Bloody Dawn/Maddy Down 2
灰色の空の下。エイブラハムは手に持っていた荷物をナイトメアズ・シャドウのせり出したコックピットへと投げ込み、続いてアンジェリカを抱きかかえたまま飛び込む。
ぐずる事もわがままも言う事もなかったアンジェリカを後部のシートへと降ろしながら、エイブラハムはディスプレイと向き合うようにシートに腰掛ける。
状況が変わってしまった以上、この場に留まり続けるのは愚作でしかないのだ。
「ソウ、巡航モードで起動。すぐに辺りの索敵を開始してください」
『起動。索敵開始』
マシンボイスが返事をするなり、ディスプレイの光が真っ暗なコックピット内を照らし出す。
ディスプレイに表示されたのはナイトメアズ・シャドウを中心とした周囲一帯の状況。
峡谷の入り口には続々と車両が集結しており、それが民間軍事企業や野盗のものである事は疑いようもなかった。
「動きが早いですね」
『戦闘モードの起動を提案します』
「却下します。そんな事より周囲の地図を表示してください」
『イエス・サー』
レーダーから地図データへと表示を替えたディスプレイに視線を這わせ、エイブラハムは目視認証でマーカーを打っていく。
アンジェリカを傷付けずにこの窮地を脱する方法など1つしかないのだ。
「いいですかアンジェ、今から言う事をよく聞いてください」
エイブラハムは背後へと振り返り、アンジェリカを手招きして代わるようにシートを譲る。
アンジェリカは座り慣れないシートにどこか居づらそうにしていたが、時間のないエイブラハムは現在地をマーカーと赤い曲線で繋いでいく。
「5分後、このポイントへ向かって移動を開始してください。ソウ、あなたはアンジェの支援に徹してください。私は彼らと話があるのでそこで合流しましょう」
そう言いながらエイブラハムはモッズコートの袖のジッパーを開いて、特性のリストバンドに収納したスローイングナイフの残数を確認する。
ナイトメアズ・シャドウで戦闘を行えば敵対者の殲滅は容易いが、それではアンジェリカに負担をかけてしまうことになる。それを嫌ったエイブラハムは出来る事なら話し合いで、出来ないのであればその身の資産価値を見せつけながら殲滅しなくてはならない。
幸いにも先天性色素欠乏症はエイブラハムを美しい白と赤に彩り、終焉者としての実力はエイブラハムに少女を守れるだけの力を与えた。
しかしアンジェリカはエイブラハムのモッズコートの裾に縋りつき、嫌だとばかりに首を横に振る。
ただの暗闇ですら恐がるような少女が1人になるのを嫌がるのは当然だろう。それだけの信頼は得られたか、とエイブラハムはアンジェリカのパーカーのフードを下ろして頭を撫でてやる。
ディスプレイの光に煌めく白銀の髪は柔らかく、アンジェリカの儚さを表すようだった。
まるでガスの向こうに浮かぶ月のように脆く儚い存在を守るには、多少ではない無理をする必要があり、エイブラハムにはそれをするだけの覚悟があった。
「必ずあなたを迎えに行きます、あなたが私を不要とするまであなたを守り続けます。だから私を信じてください」
そう言ってエイブラハムはアンジェリカの手をやんわりと引き剥がし、一瞬のうちにコックピットから外へと飛び出す。
約8mの高さから飛び降りたエイブラハムは受身を取る事もなく、その勢いのまま峡谷の入り口へと駆け出した。
レーダー上の情報に嘘偽りがないのであれば、敵戦力は戦闘車両を主体とした機動小隊。少なくはない歩兵を連れている可能性が高いだろう。
白銀の太刀の充電量に不足はないが、決定打となりえる切り札が1つという手札には不足がある。
だがアドバンテージをひっくり返すだけなら容易だが、アンジェリカと約束をしてしまったエイブラハムは生きて帰らなければならない。
手段を選べるだけの余裕などなかった。
そして峡谷の入り口に辿り着いたエイブラハムを出迎えたのは、予想通りの戦闘車両達だった。
『動くな』
エイブラハムはスピーカー越しに告げられた言葉に逆らう事無く両手を上げて立ち止まる。
黒いファーで縁取られたフードは被ったままであり、その腰には長身のエイブラハムに見合う長刀。何かしらが起きている峡谷から現れた正体不明の男を警戒してしまうのも無理はないだろう。
アンジェリカとナイトメアズ・シャドウから目を向けさせたくないエイブラハムの目論見通りに。
「どうしたんですか、随分と物々しい」
『黙れ、この先で何をしていた?』
「その前に銃口を下げてもらえませんかね。恐くて何も話せそうにありません」
『2度も言わせるな。質問に答えないのであれば今すぐ吹き飛ばすぞ』
恐ろしくてたまらない、と嘯くようにエイブラハムは肩を竦める。
敵の手戦力は3台の戦闘車両。グレネードキャノンを搭載した車両が1台、他の2台は機関銃を搭載したもの。
白銀の太刀とスローイングナイフしか持ち合わせていない自分が本気に勝ちに行くのであれば、騙し討ちを含めた先手必勝しかないようにエイブラハムには思えた。
その2つは、エイブラハムにとっても常套手段なのだから。




