うつつ
私は、特に男好きではないが高校生の頃からヤリマン女と噂されていた。
そんな私も今年で三十路になる。子供の頃を思い出せば切りがない。
私が家には寄りつかなくなった高校二年の夏休み前だった。
毎晩、友達の家を転々としていた私はあの日、女友達は誰も捕まらなくて携帯を鳴らしてもシカトされていた。たぶん、また「泊っていい」と聞かれるのがうんざりなんだろう。
私は、アドレス帳を開き、一番お願いしたくない男友達の啓太に電話をかけた。
「もしもし。啓太。今日泊っていい?」
啓太は、私の事を好いていた。それは単なる噂じゃない。直接、啓太に告白を受けていた。だけど、返事はしないままだった。でも、まあいい。泊る場所がないし即オッケーしてくれるのは電話帳の中には啓太しかいなかった。
私は、自転車で啓太の家まで走った。
啓太の家は繁華街のマンションで母子家庭育ち、母親はスナックを経営していて夜は不在にしている。正直、親がいない家に泊まりに行くのは気楽だ。
そもそも私が、友達の家を転々とするようになったのも、父は平日仕事で帰りが遅く私には全く関心がなかった。髪を染めても化粧をしても煙草を吸っても、ただ冷たい目で見るだけだった。母親はというと、私が十歳の時に近所の男と私を置いて出て行った。
私は、制服のスカートを学校から出る前短くウエストで二回折った。大抵、女子高生が自転車に乗っていると車のオヤジ達はチラ見してくる。まあ、それもいつもの事だ。
啓太の家に行く途中にはいつものカラオケ屋があって、そこにはウチの学校のヤンキー共がたむろしていた。
「おい。三上」
私は、ヤンキーの佐藤って男に名前を呼ばれたけど軽く無視して自転車で走った。
佐藤は学校に改造バイクで現れ、停学になっていた。振り返れば、佐藤も両親との確執があったのだろう。佐藤が停学になって親が呼び出された時、佐藤の母親は、実の息子を停学になったくらいで施設に入れるって泣いていた。体裁ばかり気にして、自分の保身をする事に精一杯のようにも見えた。あいつはあの親に育てられ、きっと自分の存在を確かめていたのかもしれない。だから、あんな風にヤンキーやっていたんだろうな。
そんな佐藤も、今では建築会社の社長になったのだから立派なものだ。
自転車で走っていると、周りが早送りしたみたいに見えて私は好きだったりする。
スーパーの前を通過した時、三十代の母親が小さい子供を連れている姿を見掛けた。とても平凡そうにしか私には見えなかった。
「私はあんなオバサンにはならない」心でそう叫んだ。
何故なら、私にはあんな普通の主婦より夢のある事をしたいと思っていた。歳をとっても結婚して人の嫁になるのではなく、自分自身で稼いで一人優雅に暮らし、自由でいたかっただけだ。
啓太の家までもう少しってところで、この辺じゃよくある洒落たマンションに見慣れた車が停まっていた。
「あれ?あれって数学の梶山の車じゃない」
私は、今日学校に梶山が来ていない事は知っていた。別に梶山に興味があるわけじゃない。アイツの授業はダルイし、大抵数学教師は生徒に嫌われる。
私は、興味本位で自転車を止めて梶山の車を覗いてみた。黒塗りのピカピカのスポーツカー、中を見たらやっぱり梶山らしい小奇麗さがあった。
私は、不思議と他の先生の車のナンバーは知らないが、梶山の車のナンバーははっきりと覚えていた。
「おい。三上」
「え?」
声のする方に目をやると梶山が立っていた。私は内心「ヤバイ」と思って逃げようとした。でも、梶山は、私に近づいてきた。
「おい。お前、ここで何してんだ?」
「うん。まあ、通りかかったから。ただそれだけ・・・」
「へえ~。で、お前これからどこへ行く」
「啓太のとこ。山崎の家だよ。それが何?」
「お前。自宅に帰ってないんだってな」
「それが何。あんた担任でもないし関係ないじゃん」
「なら。俺の部屋に来い」
「はあ?」
「いいから」
私は、梶山に言われるがまま梶山の部屋に入った。
部屋は、やっぱり数学教師らしい小奇麗さとシンプルにまとまった部屋は今まで嗅いだことがない様な独特な匂いがしていた。煙草は吸ったことはあるけど、梶山の部屋はそんな匂いとも違った煙の臭いだった。
テーブルには飲みかけの赤ワインのグラスがあって昼間から梶山は酒を飲んでいた。梶山の部屋を見渡していても女の人を家に上げている様子もなかった。それは女の勘ってやつだ。
梶山が冷蔵庫から私の飲み物を取りに行っている時に、ふと目に留まったのがテーブルの下に置いてあった、見慣れない白い袋だった。でも、私はそんな事は気に留めず話を掛けた。
「ねえ。先生。なんで今日学校来なかったの?」
「だるいから」
「はあ?」
私はビックリした。
内心こいつ頭イカレているのかと思った。生徒の前で堂々と「だるいから」と言える神経を疑った。でも、学校では見れない梶山の姿を見たようでちょっぴり親近感を感じた。梶山は、学校では無口で無骨だ。プライベートの梶山を知った私は、試に梶山をからかってみたくなって聞いてみた。
「先生。彼女いるの」
梶山は首を横に振った。
「え。マジ、いないの」
梶山は黒縁眼鏡をかけているが、眼鏡をとれば、深い二重に長い睫、鼻筋の通った鼻をしているから、そこそこイケメンって言ってもいいくらいだろうと前々から思っていた。それに、梶山はウチの学校では一番若く二十五歳だ。私は、梶山に出されたスパーリングウォーターを一口飲んで、試に梶山に言ってみた。
「先生。眼鏡とってよ」
「ああ。いいよ」
梶山が眼鏡をとった姿に私は思わず目を反らした。
「おまえ、なんで自分から眼鏡を取れって言っておいて目を反らすんだ」
梶山は、私の手に掴みかかり言って来た。私は、自分の顔が真っ赤になっている事に気づいていた。梶山は、想像以上にカッコ良かったし、私のタイプだった。梶山は、それを知ってか知らずか、私をからかうようにこう言った。
「なあ。三上。俺の彼女にならないか」
「へぇ?」
「俺。お前の事好きなんだ」
「あっそう。そんなのウソでしょ。バカにしないで。キモイ」
「なあ。三上。俺はウソはつかない。好きなんだよ前から」
「・・・・・・・・・・・・」
「本当なんだ。黙るなよ三上」
「ねえ。先生。私が学校でヤリマンだのって噂知ってるでしょ?」
「・・・・・・」
「やっぱり。だから私とヤリたいだけなんでしょ」
「違う。それはただの噂の一人歩きだろう。お前、家に帰っていないから」
「先生・・・」
突然の梶山の告白に私は驚いた。学校の先生が生徒を好きになるって話は聞いた事はあるけど、自分に起きるとは思っていなかった。それでも私は首を横に振った。
梶山は、眼鏡をかけ直し、テーブルの下にあった白い袋から粉を取り出した。まるでお茶の様な粉だった。私はその手先をじっと見つめていた。梶山は、無言のまま煙草の紙にその粉を詰め込んだ。
「なら、これ吸ってよ」
そう言って私に梶山が差し出した。
「何言ってんの?バカなんじゃん。これ煙草でしょ。しかも変な粉入れてたじゃん。それ麻薬でしょ?」
私は、梶山の部屋を出ようと立ち上がった。いくら私が家にも帰らない少女だとしても、人の道に外れた生き方はしたくなかった。梶山は、私の腕を掴み膝を着いて私に頭を下げた。
「頼む。一本だけでいいから吸ってくれないか?俺も吸うから」
「どうして?何でそんな事、先生がすすめるの。バカだよ」
「三上。俺を救ってくれよ。もう、これで最後にしたいんだ俺・・・・」
「これ・・・・本当に麻薬なの?」
私がそう聞くと、梶山は首を横にゆっくり振った。
そんな梶山の姿をみた私は、煙草なら何度か吸った事はあるし、麻薬じゃないなら・・・と、今思えば軽い気持ちで梶山のお願いを聞いてしまった。
「煙草。吸った事あるだろう」
「まあ」
「じゃあ。そのように吸ってみてくれ」
「・・・・・・」
私は、思いっきり肺に煙を入れた。
そこからは、まるで雲の上に梶山と二人っきりでいるような幻覚を見た。梶山の事を愛して止まない自分の気持ちが溢れだして来た。
そして梶山が流したラブソングに合わせる様に、私は梶山のズボンを下し、優しくペニスを舐めまわしている自分を、天井から見ていた。
梶山のペニスは何度も腫れ上がったり小さくなったりしている。梶山は激しく喘ぎ、私は梶山の上に乗った。
そして私は梶山と体を交じり合わせた。
初めてだった。中二の時に処女は破っているけど、感じたのは初めてだった。
何度も梶山にイカされて気づいたら明け方になっていた。
啓太からの携帯の着信すら気づかず、紙巻きたばこが切れたら吸っての繰り返しをして、私は梶山の上に何度も乗って腰を振っていた。
朝が来て、正気になった自分に虚しさが残った。ブラウスのボタンを閉じる私に梶山はこう言った。
「結婚しよう。俺、学校は辞めるから」そう言って、また私を抱いた。
あれから梶山のマンションで吸った煙草と言う名の危険ドラッグは、あれっきり私も梶山も吸っていない。梶山はあの後、学校を辞めマンションもかえた。
そして今のマンションに私を連れて暮らし始め、私が十八になった年に結婚したんだ。そして、今では三人の子供に恵まれ、私は三上紀子ではなく梶山紀子となっている。
私も子供をもうけ、三児の母となり、あの時スーパーで見かけた母親の様に平凡に暮らしている。
「パパ。おかえり」そう言って。