IF セシル君との結婚後
100話記念に書いたIFのセシル君との結婚後のお話です。
結婚した所で今までの生活が変わる、という訳でもありません。ただ関係性の名前を変えただけ。ある意味での幼馴染みが、夫婦となっただけなのです。ついでに私の名前も変わったくらいで。
……そ、そう、名前を変えただけなので、別に、はしゃぐとか、そんな。
「……リズ」
「はいっ」
側で私もお仕事をしていたのですが、セシル君が私の名前を呼ぶものだからつい弾んだ声でお返事してしまいます。
単に書類を取ってくれ、というお願いですが、何だか名前を呼んでくれるだけでほわほわするのは、私がおかしいのでしょうか。
頼まれた物を差し出してにこにこしている私に、受け取る側のセシル君は微妙に呆れたお顔。嫁に酷い、なんて思いませんよ、だってセシル君も顔が赤くなってますから。
「あのなあ、そこまでにこにこされても困るんだが」
「顔が締まらないだけです」
「二人とも幸せそうだな。リズも幸せそうで何よりだ」
「お前は割と本気で消え失せろ」
仕事をサボるというか、全部終わらせてから様子見に来たらしい父様に、セシル君の頬が引き攣りかけています。因みにセシル君は相変わらずからかわれたりするのは嫌いなので、父様がにやにやしているのを見ては拳を握ってぷるぷる震えていたり。
私が嫁入りしたとはいえ、父様にとってセシル君は義息子になったのです。色々心配したり構ってあげたくなるのでしょう。セシル君はかなり迷惑そうですが。
「何だ、二人っきりが良いのならそう言ってくれれば良いのに」
「黙れあほ」
「先輩からアドバイスをやろうと思ったのに、義息子の癖に酷いな」
「アドバイス?」
「そうだ。……孫を早く見せてくれ」
「お前は良いから黙って帰れ」
あ、セシル君が青筋立て始めた。
父様も気が早いというか。まだ結婚して一ヶ月も経ってないのですよ? そしてそれはアドバイスではなく願望なのです。
「父様、あまり無茶を仰らないで下さい。セシル君は結構奥手なので当分先です」
「リズ、お前帰ったら覚えてろ」
父様がぷーくすくす的な顔で笑い出したので、セシル君も我慢の限界だったらしく結構な力で拳骨して摘まみ出していました。茶目っ気溢れる父様、頭を擦って痛がりつつも治癒術使いながらウィンクを送って来ます。
若干、セシル君に可哀想なものを見るような眼差しを送っていましたが、私にはどうしようもありません。
父様を追い出して静かになった室内。
気のせいではなくぐったりしたセシル君が机に突っ伏したので、側に寄って頭を撫でてあげました。疲れた時はなでなでに限るのです。
微妙に顔をずらして此方を窺うセシル君は、何だかちょこっと気不味そう。首を傾げてみれば、ぷいと逸らされてしまいました。
「……リズ、は」
「はい?」
「……こ、子供とか、欲しいのか」
どうやら父様に言われていた事が気になったらしく、何処か言いにくそうに、僅かに言い淀んでいます。
セシル君は、優しいんですよね。優しくて、一度大切に決めたものはとことん大切にする。
だからこそ、私は未だに清い身なのでしょう。一緒のベッドで寝るものの、キスとかハグだけでお休みモードに突入しちゃいますから。
「そうですね。でも、今は二人が良いなあとも思ってしまいます。セシル君と一緒に居るだけで、充分幸せですから」
その上子供を宿したら、幸せ過ぎて私がどうにかなってしまいそうでしょう?
なんて本音を頬の緩みを制御しながら伝えると、セシル君はまた此方をちらり。先程よりも、頬に赤みが差していました。
小さく「そうか」とだけ返事をくれたセシル君、ゆっくりと起き上がっては私に手を伸ばしました。
大きな掌が私の頬を緩慢になぞる。
小さい頃から見知った彼は、すっかり大人の男性になってしまいました。それこそ女の子として私を求めるように。
でも、決して私に無理強いなんてしませんし、慈しんでくれます。優しいから、自分の事なんて後回し。
「……ねえセシル君」
「何だ」
「……欲しいなら、全部あげますよ?」
身も心も、セシル君に捧げるつもりで嫁いだのですから。
私ばかり受け入れて貰っていて、私はセシル君に何もしていないです。セシル君の為に、私はちゃんと覚悟を決めて来たのにね。
虚勢でも建前でも成り行きでもない、ただ素直な思いに、セシル君は綺麗な満月の瞳をより真ん丸に。躊躇いの見える瞳に苦笑して、私は頬に添えられた手を包むようにして、今度は私が手を添えます。
「……好きな人に求められて嫌がる程、私は強情でも潔癖でもないですよ」
優しい人なんですから、もう。
セシル君の手を取り、それから椅子に座ったセシル君の片膝に座るようにして寄り添います。
未だに躊躇いの残るのは、私も彼も一緒。それでも私は側に居たいし、触れ合いたい。
微睡むような、溶けてしまいそうな幸福感、それでいて内側からせりあがる熱は私を何かへ急き立てる。同じように、セシル君も感じでくれているのでしょうか。
ゆっくりと顔を近付ければ、少しだけ気恥ずかしそうに細められる瞳。感情で様変わりする金色の瞳は、今は何処か私を求めるかのような扇情的な色合いを含む三日月に形を変えていました。
する、と後頭部に回された掌が私の髪を梳く。引き寄せられたのは、体だけではありません。
「……あほ」
とても優しい囁きは、一つになった熱に溶けて、消えました。