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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
8/190

She Roll Dice/He Role Vice 2

「しかし、卿の活躍においては勝利を掴む事が出来るかもしれませんな。大した働きぶりで」

「……ふん! 貴様のような薄汚い傭兵には分からぬ、貴族の仕事と言うものがあるのだ!」

「そうなのか。それで、貴族の一番の仕事って自らの保身の事かい?」

「貴様――」

「お兄さんも、マコーリー卿もいい加減になさい!」


 チャールズの衣服を赤く染める傷口を止血しながら、ローレライが叫ぶ。

 昨晩知った事だが、どうやらアドルフは口喧嘩を売られるととことん楽しんでしまう性分のようだ。

 どういう状況でも軽口と皮肉が飛び交うのは、生き残る絶対の自信があっての事なのだろう。

 チャールズの止血を終えたローレライは、アドルフが言った意味を考える。


 防衛部隊が思うような勝利は得ることはもう不可能。

 つまり勝利条件が変わると言う事だ。

 防衛部隊、ひいてはBIG-C全体が望む勝利は私兵集団の殲滅。しかしそれが叶わないのなら、そこから視点を変えればいい。


 戦場と言う物をこの中で誰よりも知っている男が提案した敗走戦へと。

 生きてさえいれば、負けではないのだから。


 ローレライは先程、アドルフと話していた兵士に問いかける。


「非戦闘員は?」

「……時計台地下の……シェルターに……」

「こちらの残存兵力は?」

「……北と西の大隊が2つずつ……東は大隊1つとかろうじて小隊を組める程度です……」

「残っている高威力兵器は? ロケットやグレネードのような」


 ローレライは聡明な娘だった。

 防衛部隊が手も足も出ない私兵を、アドルフは多くて2発の弾丸で止めを刺していた。


 アドルフと防衛部隊の違いは"武器の瞬間火力の高さ"だ。

 アドルフの冗談のような拳銃、ハンドキャノンと防衛部隊の持つアサルトライフルやサブマシンガン。

 その両者の火力の違いはあからさまだ。

 現にアドルフはスラムで使っていたハンドガンに目もくれていない。


「……マコーリー卿の指示で……温存しているロケットとグレネードが……1番施設に……」

「な、きさ――」

「お黙りなさい。責任はいずれ追及させていただきます」


 今はそれどころではない、とローレライはマコーリーを黙らせる。

 温存してあると言うのなら、ロケットやグレネードなどの兵器は結構な数が溜め込まれているだろう。


 そして次に思考するのは、敗走戦だとしてもどこへ逃げればいいか。


 非戦闘員と負傷者を優先的に普通車両に乗せて逃がすとして、ほとんどの兵士にはで部隊ごとの撤退をしてもらわなければならない。

 あまり遠くで落ち合うことも出来ない以上、コロニーCeaster(ケステル)辺りが限界だろうか。


 そう結論を出したローレライは膝立ちの状態から立ち上がり、マコーリー達へと振り返る。


「手間を掛けさせましたわね。マコーリー卿、彼とお父様を含む負傷者を含む非戦闘員を普通車両でCeaster(ケステル)へ脱出させてくださいまし。その後我々戦闘員は限界まで敵戦力を削り、その後各自脱出する事としますわ」

「お待ち下さい! いくらアロースミス卿のご息女とは言え、貴方に命令される筋合いなど――」

「ならば……現場の総指揮を……ローラに譲渡しよう……」

「お父様!?」


 ローレライの膝に頭を預け、苦しげに息と共にチャールズは言葉を吐き出した。

 未だ戦況を覆せると信じきっているマコーリーは、チャールズの言葉に信じられないとばかりに呆然としてしまう。

 以前の戦いから数年が経っていた。

 傭兵が出て行ったコロニーBIG-Cを、その数年間守り続けてきた自身らの実力に酔っていないとはいえない。

 それでも簡単に物資的にも豊かなコロニーBIG-Cを捨てるなど、マコーリーには考えたくもなかったのだ。


「もう……我々の古いやり方で……守ることも出来ない……」


 そうだな とチャールズの意図と視線を受け止めた眼帯の男が肯定する。


「その通りです、旦那様。アップグレードされた武装、知られている戦闘スタイル、圧倒的な数的な差を埋める事はもう不可能でしょう。しかし――」


 生きていれば、負けではない。

 お互いの言外にある言葉はお互いが教え合ったものだった。

 BIG-Cから出て行く時、アドルフは疎まれるのを覚悟でそれを告げていた。

 だからチャールズは一人娘の望む教育を受けさせた。それが伝統から離れたもので、戦争に関するものであっても。

 そして1人で戦場を霍乱し、BIG-Cに勝利をもたらしたかつての男に、アロースミス夫妻は反論も許さずそれを告げた。

 その両方は自分と誰かが生きる為には絶対に必要な考えであった。


「お待ち下さいアロースミス卿! ローレライ嬢が優秀とは言え、経験もない者にコロニーの住民の命を託されるのですか!?」

「我々の……やり方では人々を逃がす事すら……できまい」


 チャールズは眼帯の男の言うことを理解していた。

 お前達の古い考えでは何も出来はしない、アドルフは言外にそう言っているのだ。

 だが他の有力者を束ねる立場が、それを行動に移させることを許さなかった。


 しかし、次の世代の子供達はどうだろう?


 短い期間ではあるが傭兵の少年と共に過ごし、良くも悪くも伝統にこだわるBIG-Cの大人達と違う視点を持てた子供達なら。


「ですが、先の防衛戦のようにこの傭兵を単騎で突入させて――」

「過去のような戦法は通用しないと、今言ったばかりでしょうに……」


 ローレライはマコーリー卿の現状を理解できない発言に溜息を漏らす。

 過去にアドルフは確かにBIG-Cに勝利をもたらしたが、防衛部隊もアドルフも無傷で勝利したわけではない。

 それを知った上で薄汚いと罵っている傭兵に縋る事しか考えていないマコーリー。浅慮な先達にローレライが呆れてしまうのも無理はないだろう。


「では、何のために傭兵を雇ったと言うのですか!?」

「少なくとも当て馬にする為ではありませんわ。大体、お兄さんを雇ったのはアロースミス家でしてよ? そして我々は誇りの為だけに非戦闘員や防衛部隊を危険に晒す訳にはいきませんの」


 非戦闘員の中にはローレライの母、ローズマリー・アロースミスも居る。

 争いを嫌い、傷だらけの傭兵の男に同情し、口には出さないがローラが戦闘に関する教育を望む事を悲しんでいた母。

 そんな母は生きる為であっても銃を持つ事はできないだろう。

 敵の殲滅が叶わない以上、傷ついた父と自愛に満ちた母と大勢の非戦闘員を生かすためには、至急脱走の手立てを立てなければならない。


「指揮権がわたくしに譲渡された以上、わたくしはわたくしの成すべき事をしますわ。マコーリー卿には負傷者を含む非戦闘員の脱出支援をしていただきます」


 ローレライはマコーリーを評価してはいなかったが、他の有力者は中央で指揮を執っていたチャールズを除いて戦場に出てしまった。

 そんな彼らには敵戦力を減少と自身が率いる部隊の生還を優先させなければならない以上、非戦闘員を生きてCeaster(ケステル)まで逃がすには、マコーリー卿の力を借りるしかなかった。

 事実上の戦力外通告。しかしアドルフが急襲部隊を殲滅するまで姿を現さなかったマコーリー卿は、きっと気にする事はないだろう。


「……私に逃げろと仰るのですか?」


 ローレライが告げた事に大してマコーリー卿はどこか期待するように、それでいて有力者としてのプライドが態度と裏腹なことを言わせる。

 加齢と共に色を失った訳ではない灰色の髪を持つマコーリー卿は、有力者の中でも下の人物だった。

 血統が意味を持ち、実力主義だけではないBIG-Cは卿にとって権力を行使できると同時に劣等感を苛む箱庭であった。

 愚直な人間が多いBIG-Cであっても灰色の髪は卑下の対象であり、その箱庭が壊され権力が行使できない以上、卿がここにいる理由など存在しなかった。


「その通りですわ。逃げて非戦闘員達と負傷した者達を生かすのです」


 その事を察し、理解していたローレライは当然のように命令する。

 脱出が成功すれば彼が求めてやまない尊敬を得られる。

 しかも「何故逃げた」と糾弾されても、「指揮官に命令されたからだ」と事実を告げれば彼を責める人間は居ないだろう。

 非戦闘員をいち早く逃がしたいローレライにとっても、いち早く逃げ出したいマコーリーにとってもそれは最良の選択だった。


「……了承いたしました。――おい、今より指揮官殿の命により我々が負傷者を含む非戦闘員を逃がす――」


 負傷者の回収、非戦闘員への説明、車両の用意、1番施設の装備を開放。

 マコーリー卿が端末越しに指示を出し、一番近くに配置していた直属部隊が負傷したチャールズと兵士を回収しに来た部隊と変わるように、マコーリーは沿いの場から姿を消した。

 あまりにも分かりやすいマコーリーの態度に、アドルフは思わず嘆息してしまう。


 しかし、とアドルフが視線を移すのは金髪碧眼の親子。


「死ぬんじゃないぞ……マリーを、頼む……」

「心配いりませんわ、私には優秀な傭兵が居ますもの。お父様こそ、お気を付けて」


 健闘を祈りあう親子の会話を邪魔しないように、アドルフは残されたアンチマテリアルライフルを手に取る。

 グリップに刻まれたフレアのアロースミス家のエンブレム。

 かつて嫌と言うほど見ていたそのエンブレムに、アドルフは言いようのない感情を持て余していた。

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