Hear The Silent Scream/Near The Violent Stream 8
巨大な影がその歩みを確かめるように一歩一歩踏をみしめながら進んでいく。
機動兵器乗りであれば簡単に出来る動作ではあるが、エイブラハムは手解き程度しか機動兵器の教育を受けておらず、加えて訓練機は基本的に6つ脚の物しかなくエイブラハムは全ての動作を確認しながら行う。
この先自らとアンジェリカに起こるであろう事柄を理解してしまっている以上、エイブラハムは小さな油断すら許す事は出来ない。
『スラスターの使用を提案します』
「歩行だって怪しいのにそんな物を使えるわけ無いでしょう」
言葉足らずなAIの提案にエイブラハムは苦笑と共に否定を返す。
見た事すらなかった2脚というイレギュラーを扱っている上、企業社屋内という閉所では超高出力のスラスターの制御など出来るはずがない。そう考える半面でエイブラハムは、戦闘に入ればそうも言っていられない以上早く慣れなければならないとも考えていた。
ミリセントはこんな事を簡単にやってのけていたのか。
面倒見の良い女である面と戦闘狂の殺人鬼である面を知っている、想い人の事を思い出しながらエイブラハムは苦笑する。
自分が想い人を越えつつある事も知らずに。
「スラスターについて説明してもらえますか?」
『イエス・サー。シャドウに搭載されたスラスターは大口径のものが1つと小口径のものが計6つ設置されており、オリジナル・ホワイトでは実現が出来なかった縦横無尽な機動を実現しました。短時間ではありますが、最高速度は時速250Kmにまで達します』
「それは凄い、けど彼女に影響は?」
『不明です』
提示された最高時速には程遠いゆったりとした歩行はアンジェリカに負担を掛けてはいないようだったが、あらゆる制御にソフトを使う事になるであろう高速戦闘がアンジェリカに掛ける負担を軽視する事は出来ない。
アンジェリカはインストール終了以降エイブラハムに苦痛を訴えたりする事はなかったが、その幼い顔を彩るポーカーフェイスを崩す事もなくエイブラハムはそこだけが気掛かりだった。
会話が出来ない上にコックピットの構造上背後にしているアンジェの様子を窺うのは無理があるのだ。
「機体を介してアンジェと会話する事は出来ませんか?」
『ノン。アンジェとAIで意思疎通することは可能ですが、その情報の開示は許可されておりません。登録も完了してしまいましたので情報の開示についての設定の変更も不可能です』
せめて何かで意思疎通は出来ないものか、とエイブラハムの問い掛けはAIの無機質なマシンボイスによって拒否される。
「仲間はずれですか、寂しいですね。アンジェに掛かっている負担をモニタリングすることは?」
『外部媒体の状況をフィードバックするソフトはインストールされていません』
「参りましたね……」
たとえアンジェリカが苦痛をAIに訴えてもAIはそれをエイブラハムに告げることは無く、ディスプレイのインジケーターは機体の損傷具合のみしか伝えない。
機体へのダメージが蓄積すればアンジェの肉体への負担は増える事は明らかだが、そこまでダメージを蓄積し、ナイトメアズ・シャドウを失ってしまえばアンジェとエイブラハムを殺す事など容易である。
それにそこまでのダメージを無視してしまえば、例えシャドウを失わず勝利する事が出来てもアンジェリカの脳にダメージが残るかもしれない。
高機動特化の短期決戦型のシャドウはアンジェに負担を掛けずに即戦闘を終了できるかもしれないが、その高機動はアンジェを苦しめるかもしれない。
分からない事が多すぎる、と溜息をつくエイブラハムの様子を無視しAIは状況の変化を告げる。
『そろそろ脱出ポイントです。ポイント周辺に敵影確認、量産型6脚機動兵器が2機、戦闘車両が3台です』
「随分と豪勢な見送りですね」
旧時代の何もかもが消え去ったこの時代では車両はとても貴重な物であり、機動兵器ならワンオフ機でなくてもそれ以上の価値がある。
それらを出してまでシャドウ奪取を阻止したいのか、それとも試されているのか。
『シャドウならこの程度、苦戦すら論外です。即殲滅し、領域から離脱してください』
「了解。アンジェ、辛かった私の肩を叩くなり、シートを蹴り飛ばすなりして教えてください」
思索を中断し、顔だけを後ろに向けアンジェリカが頷いたのを確認しながらエイブラハムはナイトメアズ・シャドウに歩みを進ませ、AIと決めた脱出ポイントのシャッターの前に立つ。
量産機のレーダーがワンオフ機に大きく劣るとはいえここまでくればもう補足されているだろう。エイブラハムは深く息を吸い、操縦桿を握りなおす。




