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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Punisher
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Devil Side/Evil Hide 1

 先の戦闘の功績により贈り物が増えたリビングで、エイブラハムはイーノスとサミュエルと向き合うように座っていた。

 アンジェリカはメリッサに任し、寝室で相手をしてもらっている。駄々をこねられはしたが、つまらない大人の話に付き合わせる訳にはいかない。アンジェリカは先の戦闘で軽度の衰弱を起こしており、少しでも長い休息が必要だったのだから。


 ピジョンブラッドの双眸を端末に落としたエイブラハムは、感心したようにため息をつく。

 端末に表示されているのはコロニーS.O.D.と襲撃対象施設の詳細な見取り図だった。

 襲撃を掛ける側でる自身らには絶対に必要なものではあるが、襲撃される側であれば秘匿すべきその情報。その情報がどういう経緯で自身らの手に届いたのか、答えは1つしかなかった。


「企業の暗殺者殿から見て、その情報はどれほどの精度かな?」

「ほぼ完璧と言ってもいいでしょう。これだけのものであれば侵入は容易いかと」


 もっとも、相手は大群で待ち構えているだろうが、とエイブラハムはどこか満足げなイーノスに嘆息をもらす。

 この情報はStrangerが手に入れたのではなく、敵対者達によって用意されたものだとエイブラハムは確信していた。

 吹聴者(ジバー)、グルーミー・セルフィッシュ。憂世家であったシモン・リュミエールの別の側面を映し出すような愉快犯にして、情報工作用に作り出されたAI。

 おそらくトレンツ・コルデーロが口走っていた進行者(ファシリテーター)という存在が、吹聴者(ジバー)を操ってS.O.D.の地図データを用意したのだろう。


 そう考える一方で、エイブラハムは聞いた事もない進行者(ファシリテーター)という存在とその目的に頭を悩ませていた。

 あの時ナイトメアズ・シャドウを見たコルデーロは、その存在に驚愕もせずに見つけたからには無視は出来ないと言っていた。

 その事からコルデーロは進行者(ファシリテーター)によってナイトメアズ・シャドウの情報を与えられ、Strangerはそんなコルデーロを挑発したのだと理解出来る。

 つまり進行者(ファシリテーター)はアンジェリカとナイトメアズ・シャドウの存在を正確に把握し、しかもその目的はアンジェリカとナイトメアズ・シャドウにあり、最高の状態で迎え撃つためにStrangerに情報を与えた。アンジェリカとナイトメアズ・シャドウを匿っているStrangerが企業の技術と資産に飢えている事は先ほどの襲撃で露見し、迎え撃つにしても襲撃するにしても守りを薄くさせる事は出来るのだから。


「それで、この作戦なんだが――」

「改めて言っておきますが、ナイトメアズ・シャドウは何があっても使いませんよ」


 先手を打たれた提案の却下にイーノスは僅かに顔を引きつらせる。

 Strangerでは手も足も出なかったワンオフの機動兵器、サルファー・エッジ。

 既にレアメタルを剥ぎ取られたそのかつての脅威を駆逐したナイトメアズ・シャドウは、strangerにとって切り札となり始めていたのだ。


「そうは言うがなミスター・イグナイテッド、先の襲撃を鑑みれば最強の切り札であるアレを使わない理由はないだろう?」

「そうは仰いますがねミスター・スチュワート、先ほどの襲撃は勝てないケンカをわざわざ売ったそちらの不手際のはずです。襲撃には参加するとは言いましたが、このスラムの用心棒になった覚えはありませんよ」

「しかし守ってくれたではないか、感謝しているよ」


 意趣返しのようなエイブラハムの言葉にイーノスは取り繕った笑みを貼り付ける。

 エイブラハムの言う通り企業残党の襲撃を受けたのは調子に乗ったレジスタンスの行いのせいであり、ナイトメアズ・シャドウが機動兵器を全て撃破したのは紛れもない事実なのだから。

 しかしエイブラハムはイーノスの礼にも顔色一つ変えず、呆れたように肩を竦めた。


「ミス・セガールを守るためですよ。もしあの時に出なければ、"あなた方"が彼女に何をさせるか分かったものではありませんからね」

「……なんの事かな?」

「不必要な尋問、私という殺人鬼に用意した世話役。彼女は私に対するハニートラップで、ナイトメアズ・シャドウを利用するための首輪。違いますか?」


 あからさまに動揺するイーノスに、エイブラハムは決まりだとばかりに吐き捨てる。

 最初に名乗った名前、聞く必要のない年齢、既に教えていた役職。そして何より圧倒的な殺意を秘めた暗殺者にかよわい女をつける理由などない。

 全ては状況に応じてエイブラハムとナイトメアズ・シャドウを利用するための策謀だったのだ。


「私はね、あなた方のそういう低俗なところが腹立たしくて仕方がないんですよ。スラムの人々のために銃を取り、見ず知らずのアンジェリカのために怒れる優しい彼女を利用しようとしているその低俗で浅ましい考えが」


 美しい笑みを顔に貼り付けたエイブラハムは、そう言いながら耐熱樹脂で作られたカップを握りつぶす。節くれ立った指の間からは残っていた紅茶と樹脂片が、コンクリート打ちっぱなしの寒々しい床へパラパラと落ちていく。


「脅迫とは、随分と焼きが回ったようだな」


 イーノスはそう言いながら車椅子の肘掛を指先が白くなるほど強く握る。

 耐熱樹脂で作られたそのカップは物質が劣化したこの時代であっても硬質なものであり、決して人の手ごときでは壊れないような代物。再度目の当たりにさせられたエイブラハムの異常性に怯えるのも無理はなかった。


「あなた方が望んだように私は彼女を大切に想い、彼女を利用しようとするあなた方に怒っている。全てあなた方が望んだ事じゃないですか」


 強張りとは違う震えに襲われるイーノス、剣呑とした雰囲気を帯び始めるサミュエル。

 その2人を追い詰めるように、逃げる事を許さないとばかりにエイブラハムは指先でコツコツとテーブルを叩いて音を立てる。

 人を堕落させるのも、恐怖させるのも、容易い終焉者(クローザー)の技術。


 しかし状況は最悪の展開を迎えてしまう。

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