Hear The Silent Scream/Near The Violent Stream 6
『インストールコンプリート。ようこそ、代行者』
苦痛から解放され、コックピットから床に倒れそうになる少女の体をエイブラハムはシートに預ける。
『登録作業に移行します。説明は必要ですか?』
額に脂汗を浮かせ、荒い呼吸を繰り返す少女の様子に取り合う様子も見せずマシンボイスは状況を進展させようとする。AIのそんな態度に苛立ちを感じない訳ではないが、それはあまりにも不毛な上に、少女を無事に脱出させなければ鳴らないエイブラハムが気に掛けるようなことではない。
だからこそ、エイブラハムは少女の代わりにこの機動兵器を理解する事にした。
「説明を頼みます、簡潔にね」
『イエス・サー。では説明を始めさせていただきます』
ディスプレイに先鋭的なデザインの黒い機動兵器が表示される。
少しだけ見覚えがある、少女が接続された機体が。
『当機は近距離機動特化型機動兵器ナイトメアズ・シャドウ。搭載武装はレーザーブレード、"アンテイムド・メサイア"。レーザーマシンガン、"パーフェクト・レイン"。高出力スラスター、"キッシング・アンフォーギヴン"となっております』
「スラスターが武装に含まれるのですか?」
『イエス。この機体は超高機動戦を主眼に置いており、装甲や予備武装などは2の次になっております。故にスラスターは武装の1部であり、装甲は最低限の物しかありません』
「待ってください、この機体には超硬度のレアメタルが使われているはずですよね?」
『イエス。ですが超硬度のレアメタルはその比重ゆえ、絶対に必要である脚部位外には使用されておりません』
エイブラハムは返された答えに頭を抱えたくなる。
機動兵器は6脚かキャタピラでしか自重を耐える事が出来ないが、ナイトメアズ・シャドウと名乗ったその機動兵器は2脚で自重に耐えていた。その事からエイブラハムは超硬度高純度のレアメタルが使われているのだと仮定していたが、脚部以外の装甲は見掛け倒しの物でしかないというのが事実だったのだ。
深く溜息をつくエイブラハムに取り合うことなく、AIは説明を進める。
『エネルギー供給は運動蓄電式となっております。現在セットされている電力が切れてもそれまでにそれ以上のエネルギーの補充が可能です』
「よくそんな物を積んで高機動なんて実現できましたね」
運動蓄電式のジェネレーターは発電と蓄電を1つの筐体で行う為、必要とされるエネルギー量に比例してそのサイズも大きくなる。バイクや車両程度ならば旧時代の液体燃料でそれらを動かす駆動部より1周り大きくなる程度で済むが、電子制御等で膨大なエネルギーを必要とする機動兵器ではそうはいかない。
『小規模な記憶媒体を除いてソフトのほとんどを外部媒体に依存し、軽量化を実現しました』
外部媒体、無機質なマシンボイスが告げたソレから連想した事柄を否定する為にエイブラハムはAIに問い掛けた。
「君をインストール出来るほどの記憶媒体があるのにですか?」
『ノン。AI、ナイトメアズ・ソウトはこの機体にインストールされたホストアプリケーションによって呼び出されているに過ぎません』
再度、舌打ちをしたくなる衝動を耐えエイブラハムは顔を顰める。
ナイトメアズ・シャドウのソフトを記録している外部媒体というのはこの少女で、代行者というのはエイブラハムなのだろう。
何故自分が選ばれたのかは理解は出来ない。
だが少女はあの時確かにエイブラハムに解放を求め、エイブラハムは自身の残りの生を費やすに相応しい少女に出会った。
確かに少女はエイブラハムが着いてくる事を拒まなかったが、下手をすれば少女にとってこれが最後の選択となってしまう以上エイブラハムは勝手な事を出来なかった。エイブラハムがナイトメアズ・シャドウを御し切れなければ2人まとめて死ぬかもしれない。そう言った可能性は存在し続けるのだ。
そしてエイブラハムは少女の為に自らの命を使うと決めたが、少女がエイブラハムに求めたのはここまでの随行だけかもしれない。しかし代行者と呼ばれる存在はナイトメアズ・シャドウが起動した今になっても現れる様子は無い。
だから、エイブラハムは少女に決めさせる事にした。
「本当に、私でいいのですか?」
エイブラハムは少女の事を何も知らない。
少女はエイブラハムの事を何も知らない。
だが自身に縋り付いてきたか弱い抱擁を突き放す事は出来ず、エイブラハムは言葉を紡ぎ続ける。
「よく考えてください、私は使い方を知っているだけでエキスパートじゃありません。あなたの期待に応えられるかまでは保障できません」
未だ呼吸が整わない少女に酷な事をさせているとエイブラハムは理解していたが、少女には選んでもらわなければならない。
少女の今現在までの時間と健常な体は奪われてしまった。だがこの選択次第で未来は変えられるかもしれない。
それがたとえ企業が、綴書者が書いたシナリオだとしてもだ。
そんなエイブラハムの思惑を汲み取るかのように、少女の青の瞳はエイブラハムの赤い瞳を見つめる。
しかし、少女の答えは既に決まっていた。
それが仕組まれた物なのか、2人のやり取りが導いた物なのかまだ誰も知らない。
だが少女は頷き、エイブラハムとの未来を選んだ。
ならば、とエイブラハムは覚悟を決める。
どちらにせよ、彼女を守ってやれるのは自分しか居ないのだから。