未来の好敵手?
書籍発売記念の小話。
……つまらない、日々はその言葉に尽きる。
次期国王としての研鑽の日々が続く中、やはりそういう感情が浮かんでも仕方ない事だと許して欲しい。
無論、リズに諭されてからは大切な事だと重々理解しているし、あれから寧ろ進んでこなすようにはなった。進んでこなす事で世界は変わったし、勉強や鍛練にも楽しみを見付ける事が出来るようになった。
が、やはり退屈になってはしまうのだ。
教えられた事を貪欲に吸収して知識としては身に付いているし、魔術剣術も身に付いた。
それでも退屈なのは、日々に色がないからだろうか。視界にあの薄い色素の髪と紅の瞳がちらつくだけで、俄然やる気になるのだが。
「……よし、会いに行こう」
恐らくリズには窘められるだろうが、今日の日程は全部済ませてあるし、後ろに護衛を付ければ城の魔導院に居るリズに会いに行く事くらいは出来る。
よしそうしよう、これは私の気力を補充するする為であり、今後の為にも仕方ない事だ。
そう思って安全の為に護衛を付けて変装してからリズの元に向かい……そして、目を丸くしてしまった。
あのリズに、異性の友人が出来ている?
魔導院の中庭に、リズとその子供は仲良く……と言って良いから分からないが、談話を楽しんでいる。
リズと同い年くらいの、幼さの中にも少しきつい雰囲気のある顔立ちの少年。銀髪に金の瞳……あれは、シュタインベルトの家系特有の色彩だ。
アデルシャンと同じく、あの家系は色合いで判断がしやすい。血が濃ければ濃い程あの色合いになる。
この少年は余程血が濃いのか、鮮やかで澄んだ金色の瞳をしていた。そう、あの父上の事を良く思っていないあの男のように。
あの口煩い老齢の男を子供にすると、失礼だがこんなふてぶてしい顔になりそうだ。目の前の彼はお世辞にも愛想を振り撒くタイプには見えない。
何故アデルシャンの子女であるリズとシュタインベルトの子息が仲良く出来るのだ。……いやリズなら知らずに仲良くなりそうなものだが。
知らずに仲良くなったならそれはそれで大問題なのを、リズは知ってるのか。
あの家系なら利用とかも考えられる。リズが利用されているかもしれない。
「リズ!」
「え……なっ!?」
そう思うと居ても立っても居られなくて直ぐに駆け寄ってリズの手を取ると、ベンチに座っていたリズが目を丸くしていた。
私の姿を見て畏まる前に混乱気味に此方を見上げる。その姿もまた可愛らしいが、それを愛でるよりももっと優先する事があった。
「で、殿下、何故此処に?」
「気分転換だ。それよりもリズ、彼は?」
「あ、セシル君です。魔導院で仲良くなりました」
のほほんと紹介してくれるのは良いが、この様子だと何も知らないでいそうな気がする。
「……お初お目にかかります、セシルです」
視線を隣の男児に遣れば、私が王族だとは気付いているらしくぺこりと頭を下げた。態度におかしい所はないし、普通の貴族の子息に見える。
眼差しが微妙に不可解そうに此方を見ている気がしなくもないが、王族が出歩く事について問いたいのだろう。ちゃんと護衛は後ろで様子を見ているからその辺りは抜かりないぞ。
「……リズは、何故この少年と一緒に居るのだ?」
「え? 友達……だから、ですけど」
きょとんと不思議そうに首を傾げるその姿も愛くるしいのだが、あまりにも事情を知らな過ぎて逆に困る。
ヴェルフも何故止めないのか、いや理解して止めていないのかもしれない。
あやつも普段へらへらはしているが侯爵としては遣り手だ、何も分かっていないリズをけしかけて……いやあの溺愛具合からは有り得んな、リズの危険を見逃す訳がない。
ならば彼に危険はないと見なされている訳だが、家柄を考えればおかしな話だ。シュタインベルトとアデルシャンの関係を考えたなら。
訳が分からなくなってきて唇を隙間なくぴっちりと合わせた私に、リズが紹介してくれた少年は冷めた目で溜め息をついた。
「彼女が心配らしいので言っておきますが、私は家とは無関係です。私個人の意思で彼女とは親しくさせて頂いてます」
「セシル君が私って言った……というか親しくしてくれているんですね!」
セシルとやらはきっぱりと言い切ってから、嬉しそうにはにかむリズに「うるさい黙れ」と小声で悪態をついている。だが、その眼差しに害意はない。
……そういえば、シュタインベルトには『出来損ない』と揶揄される子供が居たような気がする。暴走事故を起こして魔導院に預けられた、幼児が居ると。
それならば、家と無関係なのも頷ける。恐らく、捨てられたと感じているであろう彼は家を憎んでいるだろうから。家の利益の為に行動する筈がないのだ。
寧ろ反目する代わりに仲良くなっているのかもしれない、細やかな抵抗として。
そうだとしたらそれはそれで宜しくはないだろうが、リズに危害を加えるつもりがないのは何となく分かった。それだけ分かれば充分だ。
ただ……何故か、嫌な予感もするな。
リズは魅力的な女子だ、少なくとも私にとっては。ちょっとのほほんとして無防備な所もあるが、家柄抜きにしても聡明で穏やかで優しい。時に厳しく叱り付けて来るが、後で甘やかす所も可愛らしい。
この少年も、いつリズに惚れるか分かったものではない。というか今現在恋情を抱いているかもしれないぞ。
「セシル殿はリズの事をどう思っている」
「ちょ、殿下いきなり何聞いてるんですか」
いきなりの質問にセシル殿よりリズが慌てていたが、これを聞かずに居られようか、いや居られまい。
ただでさえあの厄介な従者が居るというのに、これ以上リズを狙う輩が増えるのは芳しくない。彼がもし、リズの事を好いていたとしたら?
増えないに越した事はないが、いつの間にか慕う男が増える前に存在を知って対策を練った方が建設的だ。
質問を受けて、セシル殿は瞬きを繰り返した後少し呆れたような眼差し。
今間違いなく「あほくさい」と唇が動いたぞ、この問いは私情である上一人の男としてのものだから咎めるつもりはないが。
「彼女はとても無鉄砲……いえ行動力があり、世間知ら……純粋で、能天気……ええと穏やかな人で」
「せめて本音を隠して下さい!」
隠しきれていない、というか恐らくわざとであろう本音にリズは不満そうだったが、私は私で安心してしまった。
彼はそういう対象で見るつもりはないらしい。というか馬鹿にしている気がする。今も唇を可愛らしく尖らせているリズを鼻で笑っているし。
それはそれで問題があるような気がするが、だったらそこまで警戒せずとも。
だが。
「……少々無邪気過ぎる所はありますが、その純粋さに救われている事もあります」
平坦な声音で呟かれた言葉。その癖、ほんのりと柔らかさのある声音。
少しだけ眼差しを和らげて僅かにだが穏やかな表情を作ったセシル殿に、背筋がざわつくというか……痺れたように、何かが走って私に警告を発する。
本能的なものだったが、不思議と予感は違える事はないと分かっていた。
彼は、私にとって大いなる壁となって立ちはだかりそうだ、と。
「……貴殿には負けないからな」
「は? ……いえ、仰る意味が分からないのですが」
恐らく素に戻ったのか訝るような眼差しを向けて来るセシル殿。……今はまだ、そういう感情がないとは思っている。
だが!
「絶対に負けないぞ」
「あの、ユーリス殿下、何の話を」
「殿下ー、何かよく分かりませんけどあらぬ誤解をしている気が……」
「リズは渡さないぞ」
再度「はあ?」と素の声が漏れているセシル殿の顔を強く見据えると、解せぬと言いたそうな表情が返って来る。
隣のリズは「あー……気にしないで下さい、殿下誤解してるので」「だろうな」と会話していた。
リズ、人の心というものは分からないのだぞ?
この少年がリズの事を好きにならない可能性がないなんて誰にも断言出来ないのだから。
あの従者だって今は明確な恋情ではないだろう、まだ可愛い子供くらいにしか思っていない筈。
それでもあの従者は確実にリズだけしか見なくなる、それは確定した未来のように思えた。そして私の前に立ち、阻む壁となる事も。
それと同じようにこの少年が私の壁になる事も、大いに有り得るのだ。
新たな強敵(予定)の出現に、『リズの心を射止められるくらいに立派な男に』という志を新たにするのであった。