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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Punisher
98/190

Devil Side/Evil Hide 3

「作戦は当初の通り、私が単独で侵入して屍食者(スカヴェンジャー)を押さえましょう。話は以上です、早く出て行きなさい」

「人を舐めるのもいい加減に――」


 話はおしまいだとばかりに命令するエイブラハムに、サミュエルは苛立ったようにライフルを構えようとする。

 しかしそれよりも早く銀閃が、そもそもいつ手にしたのかさえ分からない白銀の太刀の軌跡が煌めいた。


「私は言いました。あなた方のそういう低俗なところが腹立たしくて仕方がない、と」


 銀の軌跡を刻まれたライフルが、企業から奪った上質な武器であるはずのライフルが真ん中から断たれ、音を立てて床に叩き付けられる。


「私は言いました。私は彼女を大切に想い、彼女を利用しようとするあなた方に怒っている、と」


 呆然とただ立ち尽くしていたメリッサを、エイブラハムは胸元へと抱き寄せる。

 抵抗する気力も余力もないのか、それとももはやそれすらも任務と割り切ってしまったのか、メリッサは抵抗する事もなくエイブラハムの腕の中へと収まった。


「私は言いました。何があっても私達を裏切るな、と。いい加減にすべきはどちらなのでしょうね」


 痛ましいほどに傷付けられたメリッサを庇うように、エイブラハムは白銀の太刀の切っ先をイーノスへと向ける。

 純粋なほどの紛れもない敵意に、冷や汗すら引いてしまったイーノスは呼吸を忘れて白銀の太刀の切っ先を見詰めていた。

 芸術的なほどに流麗な殺意、距離すら忘れさせるほどに圧倒的な殺意を。


「行きなさい。これが私があなた方に差し上げる最後のチャンスです」


 エイブラハムはそう言いながら白銀の太刀の切っ先を下げ、顎でしゃくるようにして出口を促す。

 サミュエルはもはや復元不可能なライフルに未練がましい視線を送るも、慌てて足を叩いてくるイーノスの車椅子を押して死地と化していた家屋を後にする。

 死地と化した家屋に、たった1人の家族を置き去りにして。


「ごめんなさい、あなたにこんな話は聞かせたくなかったのですが」


 鞘に戻した白銀の太刀をテーブルに立て掛けたエイブラハムは、胸元のメリッサに穏やかな、それでいて後悔を滲ませた声で語りかける。

 実の親が娘のハニートラップを容認していたなど、知ったところで気分が悪くだけだと言う事は考えるまでもないのだから。


「き、聞いて、アタシそんなつもりなんか――」

「分かっていますよ。アンジェのために怒ってくれたあなたが、そんな考えを持っていないことくらい分かっています」


 目が覚めたように縋り付いて来るメリッサにエイブラハムは微笑みかける。

 その見慣れていたはずの微笑みに、メリッサは凍り付いていた心が溶けていくような錯覚を覚える。

 思えばエイブラハムは、無防備になりつつあった自分に乱暴するような事はなかった。

 力ずくで襲われてしまえばか弱い自分には抵抗も出来なかったというのに。

 だが、エイブラハムはむしろ自分の事を思いやってくれていた。


 まるで、家族のように。


 そう、メリッサは憧れていたのだ。

 血の繋がらないアンジェリカのために戦うエイブラハムに、そんな最強の麗人に信頼を寄せるアンジェリカに。

 それを理解してしまえば、メリッサにはもう止まる事は出来なかった。


「私はあなたに感謝しているんですよ。あなたのような優しい人がアンジェの傍に居てくれて本当に嬉しいんです」


 背中に手を回して抱きしめてくるメリッサを受け入れたエイブラハムは、押し付けられた汚れ仕事(ウェットワーク)には華奢すぎる体躯を抱きしめ返してやる。

 メリッサがどれだけ大きな信頼を裏切られたのかはエイブラハムには分からない。

 それでも漏れ出した嗚咽と震える背中を受け入れてやる事くらいは出来た。


「誰かがあなたを裏切るのであればその度に私があなたを守りましょう。言の葉があなたを傷付けるのであれば伝える空気を、誰かがあなたに銃口を向けるのであれば射手を斬り捨てましょう」


 エイブラハムは寝室のドアの隙間から自分達の様子を窺っている、ベッドで寝ていなければならないアンジェリカに微笑みかける事で呼び寄せる。

 メリッサの甲斐甲斐しい看護のおかげか、顔色に血の気が戻りつつあるアンジェリカはエイブラハムに歩み寄り、腹部に顔を押し付けるようにして抱きつく。

 2人分のその温もりは命を懸けるには十分なものだった。


「私達は家族です。血も繋がっては居ませんが、あなた方は私の命に意味を与えてくれる大事な存在です」


 だが、2人は気付けない。

 弧を描くエイブラハムの美しい口元を。

 なぜ最後までエイブラハムがイーノスの言葉を遮らなかったのかを。

 だからこそ、エイブラハムの胸元に縋りついた2人には気付けない。

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