105話IF ジルの理性がログアウト
活動報告に載せていた105話のIFです。
「ジル、ぬいぐるみじゃないのですが」
背後からこれでもかと言わんばかりに優しさと勢いと親愛を以てしてハグしてくるジルに、どきどきと熱が止まらずに唸る私。
体格差のせいで、私は何にも出来ない状況です。そもそも熱のせいで体が殆ど動かないから、ジルにされるがままな訳で。
締め付けるような意味では苦しくないですが、……ぎゅーっとされるとぽかぽかして、鼓動が早くなってしまうのです。その癖もっと、とねだりたくなるような心地好さがあって、拒めません。
「あなたが可愛らしいのが悪い」
個人的に褒め言葉なのか微妙な責任転嫁を甘く囁くジルは、いつもよりも吐息が熱い。耳、弱い事知ってる癖に側でわざと息を触れさせるから、ぞわぞわしてしまいます。
「……ジルはいつも、可愛いとか言ってますけど、凄く子供扱いみたいです」
全て身を委ねてしまいたくなる衝動を何とか堪えて、少しだけ唇を尖らせてみたり。
子供扱いなんて、今更なの知ってます。自分から子供のように振る舞うのが原因です。
でも、ジルに触れるのは幸せでとても気持ちが良い事。大きな掌に撫でられるだけで、髪を梳いてもらうだけで、ぎゅっとして貰うだけで、幸福感と安心感に包まれてしまう。
女の子として見て貰いたい、お姫様のように扱って貰いたい、一杯愛情が欲しい。それは女の子ならよくある欲求。
でもそれを求めたら何かがおかしくなる気がして子供のまま無邪気にくっつきたくて、でも子供扱いでは嫌で。我が儘だけど、子供で居たくもあり女の子で居たくもあります。
「ちゃんと女性として見てますよ。……とても可愛らしく、愛おしい」
ジルはそんな葛藤を嗅ぎ取ったかのように、ふわりと柔和な顔立ちにとろけるような笑みを湛えて、また甘く囁く。
馬鹿にされてる訳じゃないのに、むずむずして、もやもやします。肝心な所を抜かして言われているように、何かが足りない。
でもその答えを知ったら後戻り出来なくなる気がして、意識から全部追い出して、ジルに凭れ掛かりました。
ジルは押し黙った私にただ甘い笑みを浮かべ、私の膝裏と背中に手を回してひょいっと持ち上げます。そのまま横抱きにするように膝に乗せられて、抱き締められました。
ぼうっと見上げれば、少しだけ息を呑んだジルが「可愛いお人だ」と訳の分からない一言を呟いて、そっと顔を近付けます。
薄い唇が、額に触れました。
「……っ、じ、ジル……」
「……可愛いですよ、私の姫君」
全部融解させるような、とろけた熱っぽい囁き。
それだけじゃなくて、更に口付けが瞼にも頬にも鼻にも落ちてきて、触れた場所から熱という蕾が花開いていきます。ああ、これさっきの仕返しなのかな、と思うくらいには、恥ずかしい。
唇にされないのは、最後の堤防なのかな、とかぼんやりした意識で思ったり。
ぽわぽわしてもう何がなんだか分からなくて、心臓の高鳴りをそのままにジルを羞恥に潤む涙目で見上げます。全身が、熱くて仕方ない。もう壊れてしまいそうなくらいに、熱くてぼーっとして思考がゆるゆるでした。
ただ、恥ずかしいけど何だか幸せで気持ちいいなあって、思ってしまって。
しっかりした指先が唇をなぞっても、擽ったいだけじゃなくてふわふわと気持ちいい。
「……褒美は姫君というのも、物語の相場では?」
その後、勇者と姫君は結ばれて幸せに暮らしましたとさ。
ドラゴン退治をした勇者の物語にある、定型文の結末。
それを今思い出して、ああそこまで物語をなぞるのですか、とぼんやりした思考で納得しながら、重ねられた唇の感触を最後に意識が薄れました。