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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Punisher
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Last Reason/Rust Treason 2

 弾かれたように椅子を蹴り飛ばして立ち上がったメリッサは、咄嗟に隠し持っていた銃を抜いてエイブラハムへと向けた。


「どういうつもりですか?」

「それはコッチの台詞よ。自分の子供を兵器にするなんて、こんな酷い事がどうして出来るのよ」


 落ち着き払っているエイブラハムの態度に、メリッサは苛立ったように眉間に皺を寄せる。

 Strangerが自衛のために雇った傭兵達の中にはオルタナティヴによる武装を施した者も居たが、その者達が鎮痛剤を飲み続けていた事をメリッサは知っていた。


 それが、年端も行かぬ少女が耐えられるようなものでないことも。


「その質問と先ほどの質問ですが、この子が答えですよ――とりあえずこの子が寝惚けている間に銃を降ろしてもらえませんか、この家を壊されてはお互いたまったもんじゃないでしょう?」

「その前にアンタを殺すわ」

「私が死んでもナイトメアズ・シャドウ、暴れ出したあの機動兵器は止まりません。この子がアレを操れるという話は聞きませんでしたか?」


 死にたくなければ銃を降ろせ。言外に付け足された脅しにメリッサは悔しげに顔を歪める。

 もちろんその事は聞かされ、その上でエイブラハム達を怒らせるなとも言われていた。

 半分目を閉じたままエイブラハムの腰に腕を回す少女が、メリッサには痛ましく哀れでしょうがなかったのだ。


「言うなれば、この子が私が企業と袂を分かった理由です」

「自分の子供が改造されてむかついたってわけ? たくさん人を殺してた割には自分の娘には甘いのね」

「私利私欲の為に殺しをしていた事は認めますが1つだけ訂正を。この子は私の子供ではありません」


 言葉を尽くしても銃を構えたままのメリッサを諭す事に諦めたのか、エイブラハムはアンジェリカの両脇に手を入れて顔を自分の胸元に当てるようにして抱きかかえる。

 少なくとも銃を見せずに済むだろう、と胸中で安堵するエイブラハムを余所に、アンジェリカは満足したようにアイスブルーの瞳の目を閉じた。

 掛けられていた負担が限界を迎える前に寝床を提供してやれて良かった、とエイブラハムは深いため息をつく。


 どれだけでも任務に従事できるように鍛え上げられた自分ならまだしも、ずっと幽閉されていたのであろうアンジェリカはそうはいかない。病気になろうともGlaswegian(グラスヴィージャン)のように医療施設などそばにない環境を思えば、エイブラハムの心配も過保護にはならなかった。


「だったらなに、アンタは自分の子でもない子の為に住処を捨てたって言うわけ? それで何かが許されるとでも思うわけ?」

「許しは乞いませんよ。ただこの子に私のろくでもない遺伝子は入ってないという事だけ、それだけは分かって欲しかったんです」


 そう吐き捨てながらメリッサは困惑を隠せずに居た。

 親が子を売り、子が親を殺す。

 そんな事すら日常茶飯事であるこの世の中で、エイブラハムのアンジェリカへの愛情の注ぎ方がメリッサには異様なものに見えてしょうがない。

 物資より遥かに多い人口は有機食料の高騰を招き、その高騰から生まれた貧富の差は争いを招く。

 そんな時代で血の繋がらない子供を育てる人間にメリッサは初めて出会ったのだ。


「……聞かせなさいよ。聞いた上でアンタをどうするか決めるから」


 メリッサは困惑に囚われたまま蹴り飛ばした椅子を起こし、銃を握ったままエイブラハムと対峙するように座る。

 賽を振ったメリッサに出来る事は覚悟と追求だけ。

 銃口も敵意も向けられたエイブラハムは太刀を抜くどころか、胸元のアンジェリカを愛しそうな視線を向けるだけだったのだから。


「この耳はシャドウというあの機動兵器との接続口、この子は機動兵器のソフトを司る外部媒体にされたんです」


 生身の人体では有り得ない冷たい感触を返す、鋭角なデザインの耳を触りながらエイブラハムは続ける。


「メモリーサッカーをこの耳に、脳に無理矢理アクセスして記憶に干渉する機器の端子を接続してシャドウとデータのやり取りをしています」

「機動兵器に記憶を?」

「いいえ。ご存知ないのも無理ありませんが、メモリーサッカーは本来記憶の吸出しだけでなく、記憶というデータの救出と複製を前提に作られた物です。そしてソレによってアンジェに格納したソフトウェアのやり取りするシステムを構築。その結果、機体の軽量化と高負荷で高重量のジェネレーターを搭載する事が可能になりました」

「なんでそんな……」


 若干顔を青ざめながらメリッサはかろうじて疑問を吐き出す。

 こんな小さな少女、白髪の男が強く抱きしめてしまえば壊れてしまいそうな儚い硝子細工のような少女に、そこまでの処置をして作った理由がメリッサには理解出来なかった。


「ウィリアム・ロスチャイルド、企業が復讐者(アヴェンジャー)と呼び、最もマークしていた最強の傭兵に対する切り札(ワイルドカード)。もしくはただ作りたかっただけ、そんなところでしょう」

「それって、アロースミスの傭兵よね?」

「ええ。生身でオルタナティヴによって兵装を施工された精鋭を殺し、機動兵器を撃破寸前まで追い詰めた傭兵。彼は正しく最強の傭兵であり、人々の在り方すら変えてしまうほどの影響力を持った特異点でした。現に企業は壊滅させられてしまったようですしね」


 そう言って肩を竦めたエイブラハムは自嘲するような笑みを浮かべる。

 ウィリアム・ロスチャイルドによってミリセント・フリップは"命の使い方"を見つけ、アンジェリカは全てを失った代償に纏わりつく悪夢の影ナイトメアズ・シャドウという強力な暴力を手に入れた。

 自分が存在していようと居なかろうと変わらなかっただろう運命が、エイブラハムには皮肉に思えてしょうがなかった。

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