るなど」

「う、うるさいっ」

「まさか癖になった訳でもあるまい? だが、楽しみよのう。前回はいま少しで陥落という所で逃がしたが、今度はそうはいかん。一月――いや、三月は寝られぬと思え!」

「くっ――そ、そのような辱めを受ける位なら――いっそ殺せ!!」

「くはははっ、惨めよのぅ! 姫騎士とまで言われたお前が、我の前で(とろ)けきった顔を晒すのだ! その時が楽しみだぞ! ぐははははははっ!!!」


 哀れ、タイゲンに捕らわれたレムリア。

手足と首とを鎖に繋がれ、手綱を握るかのようにタイゲンに引きずられ、(ひざまづ)かされていた。

その表情は苦悶に彩られていたが、何故かかすかに朱に染まってもいて、それを見るタイゲンの部下らは「よほどの好きモノか」とあざけ笑っていた。

それを聞き、尚の事頭に血が上ってしまうレムリア。


「ぐふふ、さあ、お楽しみの時間だ。貴様らは残ったエルフの軍勢を蹴散らして来い!!」

「ははぁっ」

「お任せあれっ」

「いくぞぉぉぉぉぉっ」


 下品な笑いを隠しもせず、タイゲンは自分を守る護衛らを散らし、再びレムリアを舐めるように見やる。

ごくり、唾を飲み下す音は誰のモノであったか。

パチリパチリと焚き火の粉が舞う中、美女と野獣との視線がかち合う。


「始めるぞ」

「なっ――」


 鎖を引きずり、レムリアをそのまま引き倒す。

不意に始まった蹂躙に、姫騎士は抵抗する勢いすら潰され、そのまま頭を押さえつけられるのだ。

――このままではいけない。

そう思った姫君は、必死に手を前に突っ張り、顔を這い上がらせようとする。


「あいや、またれぃ!!」


 そんな中であった。

その二人のどちらでもない、(しゃ)がれた声が響き渡る。


「何奴だぁ!? 我をム・タイゲンと知っての邪魔だてかぁ!!」


 伽の邪魔をされ、タイゲンは激怒していた。

折角のムードが台無しだとばかりに、怒りを振りまきその声の元を探す。


「ワシの名は、サンタク……『サンタ仮面』!!」


 声の主は、彼らの頭上、樹の枝の上にいた。

赤と白の服と、同じ色合いの帽子を身にまとい、肩には白いずだ袋。

茶色の大き目の安全ブーツ。顔は……白い立派なひげを蓄えた、サングラスの男であった。

この世界の誰とも似つかぬファッションセンスに、二人は唖然としてしまう。


「さ、サンタ仮面だと……? 何だ貴様は。一体何者なのだ!?」

「ワシは聖なるこの夜に人を救うのを生業としておる者じゃ。この場、この二人に救いをもたらす為、ここに現れた!!」

「ふ、二人……? 私だけでなく、この男まで……?」

「左様。救いとは男にも女にも等しく与えられしもの! 差別はしない!」

「馬鹿な! 我は救われるほどの窮地など――」


 困惑する二人に対し、サンタ仮面は優しく、しかしはっきりと言葉を投げかけ、肩の袋を下ろす。

そうして袋に手を突っ込むと、がさごそかと何物か探し始め、場の空気をぶち壊しにする。


「……あ、あのっ」

「いや、すまぬ。もうちょい待ってておくれ」

「ふざけるな貴様っ、殺されたいのかっ!!」

「おおあったあった! おい、そこのでかいの。おぬしにはこれじゃ」


 怒鳴り声を上げるタイゲンに構わず、袋から取り出した小さな指輪を一つ取り出したサンタ仮面。

そうしてキラキラと眩く輝くソレを押し付けられ、タイゲンは困惑げにそれを受け取ってしまう。


「こ、こんな指輪……我にどうしろと」

「こんな素敵な夜に、鎖と力で女を屈服させるのか? 今宵は聖夜。恋人達が結ばれる夜とするならば、女の心を奪うのはこんな無骨な鉄くずでも脅し言葉でもあるまい?」

「そ、それは――」


 サンタ仮面の言葉に、改めて渡された指輪と、そして拘束されたままのレムリアをまじまじと見つめるタイゲン。

そしていくらか逡巡を経て、タイゲンは今一度じ、と指輪を見つめると――レムリアを拘束していた鎖を、解いてしまった。


「……こほん」


 そして、わざとらしく(せき)

なんとなく雰囲気が変わったのを感じ、レムリアもやや恥ずかしげに立ち上がり、タイゲンを見つめる。


「その、一目見た時から、そなたのことが忘れられなかった。戦の中にあっても尚、そなたの姿を求めてしまっていた――我の妻になってはくれないだろうか?」


 先ほどまでの下劣極まりない態度から一変し、タイゲンは紳士的な、一人の男として真摯な言葉をレムリアに向ける。

先ほどの指輪を差し出しながら。じ、と、レムリアを見つめながら。


「――はい、よろこんで」


 長い耳の先まで赤くしながら、姫騎士は陥落してしまった。



「ほっほっほっ、これにてこの地域はオッケーじゃな」

「千年の長きに渡り戦いを続ける両者を止めるだなんて……こんな事、歴戦の勇者でもできなかった偉業ですわ」

「そんな大したことはしておらんよ。ワシは、あの二人の『恋心』が見えていただけだからのう」

「なるほど……」


 オークとエルフ。両種族は今、和平への道へと進もうとしていた。

双方の種族を担うのは、欲望によってではなく愛によって夫婦となったタイゲンとレムリア。

最初こそ周囲は納得しなかったが、睦まじいこの夫婦を見続けることにより、次第に感化されるようになり、それが広まり種族間の理解が進む事となった。

それを見やっていた女神はひどく驚いていたが、サンタ仮面はただただ機嫌よさげに笑うばかりであった。


「では、次の地域はどうでしょうか……大陸の中央なのですが、ここはかねてより、魔族の襲撃に悩まされているようでして……」

「その魔族とやら、束ねている者がいると思うが……」

「はい、『魔王』と呼ばれる男ですわ。かつては私が召喚した異世界の方だったのですが……」 

「ふむ。ならば、そちらからどうにかしたほうがいいだろうな。ワシに任せとくれ」

「お願いしますわ」


 こうして、次の目標が決まる。



「うわぁぁぁぁっ! ゴブリンだっ、ゴブリンがきたぞぉぉぉっ!!」

「村娘を隠せっ、奴ら、娘達をさらっていくつもりだ!!」

「ききぃーっ!!」

「うけけけけけけっ!!!」


 大陸の中央。小さな村が、ゴブリンの集団に襲われていた。

魔族による村々の襲撃は今に始まった事ではなく、若い娘がさらわれる事も少なくない。

だが、完全に不意を打って行われた襲撃に、村人らは混乱してしまい、抵抗する余裕すら保つことができなかった。


「いやーっ、こ、こないでっ」


 次第に、家族からはぐれた若い娘が一人、ゴブリンの集団に囲まれてしまう。

恐怖に腰が抜けてしまったらしく、逃げることすらできず怯えの顔を見せ、近づいてくるゴブリンに、必死になって首を横に振る。

だが、ゴブリン達は許してはくれない。

ずずい、ずい、と、近づき――やがて、背に隠していた得物(えもの)を手に、娘へと距離を詰めた!!


「きゃぁぁぁぁっ」

「ああっ、誰か、誰か娘をっ! 私の娘をっ」


 もはや誰も助ける者は居らず。

娘は、得物を手にしたゴブリンに距離を詰められ、囲まれる。


「キレイナオジョウサン」

「オハナ、ドウゾ」

「ボクトデートシマセンカ」

「ステキナオハナバタケヲシッテルンデス」

「コノハナデキミニティアラヲツクッテアゲタイナ」


 そして、各々ゴブリン達が手に持った花を前に出しながら、娘を口説きに掛かった。


「まあ――」


 生まれて初めての甘い囁きに、娘は一瞬でときめいてしまう。

――ああ、ここまでか。

村の男達は絶望の表情となった。


「ボクタチトイキマショウ」

「サア、ボクタチノウエニノッテ」

「キットシアワセニスルヨ」

「マイニチタノシクスゴソウネ」

「……はい」


 ゴブリン達がキラリと白い歯を見せながら、娘の手を軽く引く。

娘もほとんど抵抗せず、ゴブリンたちに言われるまま担がれてしまう。

これが魔王軍の新戦略であった。

暴力ではなく、言葉と優しさによる口説き落とし。

恐ろしい事に村娘の大半はこれを経験し、断れないのだ。

今日もまた、若い娘がゴブリン達の魔の手に落ちた。


「ちくしょう、ゴブリンどもめ、また若い娘を!」

「しかもオラたちの畑を沢山耕して行きやがっただ! これじゃ今年も豊作になってしまうべよ!」

「オラの家の家畜なんてあいつらに散々散歩させられて満足そうな顔してやがるだ! おかげで乳の出が良くて仕方ねぇ!」

「うちの娘なんて散々ゴブリンどもに接待されてひどい目には一切合わずに帰ってきやがった! あいつら許せねぇ!」


 結果、村はとても平和になった。



 魔王城では夜、怪しげな集会が行われるようになっていた。

巨大な議場の中、中央におわす威厳ある若き王。

これが魔王であったが、その魔王は、議場に集まった魔物たちを前に、声高に説明を続けていた。


「――で、あるからに! 我々魔の者が生きるためには、人を殺したり傷つけたりするのではなく! 人を愛し、人を慈しみ、互いに互いを尊重しあうのが大切である、と!」

「魔王様! お言葉ですが、前振りが長すぎます!」

「今夜の議題は『いかにして人間の姫君を口説き落とすか』と『ツンデレ貴族令嬢をデレさせるには』の二つだったはずです!」

「ずっとこれだけの為に夜まで待ってたんですから早く進めてください!」


 偉そうに長話を続けていた魔王であったが、魔物らのバッシングを受けバツの悪そうな顔をする。

しかしながら、頭を掻き、魔物らに向け「すまんすまん」と誤魔化し笑い。


「私は明日! 人間の姫君に直接! プロポーズをしてみようと思う! 今の時代、国を取るのも戦争等ではなく、こうして婚姻によって繋がりを築くほうが良いのだと、我が師に教わった!」

「おおおおっ」

「とうとうプロポーズですか!?」

「それで今回の議題ですな? さすが魔王様、自分の事に関してだけは抜かりがない!」

「ふははは褒めるな褒めるな! では、早速議題を始めようではないか! 皆思うまま語り合ってくれ、むろん無礼講だ!!」


 そうして、中央に立っていた魔王はノシノシと歩き、自分の席に戻る。

後はまかせっきりである。議長を務める魔物が勝手に進めていく。

魔王はそれを眺めながら満足げに足を組み、その中で生まれたモノを頭の中で上手く繋げていくのだ。


「上手く行っておるようじゃのう」

「師よ。貴方のおかげで我々魔族は覇道を進めている。初めて会った時は何者かと思ったものだが、今は、貴方のあの時の言葉を聞き入れてよかったと思っていますよ」

「うむ。ワシとしても、そなたが素直でよかったと思っておるよ」

「しかし、貴方は私と同じ世界からきた方だと聞きましたが……サンタクロースなのは解るのですが、一体どこの国の方なのですか? 日本人には見えませんが」

「ワシか? ワシはリュキアのバタラ生まれじゃよ」

「全く解りませんね。西洋か、そのあたりの方かと思いましたが」

「ははは、まあ、今で言うならそんな感じじゃろうな」


 ローマ時代の属国など、日本生まれの魔王殿には解らぬ物事であった。


「師はご存知かわかりませんが、人間側を束ねている国……あちらの国王も、実は私と同じようにこちらにきた人間らしいのですよ。政治家としてまとめようとしてきた奴らしいですがね」

「そうらしいのう」

「我々は、いずれも女神によって呼び寄せられ……そして、争わされていたように、感じていたのですが」

「そんな事はないわい。あちら(・・・)の王も同じような勘違いをしておったがな。あの女神は、ただ酷く不器用なんじゃよ。本心では『みんなの幸せ』しか望んでおらんが、そんな抽象的なもんはそうそう容易くは手に入らんものじゃて」


 白いひげをなでながら、サンタ仮面は楽しげに議場を眺める。


「――いろんな意見がある。色んな者が居る。不幸な者とて、見かたを変えればいくらでも幸せに出来る。それに気付けないから不幸なままなんじゃよ。ワシは、その見かたを変える手伝いをするのが得意なだけじゃ。それと、少しばかりの施しも、のう」

「……なるほど、サンタクロースらしい意見ですね」

「そうじゃろうそうじゃろう。あの世界も大分変わったが、いつになっても人は人にモノを求め続ける。だが、本心から望んでるものっていうのは、存外昔から今から、そんなに変わらんものじゃよ」


 ふぉふぉふぉ、と、機嫌よさげに笑い、席を立った。

魔王が見やり、一言。


「行くのですか?」

「おうよ。聖なる夜に呼ばれた。だからこそワシは皆に幸せになれるような『奇跡』を振りまいた。そして、人々の、魔物達の手によって奇跡は成った。ならば、もうここにいる必要はあるまい?」

「……私は、この世界が気に入ってしまった。ですが、貴方と会えないのは寂しくも感じますね」

「なあに、聖なる夜は毎年訪れる。ワシはその度に蘇り、人々に『幸せの源』を振りまく。この世界でもやればよかろう、クリスマスを、な」

「覚えておきますよ」

「ふぉふぉふぉ、じゃあな。いやあ、存外、楽しいクリスマスであった! さらば!」


 キラキラと輝く赤と白の服。

ひげもじゃの老爺(ろうや)は、最後までにこやかであった。



 そうして、世界は救われる。

女神の手でもなく、サンタの手でもなく、そこに住まう者達によって。

平和になった世界では、やがて、誰ともなくある日を祝う行事が生み出されるようになった。

そうしてその日には、こう言うのだ。

『メリー・クリスマス』と。

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