Hear The Silent Scream/Near The Violent Stream 9
『戦闘システム、スタンバイ。交戦開始。幸運を、代行者』
AIが交戦を告げた瞬間、漆黒の機動兵器、ナイトメアズ・シャドウは右腕に付けられたレザーブレードでそのシャッターと切り裂きスラスターをふかし戦場へ飛び出していく。
未だ朝日も昇らぬ戦場には確かに機動兵器が2機と戦闘車両が3台居た。
撃ち抜き切り裂いて陵辱するだけのソレを目視認証によってカーソルを合わせようとするが、シャドウはそれらを振り切り正面から抜いてしまう。
「ソウ、追加変更です! スラスターもマニュアル制御に!」
『スラスターをマニュアル制御に変更しました』
体に掛かるGに負けじと大声を上げるエイブラハムに、AIは無機質なマシンボイスで応える。
口頭の説明だけでは理解が出来なかったスラスターのあまりの高出力さに、エイブラハムは自身の認識の甘さを悔いる。
実働データがないスラスターの制御をマニュアルに任せてしまえば、AIは最高出力を出すしかなく結果今のような状況を生んでしまう。
マニュアル制御に変更されたスラスターを駆使し、シャドウは機動兵器の弾丸を避けるように大きく旋回する。
ディスプレイに映し出された敵影を線で繋ぐようにナイトメアズ・シャドウは左手に装備されたレーザーマシンガンの弾丸ばら撒き、ソレに穿たれた2台の戦闘車両が爆発と共に炎上する。
脚部がキャタピラであるクロム・ヒステリア等の重量機動兵器のみが装備できる粒子砲と比べれば1発の威力は大幅に劣るが、必要とされるエネルギー量の少なさと弾速、何よりエネルギーさえ切れなければ永遠に撃ち続け牽制を続けられるというナイトメアズ・シャドウの戦闘スタイルに一致したその強力なレーザーマシンガンにエイブラハムは小さく溜息をつく。
企業は復讐者には長い時間を掛けた作品の醸造を求めてあの眼球を与えたが、エイブラハムの後ろで機動兵器に接続された少女に高額な処置を施し何を求めたのだろうか。
ナイトメアズ・シャドウを用いた殺人を求めたのだとしても、ワイヤーを絡ませコックピットに辿り着く事すら出来なかったアンジェリカにそれを遂行させる事は不可能だろう。
エイブラハムは思索にふけりながらも、決して動きは止めることはしない。
レーザーマシンガンのエネルギーの消費量が少ないと言っても無ではなく、運動蓄電式のジェネレータを止めてしまえば発電が行われなくなってしまいエネルギーが枯渇してしまうかもしれない。
何よりエイブラハムには試さなければならない事があった。
「アンジェ、ちょっとだけ速い機動をします。辛かったらシートを蹴って教えてください」
光弾が3台目の戦闘車両を爆発炎上させ辺りが光に包まれた瞬間、ナイトメアズ・シャドウが自身を覆い隠していた闇から飛び出す。
高出力のスラスターにより弾丸のように飛び出した影は、6脚の機動兵器をすれ違い様に右手に装備されたレーザーブレードで撫でる。
「浅かったか!」
敵機の右腕のみが地面に落ちていくのをディスプレイで確認しながら、エイブラハムは毒づく。
どんなに強力な武器であっても当たらなければ意味が無い。
そしてアンジェリカの負担を考えれば回数をこなして慣れていくなどという考えは許されず、エイブラハムはこの戦いでナイトメアズ・シャドウの全てを理解しなければならない。
敵機のガトリングの弾を円を描くような運動で回避しながら、ナイトメアズ・シャドウは赤いマシンアイで足を止めた敵機を捉え続ける。
車両などの乗り物と比べ緩慢な動きしか出来ない機動兵器の戦い方は酷く限定された物だった。
侵攻しながら弾丸をばら撒くか、足を止めて弾丸をばら撒くか。
稀にシャドウほどではないが高出力スラスターを搭載しシールドバッシュをかます機動兵器乗りも居たが、そもそも脚部が脆く、歩兵を除けば精々戦闘車両程度しか相手が居ない企業の機動兵器乗り達は歩兵という小さな的に対して盾や刃を振り回すより効率的な銃火器を好んだ。
つまり、シャドウは対歩兵を想定されて作られた機動兵器ではないという事だ。
高出力スラスターによって滑るようなシャドウの機動も歩兵相手には無用な物であり、下手をすれば企業が欲しがっている記憶の映像にもろくに残らないという結果になりかねない。
ならば、ナイトメアズ・シャドウとは何なのか。
エイブラハムは仕留め損ねた機動兵器に光弾を叩き込んで撃破しながら、1度はやめた考察を続ける。
1つ目は対復讐者決戦兵器。
復讐者の所有するバイクに追い縋る事が出来る機動力、有無言わさぬほどに高威力の兵器。
復讐者に力を与える事を望んだ綴書者である企業首脳や殲滅者であるミリセント・フリップならばともかく、復讐者を恐れる者達がそういう設計思想で作ったというのならば納得が出来る。
2つ目は企業から離反した機動兵器乗りの抹殺用兵器。
確かにシャドウは並大抵の機動兵器ならば簡単に屠る事が出来る性能を持っているが、ワンオフ機でない限り戦術次第で圧倒する事は容易であり、ワンオフ機に乗る者達は自らに手厚い待遇をする企業に歯向かう理由はなくこれは可能性が低いといえる。
3つ目は企業首脳の享楽的な嗜好から作られただけの代物。
前例があるこの可能性は非常に高く、復讐者という強力な戦力に惚れ込み自らの手の内にもそういったものを置きたかっただけなのかもしれない。
しかし常人より出来の良い眼を持つエイブラハムでさせ未だ順応できない高速の世界に誰が順応できるというのだろうか。
最後の1機がばら撒くショットガンの散弾をジグザグな機動でかわし、シャドウは敵機の装備するアサルトライフルもショットガンも届かない敵の懐に飛び込む。
6つ脚の機動兵器は慌ててシャドウを殴り振り払おうとするが、接近戦のエキスパートであるエイブラハムには遅すぎる。
青白い粒子の刃が機動兵器を両断するように奔る。
シャドウは1歩引いた左足を軸にしながら、振りぬいた右腕の慣性を生かしたまま旋回しその場から急速に離れる。
『戦闘システム、シャットダウン。交戦終了。お疲れ様です、代行者』
「お疲れ様。でもシステムのシャットダウンが早すぎます。伏兵、増援、トラップ。目の前の敵が居なくなれば殲滅って訳じゃないでしょう」
機動兵器の断末魔のような爆発音をバックに戦闘終了を告げるマシンボイスに、エイブラハムは苦言を呈する。
企業は超高度からの爆撃が出来る航空機を所有しており、そのような兵器を行使されてしまえばAIがレーダーで補足できる領域などまとめて吹き飛ばされてしまう。そうなってしまえば装甲が薄いナイトメアズ・シャドウでなくても太刀打ちは出来ない。
「以降、戦闘終了後のシステムダウンは私に任せてください」
『了承。以降、戦闘システムのシャットダウンの権利を代行者エイブラハムに譲渡』
「よろしい――アンジェ、大丈夫ですか?」
AIとの会話を終えエイブラハムがアンジェリカの様子を窺う。
アンジェリカは高速戦闘に多少顔色を青くしエイブラハムの問い掛けに応える事はないものの、特に被害を受けた様子はなくエイブラハムは安堵する。
「さっきほどのスピードは出しませんが、スラスターを使用してここらから脱出します。辛くなったらいつでも教えてくださいね」
今度はしっかりとアンジェリカが頷いたのを確認し、エイブラハムはスラスターを巡航モードで起動し自らが荒らした戦場を駆け抜けていく。
強者は生き、弱者は死ぬ。
シャドウがスクラップとしていった弱者達はこの世の理を称え、ただ燃え尽きていく。
次はお前だと、指向性のない恨み言のような轟音を立てながら。




