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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Punisher
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Bloody Dawn/Maddy Down 3

「この奥に奇形生物の巣があるって聞いて観察に来たんですよ。機嫌を損ねてしまったのか大暴れされてしまいましてね、急いで逃げ帰ってきたって訳です」

『なら腰のサムライブレードは何だ?』

「ツールを兼ねた自衛の武器ですよ。火薬の匂いは彼らを興奮させてしまうのでこういうのしか使えないんです」


 上げている手を使えないため、エイブラハムは体を捻って白銀の太刀を車両のカメラに見せるようにする。

 企業の技術力をそこまで知っている訳ではないだろう彼らが電磁刃(プラズマブレード)を知っているはずがなく、彼らは白銀の太刀を見た目通りの太刀と勘違いする。

 機動兵器やパワードスーツのように大きく盛り固めるように作れるものとは違い、小さな器に精密で緻密なものを作る技術など彼らは知らないのだから。


『……とりあえずは信じてやろう。我々はこれから峡谷の調査をするからどいていろ』

「それはダメですよ、巣を荒せばまた先ほどのように暴れだしてしまいます。放っておいて上げてください」


 まるで時代遅れのエコロジストのような事を言いながら、エイブラハムは僅かに手首を動かす。

 その動きに反応するように特性のリストバンドは、手の甲に沿うようにしてスローイングナイフの柄をせり出させる。

 あくまで前方に展開するだけの敵対者達には気付けず、エイブラハムは意識のアクセルを1段階踏み込む。


 始める用意は出来た。あとは開戦の時を待つだけだ。


『お前、その奥に何を隠している?』

「愛しい存在ですよ。命に代えても守らなければならない、ね」


 訝しむようなスピーカー越しの男の声に、エイブラハムは口元だけが露わになった顔にシニカルな笑みを浮かべる。

 ミリセントの傍らに居るためだけに磨き上げた殺人の技術。その力がいたいけな少女を守る為の刃となった事がエイブラハムには嬉しくてたまらなかった。

 そしてエイブラハムの手の平を相手に向けている左手は、人差し指と中指の股でスローイングナイフの柄を器用に掴む。


 エイブラハムがその刃を投げれば、彼らが無数の銃口の引き金のどれかを引けば始まる死闘。

 しかしその死闘の開幕を告げたのはエイブラハムでも彼らでもなかった。


 峡谷の上から飛び降りてきた漆黒の影は荒野へと着地し、エイブラハムと車両達を阻むように乾いた砂を巻き上げる。

 ささやかな日光すら殺したその質量に車両のカメラは殺された。だがレーダーとピジョンブラッドの瞳だけはその"漆黒の影"を捉えていた。


「アンジェ、なぜ!?」

『機動兵器だと!? なぜ、こんなところに!?』


 言葉こそ違うが、両者はあってはならない事態に思わず声を張り上げてしまう。

 エイブラハムは居てはならない少女に、男達は勝てる訳がない強大な暴力に。

 そしてナイトメアズ・シャドウは両者の困惑すら蹴散らすように。レーザーマシンガンの銃口を車両達へと向けてしまった。


「やめなさい、アンジェ!」


 一気に冷え込んだ精神を、冷や汗すら浮かぶほど焦燥する自身を誤魔化すようにエイブラハムは怒鳴り声を上げる。

 エイブラハムの脳裏に1つのヴィジョンがよぎったのだ。

 守ろうとしている少女が、自分を守るケーブルに接続されて居るヴィジョンが。

 だがそれでもナイトメアズ・シャドウは光の点っていないマシンアイで車両達を睨みつけ、その銃口を下げようとはしない。

 戦闘モードを起動していれば車両達を殲滅する事くらいは訳ないが、巡航モードのナイトメアズ・シャドウは早いだけの巨体でしかない。

 アンジェリカに自ら接続させる訳にも、ナイトメアズ・シャドウを撃破されてしまう訳にもいかないエイブラハムは、請うように両腕を広げて漆黒の巨体の足元へと歩み寄って行く。


「私があなたを守ります。信じてくれるまで何度でも言いましょう、あなたが信じてくれるのであれば何でもしましょう。だからアンジェ、私にあなたを守らせてください」


 フードを剥ぎ取った顔をせつなさを演出するように歪め、声は悲壮感を演出するために若干掠れさせる。

 自分が情けなかったために約束を破らせてしまったアンジェリカ。自分を心配してくれただけの彼女の罪悪感に訴えるやり方に抵抗はあるが、それでもエイブラハムに退く事は出来なかった。


 巡航モードのナイトメアズ・シャドウは武装を使用出来ず、その装甲は機体を制御しているAIにまで不安視されるほどに薄いのだから。

 やがてエイブラハムの粉飾された熱意に折れたのか、ナイトメアズシャドウはゆっくりとレーザーマシンガンの銃口を下ろした。


『とんでもない化け物を隠していたようだな』

「黙れよクソッタレ、全員原型がなくなるまで切り刻んで燃やすぞ」


 スピーカー越しの独白にエイブラハムは白銀の太刀の柄に手を掛けながら吐き捨てる。

 込められた殺気は無形の暴力となり、車両内で身を寄せる男達の身を震わせる。


 男達は理解すべきだったのだ。

 もし自分達が引き金を引いていたのであれば、白銀の太刀が自分達の首を斬り落としていた。


 もしナイトメアズ・シャドウの薄い装甲にグレネードキャノンを撃ち込んでいたら、白髪の悪鬼はこの場にお存在する全ての命を燃やし尽くしていた。


 もし敵対していたのであれば、全員が死んでいたのだと。


『……お前は、何者だ?』

「ただのしがない旅人ですよ。そちらが私達に銃口を向けなければ、ですがね」


 次はない。言外に正しく付け足されたその殺意は、あまりにも鋭く冷たいものだった。

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