Last Reason/Rust Treason 3
「企業、というよりシモン・リュミエールはそんな彼に勝つための唯一無二の存在を探すためにコロニーを襲撃し、色を残した人間を拉致して処置を繰り返しました。私やウィリアム・ロスチャイルドのような人を殺さなければ存在出来ない人間ならそれもいいでしょう。生きていくための力になりますから。ですがこの子は、アンジェリカは違います。訳の分からないまま名前も記憶も全てを奪われました。そしてアンジェリカに残されたのはシャドウ・ブレインという無粋な名前とナイトメアズ・シャドウというあの機動兵器だけ。この髪だって白髪ではなかったかもしれません、血の繋がった家族と幸せに暮らしていたかもしれません」
白く細長くありながらも、節くれ立った指でエイブラハムは寝息を立てるアンジェリカの髪を梳いてやる。
演目:終末劇。
世界の終わりに気付いたシモン・リュミエールが綴り、配役を与えられた誰もが強者との殺し合いに焦がれていた演目。その中に居ながらも、ミリセントの傍に居るためだけに終焉者となったエイブラハムは皆ほどには熱くなれなかった。だからこそミリセントが死に、アンジェリカと出会ったエイブラハムは企業を裏切ったのだから。
「私はこの子の空白を埋めてあげたいだけ、その為にStrangerの襲撃を成功させる必要があるんですよ」
「襲撃って、S.O.D.の?」
「ええ、そこには生体兵器やオルタナティヴの製造プラントがあります。そこに屍食者、この子にこの処置を施した男が居るはずなんです」
「……父さんは、サミュエル・セガールはその事を知ってるの?」
「いいえ、彼らの目的は屍食者の技術とその技術によってもたらされた財産にあります。言い方は悪いですが、彼らの襲撃を利用させてもらう事になりますね」
もちろん彼らの襲撃が上手くいくように死力を尽くしますが。そう言外に付け足して苦笑するエイブラハムを見据えながら、メリッサは前髪をいじりながら続けて問い掛ける。
「聞いても分からないから詳しくは聞かないけど、その男と接触は出来るの?」
「確実に。Strangerの皆さんが略奪に勤しんでいる間に、私は単独で潜入して直接屍食者接触します」
「……なるほど、父さん達をブラフとして利用して、アンタはアンタでトップを仕留める。Win-Winの関係を築けるって事ね」
呆れるべきか、関心するべきか選びかねたメリッサは深いため息をつく。
おそらくアンジェリカという少女を救いたいという気持ちに嘘はないだろう。いくら機動兵器がついて来るといっても、有色の少女という足手纏いになりかねない資産を売り飛ばさない理由はない。
何よりベッドに居ないエイブラハムを探し、その胸で寝息を立てている少女の信頼が何もかもを物語っているような気がしたのだ。
そしてメリッサはここまでの会話を録音していた端末に指を滑らせ、データの保護も考えずに電源を無理矢理落とした。
「尋問はここまで、ここからはアタシの個人的な質問。アンジェちゃんだっけ? その子が何もかもを取り戻したら、アンタはどうすんのよ?」
「……私はアンジェリカを、私を救ってくれた天使を救えるのであれば他には何も望みませんよ」
気障な言葉どこか上滑りし、浮かべる笑顔ですら希薄に感じる。
美しくも強靭なはずのエイブラハムが、メリッサにはどこか儚く感じられた。
●
テーブルに載せられた端末、意図的にデータを破損させられたのであろう端末にイーノスはため息をついていた。
尋問の録音は破損して復旧も再生も不可能。用意していた尋問の内容は書面で纏められてはいる。しかしその背景に作為的なものを感じないほど、イーノスはお人好しではなかった。
「申し訳ありません、ウチの娘が……」
「構いやしないさ。臨時医療員だというのにメリッサは良くやってくれた。普通なら企業の精鋭と同じ空間に居る事すら忌避するものだ」
頭を下げるサミュエルにイーノスは苦笑気味に返す。
実際Strangerのほとんどは企業に大事な何かを奪われた者達であり、セガール親子も同様なのだから。
そう、イーノス達はかつて企業に襲撃されたコロニーSheffieの生き残りだった。
BIG-Cの襲撃に失敗した企業は壊殺者の記憶だけでは取り戻せない損失を、復讐者に立ち向かうために必要な資産を中小コロニーを襲撃する事で手に入れようとしたのだ。
その結果としてコロニーは壊滅。ほとんどの者達が大切なものを奪われ、復讐の業火に身を焦がす事となった。
「これからどうしましょうか」
「どうするとは?」
「奴の目的が分からない以上、裏切る可能性も高いように思います。あの機動兵器を使い、その上で裏切らせないためにいっそ奴を捕らえたりというのはいかがでしょうか?」
「誰がそんな事を出来るというんだ。アレはウィリアム・ロスチャイルドと同じタイプの存在。誰かを殺すために存在し、何もかもを焼き尽くす害悪。理解も出来ない速度でお前のスリングを斬るような化け物を鋼鉄の首輪で律するのは不可能だろう」
サミュエルの穴だらけの提案をイーノスは肩を竦めて却下する。
時代遅れもいいところ日本刀を片手に、いくつもの死線を潜り抜けてきたのだろう男。終焉者という唯一無二の戦力であるからこそ、力ずくで従わせる事など出来る訳がないのだ。
狩る側と狩られる側、その対称な立ち居地は未だに替わる様子を見せないでいた。
「ですが、その黒髪の傭兵も味方の裏切りに遭って今では行方知れずです。数で押せば必ず――」
「扱いきれるか分からない機動兵器のために味方を死なせてどうする。少しは頭を冷やせ、アレを殺したところで復讐が成就されるわけではないだろう?」
そう言いながらイーノスはもう動かない自分の足に視線を落とし、サミュエルはどこか気まずげに顔を歪める。
歩く自由すら奪われたイーノスが復讐を躊躇う理由など、仲間達の命以外にはないのだから。
必要とあれば命を懸けさせる冷徹さを持ちながら、仲間達に裕福な暮らしをさせるために尽くしてきた指揮官。そんなイーノスだからこそ、サミュエルは共に戦う事を決めたのだから。
だからなのだろうか。この時にも推移している状況に、その身を任せている歪な安寧が失われつつある状況にサミュエルが気付けなかったのは。




