とある少年の過去と憎悪
書籍発売記念のSS(単にペーパー不採用SSとも言う)
気味が悪い子。
俺が世間では母親と呼ばれるに存在に言われた言葉で、深く胸に刻まれた言葉だ。
物心付いて、親が求めるがままに物事を学び知識を吸収しこの人格を作り上げた結果、母親からの評価はそれに収束した。
不気味な子。人外。化け物。
そんな言葉を毎日のように叩き付けられた。罵倒の内容もエスカレートしていく。
お前達がそれを望んで押し付けて来た癖に、全部指示通りにこなせば化け物を見るような目。最初は嬉々として俺に教育を施したのに、期待に応えれば掌を返したように罵られる。
もっとと望まれたから頑張ったのに、何故俺は忌避されなければならないのか。
疑問と苛立ちばかりが募る日々。
そして六歳の誕生日を迎えて、俺はとうとう家という居場所を消された。
切っ掛けは、魔力を制御出来ずに暴走させた事。抑えきれなくて庭を全壊させ、母親を傷付けて。
気付いた時には俺は拘束され城に連れて行かれていた。
「……この異端児をお引き取り下さい」
「しかし、この少年は嫡子では」
「もう一人息子が居ますので」
大人達の間でどういうやり取りがなされたのか、子供には発現し得ない理解力を持っていたと自負する俺は、皮肉にも理解してしまったのだ。
……ああ、捨てられたのか、と。そして理解した所で、覆される事はないのだと。
怒りよりも先に、達観してしまう。とうとうこの時が訪れたのだと。俺は目障りな存在でしかなくなったのだと。
乾いた笑みが、顔中を支配した。
「あほらしい」
今まで努力したのは、何の為だったのだろうか。馬鹿馬鹿しいにも程がある。どう足掻いても、俺が俺である限り、俺は愛されないのだ。
化け物は愛されはしない。化け物は誰からも愛される事も求められる事もない。
……なのに。
「父様」
自分と同じ筈の少女は、幸せそうに笑っていた。規格外と噂されている化け物は、父親と幸せそうに笑っているのだ。
「リズは可愛いなあ。約束守れるよな?」
「そりゃあ頑張りますけども」
規格外の少女は、拗ねたような表情。しかしそれも父親に抱き上げられて撫でられて、溶解したようにだらしなく緩んだ。
周りの奴等も、それを微笑ましそうに見守っている。俺と違って、愛されいる。
父親に愛されて、周囲からも祝福されて。
俺と同じな癖に、対極の存在。
俺が望んでも手に入らなかったものを、当たり前のように持っているあいつ。
……俺は、絶対にこの少女とは相容れないだろう。
眩しくて、羨ましくて、妬ましくて、憎くて。
「お前なんか早く消えれば良いのに」
羨望に嫉妬、憎悪がぐちゃぐちゃに混じった黒い感情を押し込めた罵り。少女は少し悲しそうに眉を下げて笑った。哀れまれている気がして、更に積もっていく真っ黒な感情。
身勝手な憎悪だとは理性で分かっているのに、この胸の奥で渦を巻く不快感と劣等感は、どうしても汚い言葉となって外に出たがった。
突き放した筈の少女は一瞬悲しみに顔を歪ませたが、それでも諦めなかったのか気丈に笑みを形作る。
「嫌われていますが、それでも私はセシル君と仲良くなりたいと思っているのですよ。私はあなたを理解したい、仲良くなりたい」
そう言って俺に手を伸ばして来て。
弾いたのも、反射的なものだった。
俺よりも小さめな掌を引っ掻くように弾けば、少しだけ皮膚が抉れたのかじわりと紅が白を染める。それに謝罪する気も起きなくて「気安く触れるな」と睨み付ければ、傷付いた掌を胸に抱えた少女は眉を下げて笑った。
大きな紅の瞳には涙が少しだけ滲んでいて、それが俺にとって何よりの違いに思えて。
俺と違う、人間らしさ。
それを見せ付けられたようで、胃の辺りがむかむかとして内側からせり上がって来る真っ黒な感情を抑え付けるしか出来ない。
「俺とお前は違う! お前なんかに俺が理解されて堪るか!」
愛されている癖に、俺の事を分かろうなんて。そんな憐憫なんて要らない。近寄るな、これ以上俺を惨めにしないでくれ。
側に近寄られるだけで、俺を守る殻が無意味と化しそうで、側に居たくなくて俺は少女から逃げるように部屋を後にする。
走って走って、誰も居ない訓練室の隅に辿り着いた頃には、こみ上げる嘔吐感と、疾走とは別の要因による胸の痛みが体を支配していた。
堪らず、しゃがみ込んで肩を抱き締める。
……痛い。引っ掻いたのは俺の方なのに、胸の奥が痛い。ちくしょう、何で、こんな。
早く、お願いだから早く居なくなってくれよ。俺を理解しようとしないでくれ。
早く消えてくれよ。俺が届かない光に焦がれる前に。叶いもしない不相応な願いを抱く前に。