if ヤンデレジル
アンケートにあったネタ。
ヤンデレバッドエンドにつき注意。
ふかふかで甘い匂いのするクッション、転がる動物のぬいぐるみ、手を伸ばせば触れられる鈍色の格子。試しに指先で触れても、ただひやりとした感触しか返ってきません。
頑丈に作られた鳥籠は、私を囲って逃がさない。足首を拘束する革製の輪に繋げられた細い鎖ですら、私の力では引き千切れやしません。
何処にも行けない、何処にも逃げられない。
もう、諦めています。最初の一ヶ月は抵抗の限りを尽くしましたが、二ヶ月、三ヶ月と続くにつれてどうにもならないものだと悟ってしまいました。
魔力を封じられた私は、ひ弱な女でしかない。ジルが私を貪欲に食そうとも、受け止めきれない愛情を注がれようとも、抵抗が出来ません。
だから、諦める事にしました。
抵抗は意味がない事。素直に、溺れていくしかありません。それが私という自我のゆるやかな崩壊に繋がっていたとしても、私はもう足掻く事に疲れていました。
「リズ、何処へ行こうとするのです?」
背後から、私が伸ばした手を絡め取り引き戻されます。お人形を抱えるように抱き締めるその人は、少し不服そうに耳元で囁きます。
暗に逃がさないと言われている事は分かっているので、手足から力を抜いてジルに凭れかかりました。
拒まなければ、逃げようとしなければ、ジルは酷い事はしません。深く重い愛情で、私を溺れさせようとしてくるだけ。
逃げようとすれば二度とそんな事を考えられないように、ありとあらゆる手段でジルという存在を体に刻み込まれる。だから何もしないのが得策で、唯一の正解なのです。
「あなたは私の腕の中に居てくれたら、それで良いのです。何処にも、誰にも連れて行かせやしません」
耳元で囁かれる言葉は、愛というには重くて暗く、執着と狂気の入り混じったもの。拒もうなら、私はまた昼夜愛されて意識を失う程に貪られるのでしょう。
ならば、大人しくしておけば良いのです。転がるぬいぐるみのように、じっとして、物言わぬお人形になれば。
ジルの腕に収められて、ただ虚空だけを見つめます。
考える事に、疲れてしまいました。考えても期待しても、助けは来ない。考えれば考える程、この状況に救いがない事が分かるから、怖い。
……だったら、何も考えなければ良い。
ジルが望むのは、私の体と見掛けだけだから。私という個を許してくれないのなら、私なんて要らないでしょう?
そう考えるととても楽になった気がして頬を緩めて微笑むと、それに気付いたジルは柔らかい笑みで頭を撫でます。
……気付くのが、遅かったなあ。もっと早く、気付けば……私は、楽になれたのに。
もう、何も考えなくて良いよね。楽になっても良いよね。苦しい思いをしなくても良いよね。
楽になれる、その思いが口許を綻ばせます。それにジルが嬉しそうにするから、きっとこれは良い事。私の中身なんて要らないのだから、表面だけ微笑んでいれば良いでしょう?
そう結論付けて、私は全部の感覚を遮断します。
眠りにつきましょう、私という個性は要らないのだから。脅かされる事のない、深い闇に落ちていきましょう。
……おやすみなさい。
最後に見たジルの顔は、何処か泣きそうに微笑んでいました。