Bloody Dawn/Maddy Down 4
無数の車両群と唯一無二の存在感を放つ機動兵器。
その間ですらりと伸びた足をアンジェリカに纏わりつかれているエイブラハムは、どこか威嚇するように微笑んでいた。
ピジョンブラッドの双眸が捉えるのは"見覚えのある"ライフルをスリングで肩に掛けた男と車椅子に座る男、正しく灰色に退色した人々だった。
「悲しい行き違いもあったが、まずは自己紹介でもしておこうか。レジスタンスStrangerのリーダー、イーノス・スチュワート。こいつは腹心のサミュエル・セガールだ」
「エイブラハム・イグナイテッド、彼女はアンジェリカです」
悲しい行き違いというイーノスの言葉に笑みを嘲笑に変えながら、エイブラハムは脱げそうになっていたアンジェリカのフードを直す。
自分の顔こそ晒してしまったが、アンジェリカの顔まで見せてやる必要はない。
この退色した灰色の人々が増えたこの時代、色のある人間達には資産価値が付き纏った。
美しい色であればより高く、劣悪な環境に耐えられるだけの強さがあればより希少に。
だからこそウィリアム・ロスチャイルドはミリセント・フリップに見初められ、エイブラハム・イグナイテッドはシモン・リュミエールに切り札の1つとされたのだ。
その定石に当て嵌めるのであれば、エイブラハムはアンジェリカよりも価値があるように思える。
しかしアンジェリカの美しさと付属する漆黒の影は定石も定説もを覆してしまうだろう。
企業が壊滅させられてしまい、その上誰も見た事のない2脚タイプの機動兵器あればなおさら。
「イグナイテッド親子だな。率直に聞くが、お前達は企業の人間だろう?」
「元、ですよ。退職届が受理されたかは知りませんが」
「……そういう事にしておいてやろう。企業社屋周辺に散らばっていた機動兵器の残骸、あれはお前達がやったものだな?」
「どうしてそう思われるので?」
「6脚ともキャタピラとも車輪とも違う巨大な足跡を見つけた。それこそ、誰も捕捉出来なかった2脚としか思えない足跡をな」
「なるほど、そちらはあの戦いに参戦したレジスタンスでしたか」
ようやく理解できたとばかりに、エイブラハムは肩を竦める。
サミュエルと紹介された男のライフルには十字架が描かれた盾のエンブレム、企業のエンブレムが描かれていたのだ。
彼らはアンジェリカとナイトメアズ・シャドウの奪還部隊ではなく、復讐ついでに略奪をして来た"今時のレジスタンス"。そう判断したエイブラハムはアンジェリカを彼らから離すように左足を後ろへと引く。
彼らを殺す事に躊躇いなどないが、アンジェリカの美しい瞳に血を映すのは気が引けたのだ。
「そういう事だ。袂を分かった企業のために俺達と戦うか?」
「いいえ、この子に銃口を向けた彼らに掛ける情けなどありません。もっともそのほとんどは殺しましたが」
何でもないように吐き出されたエイブラハムの言葉に、イーノスは皺だらけの顔を引きつらせてしまう。
死体から金目のものを剥ぎ取るように支持しているイーノスであっても、エイブラハムの仲間殺しに対する躊躇いのなさも、忌避感のなさも気味が悪くてしょうがなかったのだ。
しかしそれは同時に、エイブラハムの実力と、修羅場を経て得た精神力を保証する異常性なのだ。
だからこそ、イーノスは深呼吸をする事で心を落ち着けながら本題を切り出すことにした。
「ならいい――俺達に雇われる気はないか?」
「突然ですね」
「だが必要なことだ。コロニーS.O.D.に襲撃を掛けたい、その為の戦力が必要だ」
「なるほど、屍食者の技術が狙いですか」
「屍食者?」
「グレン・ストロムブラード、オルタナティヴと生体兵器のスペシャリストですよ」
怪訝そうに眉を顰めるイーノスにエイブラハムは簡単に説明する。
屍食者という配役を与えられた老人は生体関係のスペシャリストであり、ウィリアム・ロスチャイルドの左目の作者にして施工者である。
同様に直接脳に接続されているだろうアンジェリカの耳の事を知らない訳がなく、唯一再施工が出来る人物のはずなのだ。
これはチャンスだ、エイブラハムは胸中でほくそえむ。
Strangerの狙いはグレンが自らの技術で得た財産であり、略奪を主眼に置いた襲撃。金目の物を前にすれば統率もなく入り乱れ、エイブラハムの邪魔をする人間はいなくなるだろう。
ストロムブラードの身柄を確保したエイブラハムは、アンジェリカに連絡を取ってナイトメアズ・シャドウを起動させる。その後Strangerから逃れるようにアンジェリカと合流し、グレンにアンジェリカの耳をオルタナティヴで作った物に取り替えさせればいい。
アンジェリカの記憶を取り戻し、金属製の耳という運命から解き放てる最後のチャンスなのだ。




