Raging Wild/Blazing Riled 2
「よう出来損ない。いや、今は終焉者だったか?」
「やあ、役無し。企業がなくなってからはしゃぎ出すなんて、君らしいですね」
キャタピラタイプと違い機動力がセールスポイント6つ脚にそぐわない分厚い装甲を纏う、くすんだ黄色いを血と硝煙で汚した機動兵器の外部スピーカーから聞こえる嘲りの言葉に、エイブラハムは同じく嘲笑を載せた皮肉を返す。
企業は一定以上の才能を持つ者達全員に役割を与えており、エイブラハムはその全員を知っていた。
殲滅者、ミリセント・フリップ。
破壊者、クロム・ヒステリア。
崩壊者、ヨルダノヴァ・ゼノーニ。
壊殺者、ジョエル・マイヨルガ。
刀傷者、人鳳・郭。
屍食者、グレン・ストロムブラード。
終焉者、エイブラハム・イグナイテッド。
吹聴者、グルーミー・セルフィッシュ。
謀略者、ナターシャ・コチェトフ。
綴書者、シモン・リュミエール。
そして、復讐者、ウィリアム・ロスチャイルド。
エイブラハムが知る限りの役割を持った者達の中には非戦闘員やAI、しまいには企業の人間でない者もおり、企業にとって優秀であれば立場も生まれも関係なく役割を与えられ、武装、研究所、衣食住など至上の待遇を受けていた。
エリートである機動兵器乗りの中でも一握りしか居ないワンオフ機乗り達は、ほぼ全員役割を与えられていたが役無しと呼ばれた男、トレンツ・コルデーロのみはワンオフ機乗りでありながら役割を与えられなかった。
コルデーロの斑があり、決して映像向きではない泥臭い戦闘は綴書者の趣味と目的に沿わなかったのだ。
「まあな。お前みたいなちっぽけな存在と違って、俺みたいなでっかい人間は企業なんか使いこなせやしないってことだ」
「それでも使われる事を前提にして居る辺りに君の器の大きさを感じますよ。それで、君を使ってくれてる大人物はどなたですか?」
「言うわけねえだろ。それよりも随分ゆっくりしてたじゃねえか、お前がチンタラやってる間に50は殺したぜ? もっとも、先にちょっかいかけてきたのはそっちなんだけどよ」
「おや、知恵がつきましたね。謀略者の入れ知恵ですか?」
皮肉を吐き出しながらエイブラハムは予想だにしなかった事態に舌打ちを堪える。
コルデーロはこのスラムを目指してなど居なかった。
おそらく先の企業壊滅戦の戦果とナイトメアズ・シャドウという守護者に酔いしれた者達が、サルファー・エッジの残骸、つまりはレアメタルに目が眩んで攻撃を仕掛けたのだろう。
しかし腐ってもサルファー・エッジはワンオフ機であり、コルデーロはミリセント達のような天才の影に隠れていた実力者。レジスタンスごときでは相手が出来ず、スラムまで逃亡し、その結果としてこの事態を招いたのだ。
「だから言うわけねえだろ。あいつはお前に続いて離反したよ。あいつもついて行った奴等も今どうしてるかも知らねえ」
器用に黄色の機動兵器の肩をすくめながら放たれたコルデーロの言葉に、エイブラハムは苛立ちを1度置いて、湧いた疑念に思考を走らせる。
謀略者はコルデーロや崩壊者らの、無能ではないが綴書者の意にそぐわない人材や不適材な仕事をさせられている者達全員を自身の部隊で引取り、彼等の長所を生かしながら確実に勝利を収めていた人身掌握の天才だった。
目を離せば作戦を無視して特攻を掛けるコルデーロを囮として使い敵戦力を集め、崩壊者の圧倒的な火力で一網打尽にする。
ナイトメアズ・シャドウには大きく劣るが、直線のみならば遅くはない移動速度を誇る黄色の機動兵器――サルファー・エッジを上手く使う謀略者は非戦闘員でありながら役割を与えられるほどの存在だったのだ。
裏を返せば、謀略者以外の人間がコルデーロを使うという事にエイブラハムは猜疑心を抱かずに入られなかった。
「まあお前程度にはわからねえだろうけど、こっちはこっちで目的があって来てんだよ」
「襲撃の目的はこの機動兵器の奪取で、泳がせたのはシャドウの性能のチェックでしょう?」
策略という言葉を理解出来ず、優秀なワンオフ機乗りでありながら綴書者に取り上げられる事がなかったコルデーロらしくない言葉にエイブラハムはコルデーロに入れ知恵をした誰かの影を感じる。
少し揺さぶりを掛けてみるか。
目的を看破され黙りこくるコルデーロに対して、エイブラハムは真っ赤な舌で唇を舐め、行動を開始した。
「分かってんならそいつを寄越しな、お前には過ぎた玩具だ。見つけたからには無視は出来ねえ」
「まあ、確かにドレスにはしては無骨すぎますね」
「は?」
「いえ、こちらの話です」
どうやらナイトメアズ・シャドウの事は知っているが、アンジェリカの事までは知らされていないようだ。
コルデーロの訝しげな返事にエイブラハムはそう辺りをつけ、揺さぶりを続ける。
「それよりも、謀略者が居ないと分かって安心しました。しかし崩壊者も居ない所をみると、見捨てられたんじゃないですか?」
「あぁ?」
予想通り乗っかってきたコルデーロに酷薄な笑みを浮かべ、エイブラハムは続けた。
「君の仕事は崩壊者が居なければ成り立たないものです。それなのに、謀略者は君を連れて行かなかった」
崩壊者が役割とワンオフ機を与えられていたのにも関わらず取り上げられていなかったのは、戦闘スタイルが似通った破壊者に搭載されたAI、クロム・ヒステリアのテストに企業が力を注いでいたせい。彼女は単独の戦力として強力であり、コルデーロとは立場も力量も違ったのだ。
「今の組織が必要としているのは本当に君なのですか? 必要なのは君ではなく、曲がりなりにもワンオフ機であるサルファー・エッジなのでは? シャドウを奪う為の試金石にされたのでは?」
一言も発することもなく、ただ動きを止めて相対するサルファー・エッジをディスプレイ越しに睥睨しながらエイブラハムは仕上げに取り掛かる。
「結局のところ君は体のいい、ただの当て馬なんじゃないですか?」
「るっせえ!」
粗悪な外部スピーカーにより歪んだコルデーロの怒鳴り声と共に放たれた、サルファー・エッジの左腕に装備された飛び出しナイフのような機構を持つ実体剣が建物を崩壊させる。
「謀略者は結局俺の才能に気付いてなかった! 今の組織は俺を評価してくれる! 企業ともあいつらとも違う!」
倒壊する建物が立てる轟音と砂塵の中でコルデーロは、エイブラハムの描いた道筋に乗ってしまう。
「進行者には悪いが、ぶっつぶしてやる」
サルファー・エッジの左腕を振り、両刃の実体剣を展開前の状態に戻しながらコルデーロは呟く。
エイブラハムはその実体剣の威力と後輩の相変わらずの単純さに溜息を漏らす。
しかし、知りたかった情報の取っ掛かりを得る事は出来た。
既にアクティブであるナイトメアズ・シャドウの両腕に装備された武装のトリガーが付いた操縦間を握り、直し、エイブラハムは黄色い四角い頭部に付けられた4つの緑色のマシンアイを見据える。
長話でアンジェリカに休憩を取らせることが出来たとは言え、アンジェリカを追い詰めている元凶は眼前と頭部に存在しているのだ。
目的は変りはしない、即殲滅。それだけだ。
「アンジェ、また戦闘に入ります。今度は辛くても止まれません。すぐに終わらせるので少しだけ待っていてください」
頷く様子のないアンジェリカに危機感を感じながら、エイブラハムは既に2段階踏み込まれている頭の中のアクセルを意識する。
「サルファー・エッジ、いくぞ。全力でぶっつぶしてやんよォッ!」




