IF 殿下と結婚後
100話記念に書いた殿下と結婚後のお話です。
我が子をお腹に宿して、漸くあの時の母様の気持ちが分かるようになりました。……とても、幸せで、お腹の中が沢山の人の祝福と夫の愛情で詰まっている、と。
「……リズ、体調は大丈夫か?」
まだ安定期に入っていない事もあり、体調も優れずベッドに横になっている事の多いこの頃。
お腹の赤子が栄養を欲しているのでちゃんと食べなければならないと分かりつつも、どうしても食が細ってしまう私をユーリス様は心配して来ます。頑張って食べてますし、侍女やユーリス様が心配なさるので大人しくしているのですが……それでも執務の間にこっそりと抜け出して様子見に来る旦那様。
陛下も心配らしく、偶に仕事を放るのは目を瞑ってくれてます。まあユーリス様も直ぐに戻っては仕事をこなすので、問題がないのでしょう。
こそこそと抜け出すユーリス様の姿を見て侍従達が微笑ましそうにしている、というのは、私専属の侍女が教えてくれました。
「平気ですよ、ちゃんとご飯も食べてますし」
「気持ち悪さとか大丈夫なのか? そうだ、侍女に喉越しの良いものでも」
「大丈夫ですってば、もう」
案外心配性ですよね、ユーリス様。
執務の時のきりっと引き締まったお顔は、今や見る影もありません。おろおろと私を不安そうに窺うユーリス様は、次期国王というより一人の父親の顔をしておりました。
「ユーリス様がしゃっきりしないと、私も安心して産めませんよ?」
「……随分と落ち着いているのだな」
「ふふ、女は強い生き物なのですよ」
お腹の中に居る子を育てるのは、産まれるまでは私一人なのですから。私が強くないと、お腹の子も不安がるでしょう?
それに、……こう、近くで慌ててくれる人が居ると逆に冷静になれるというか。
「……リズは強いな」
「……そうでもないですよ。私だってお母さんになれるかとか、ちゃんと我が子を一人前にまで育てられるかと思うと不安にもなったりします」
そういう心配は、ない訳ではないです。私だって超人ではない、不安な事も心細さで眠れなくなる事だってある。
でも、私が不安がっててはいけません。皆心配して尽くしてくれて、私は沢山の幸せと優しさに囲まれているのです。とっても恵まれた環境に居るんですよ、なら私もそれに応えてあげたいですし。
……それに。
「でも、ユーリス様は私を支えてくれるでしょう? だから、不安より幸せの方が一杯だなあって」
「……私がリズに支えられていると知って、それを言えるのか?」
「ええ。……お互いに支え合っていける夫婦って、凄く理想的で円満な家庭になると思いませんか?」
最初はユーリス様と結婚とか、抵抗あったんですよ。次期国王の正妃なんて、沢山の重圧と期待がかかるから、怖かったし。
でも、それを上回る愛情と希望をユーリス様はくれた。辛いなら支えるから、リズも支えてくれ、って言ってくれた。今、私達はその言葉を体現している。
今、私は誰に聞かれたって、胸を張って「幸せです」と答えられますよ。
穏やかな気持ちと幸せな気持ちで溶ける頬。ベッドに背を着けたままユーリス様に手を伸ばすと、何だか泣きそうなユーリス様が此方に身体ごと近付いて来ます。
こつん、と額同士がぶつかって、ふんわりとユーリス様の良い香りが漂って。少し潤んだ碧眼は、私を愛しそうに見つめていました。
「……敵わないな、リズには」
「ふふ、古来から妻は強いのです。私はまだまだ弱い方なのですよ」
「それでも、私よりずっと逞しい」
「それは褒めてるように聞こえませんよ、もうっ」
失礼ですね、と口だけで不満を口にしつつ笑みを浮かべ、そのまま愛しい夫の背中に手を回します。
……この人は、知らないんだろうなあ。私がどれだけあなたに支えられているかを。あなたが私を愛してくれるだけで、とても救われているって事を。
変な所で狡猾な策士は鈍いんだから、とくすくす笑って、落ちてくる口付けに身を委ねました。