Last Reason/Rust Treason 1
ガス雲の向こうに太陽が昇った頃、決して大きくはない家屋のドアに1人の女が鍵を差し込んだ。
シャギー気味のショートカットの灰髪、吊り目気味の鋭い灰瞳の目、比較的長身のスレンダーな体躯。
女は開いた扉に決意を固めるように深呼吸をし、薄汚れた扉の向こうへと踏み出した。
これからは復讐と使命のために生きる。
そう宣言した父の復讐と使命の役に立つと決めた女には退く事は出来ないのだ。
綺麗とは言えないその家屋はレジスタンスStrangerが拠点の1つとしているスラムの端にあり、住んでいる人間が以下に警戒されているかを表すようだった。
玄関を抜けたそこはテーブルと簡単なキッチンが併設されたリビング、その奥には2部屋の寝室がある。スラムの家屋でありながらシャワーからベッドまで完備されているとなれば上等なものだろう。
女はロング丈のネルシャツに隠した銃に手を伸ばす。
殺しがしたい訳ではない、なんなら誰かを殺した事もない。
それでも女はいざとなったその時、躊躇ってはならない。自分の躊躇はスラムとレジスタンスの人々を危険に晒してしまうと知っているのだ。
女が意を決してドアノブに手を掛けようとしたその時、そのドアは開いた。
「おはようございます、ミス・セガールですね?」
「……ええ、アンタがイグナイテッドね。来た理由は分かってるわね」
美しく微笑む白髪を一房だけ編んだ男に、女は銃からさりげなく手を離しながら言う。
用件自体は前もって知らせていたが、不法侵入紛いの突然の来訪にも慌てないエイブラハムが女には異様に思えた。
「尋問ですよね。すいませんが、あの子はまだ寝てるのでこちらでお願いします」
そう言いながら、エイブラハムは毛布が膨らんだベッドを指差す。
機動兵器を操る子供を連れた白髪の美男子で、企業のエリート戦闘員の1人。
その程度の情報しか知らない女には、敵対する事も味方となる事もまだ出来ないのだ。
警戒するあまり動けない女の様子を察したのか、エイブラハムは寝室の扉を閉めて近場の椅子を引いて座るように促す。
気を遣われているようなエスコートに思うところはあるが、女は尋問対象の前向きな心持に乗らざるを得ない。
女は尋問等の任務を押し付けられただけで、尋問の心得など知らないのだから。
「一応自己紹介をしておきましょう。私はエイブラハム・イグナイテッドです」
「メリッサ・セガール。サミュエル・セガールの娘でアンタ達の世話役と尋問官よ。これからアンタにいくつか質問をするから、可能な限り答えてちょうだい。答えられないものに関しては理由を」
用意した台詞を口にしながらメリッサと名乗った女は録音用の端末をポケットから取り出す。
初めての尋問だからと失敗が許されるほど、エイブラハム・イグナイテッドという男をStrangerは信用していなかった。
皮肉にも尋問対象にほぐされた緊張の残滓を胸に、メリッサは端末に指を滑らせて尋問を始める事にした。
「名前はエイブラハム・イグナイテッド、年齢は?」
「28歳です」
「……意外と歳食ってんのね、同い年くらいかと思ったわ」
予想外の年齢に面食らったメリッサは思わず本音を吐き出してしまう。
まるで作られたような美しさを湛えるエイブラハムの容姿は年齢を感じさせず、22歳のメリッサとそう変わらないように見えた。
もっとも灰色のメリッサと先天性色素欠乏症のエイブラハムでは価値が違うのだが。
「前の職業、というか企業での役割は?」
「企業では終焉者という要人の暗殺と記憶の演出、回収の任務に就いていました」
「それはきっと重要な役割よね、それこそ給料も良かったりとか。どうして何で企業から離反したの?」
まるでただの戦闘員とは違うようなエイブラハムの口振りにメリッサは追求を続ける。
企業の人間はただの人々では出来ない裕福な暮らしをしている。それは市場に流れる企業の製品や装備を見ればすぐに分かる事。
だというのにエイブラハムは企業が壊滅する前に企業を飛び出し、機動兵器と小さな子供の代わりに全てを投げ打ったのだ。
裕福な暮らしも根無し草の苦しみも知っているメリッサには、それがどうにも信じられなかったのだ。
しかし答えは意外な形で訪れた。
開かれた寝室のドア。
寝惚け眼をこする、金属製の耳を持つ白髪の少女という形で。
 




