揺れる箱
箱が揺れている。
がたがたがたと揺れるそれを抱き上げて、窓辺に立つ。
深い夜だった。
何もかも寝静まった夜に、箱の中の彼女はなぜ、起きてしまったのだろうか。
そっと息を吐いて、蓋に手を伸ばした。
箱を手に入れてから随分と一緒にいるが、箱について私が知っていることは多くない。
箱は一抱えもある、鈍色の立方体だ。材質はとんとわからない。金属のような色ではあるが金属ではなく、木材のようには見えないが叩くと木材のような音がする。その重さはプラスチックのようでもあり、やもするとその瞬間に溶け崩れてしまうような危うさもあった。
箱はときおりがたがたと揺れた。それがなぜなのかはわからない。継ぎ目なく作られたその箱には何も入っていないはずで、初めは幻聴や錯覚かとすら思ったものだ。
箱は私が落ち込んでいるときや、失敗しそうなとき、そんな時によく揺れる。まるで私を励まそうとしているかのように。
繰り返し揺れる箱を見て、私は箱の中にいるものを幻視した。それは幼き少女であり、精悍な男性であり、時には醜悪な老婆として私の前に現れた。ときに恐れ、ときに懼れ、ときに畏れながら、私は次第に箱に惹かれていった。
――箱の中にいる彼女を彼女と呼び始めたのはいつのことだっただろうか。
当たり前のようにそばに箱がある生活に慣れてしまってからというもの、私は人と関わることを極端に恐れるようになっていた。彼らはみな箱を見て、恐ろしいだとかおぞましいと口にする。私にとっては彼女と一緒にいることを恐れるみなの方がおぞましく思えるのだ。
私は今までの人間関係を断ち、新たな地で彼女と共に新しい生活を始めた。彼女はそのことに対して喜んでいるようでも、悲しんでいるようでもあった。
そのころだっただろうか、箱がこうして、私が寝入った後に動き出すようになったのは。
私はゆっくりと蓋を撫でた。蓋といっても、どこが蓋かはわからないので便宜上上になっているところをそう呼んでいるだけだ。
すべすべとする箱を撫でていると、心が落ち着いていくのを感じる。
箱が揺れた時は、大体こうして気分を落ち着かせている。箱を抱いているだけで、全てを許されたような感覚が全身を包み込んでくれるのだ。
窓の外では、下弦の月が夜明け前を知らせている。こうしてもうしばらく立っていれば、すぐに朝日が昇るだろう。
こんな日は、いつも少女の首を幻視する。
少女の首を箱に包んで抱えている自分を幻視する。
どうしようもない寂しさが夜闇に張りつめて、月を中心に波紋をたてる。吐く息は白く、窓を曇らせる。
あれほど揺れていた彼女も今はもう静かになった。落ち着いたのだろうか。
私はもう寝る気になれず、窓辺に置いてある揺り椅子に腰かけた。
ぎぃ、ぎぃと揺れるのを感じながら、私は箱を撫でる。まるで妊婦のようだ、そんな考えすら頭に浮かぶ。
月明かりに照らされる室内で、私は静かに目を閉じた。
どうか彼女とともにいられますように。
祈る願いは、彼女にも届いているだろうか。