Hear The Silent Scream/Near The Violent Stream 4
薄暗いハンガー。少女に前を歩かせながら、エイブラハムは自身らに降り注ぐ弾丸とその射手を切り捨てていた。
一見少女を盾にしているようにも見えるが、全方位からのの襲撃を恐れるのであればこの形が都合が良いのだ。
前方や両サイドはそのまま対応が、背後からは襲撃されても少女だけは守れる。企業最良の白兵戦戦力であるエイブラハムが自分を生かし、敵地を少女を守るにはこれ以上の手段はなかった。
そう、企業はエイブラハムの離反を察知して戦力を送り込み続けているのだ。
そのため今日まで住処でもあった企業社屋は敵地へと変わり、同胞達は敵へと変わった。
もっとも、今日この時までエイブラハムはミリセント以外の誰に感心すら持っていなかったのだが。
「この先には何があるんですか?」
銃剣を構えて少女に突撃しようとした私兵に袖に隠したスローイングナイフを投擲しながら、エイブラハムは少女へと問い掛ける。
このハンガーは車両を除いた大型武器、それこそ機動兵器や壊殺者の左腕等を補完整備するための場所。決して少女が求めるようなものはないように思えたのだ。
しかし少女はその先を指差して歩き続けるばかりで、質問に答えようとはしない。
耳が聞こえていることが分かっただけ良しとするか、とエイブラハムは白いパワードスーツを赤に染め始めた死体を蹴り飛ばしながら嘆息する。
オルタナティヴで作った特別な眼球を埋め込まれた復讐者は5感の1つ、味覚を失った。
毒を盛られても気付けないという点においてのディスアドバンテージを負ってしまったが、あの義眼はそれ以上のアドバンテージを彼に与える。
確かに傭兵である彼に関してはエイブラハムも企業のその見解に同意しないでもないが、未だ名前も知らない少女はそういう訳にもいかない。
その耳にどんな機能があろうと、その特異さから生まれる負担は少女を苦しめるのだから。
では現状の整理をしてみましょう、とエイブラハムは足元に落ちていたライフルを蹴り上げて弾丸を撒き散らす。
会話はともかくとしてどうやら耳は聞こえているらしい。
目指すところ指差したという事は目も見えているのだろう。
首の擦り傷に頓着していない事から触覚、そして確認のしようのない味覚と嗅覚が怪しいと言える。
絶え間なく吐き出された銃弾達に倒れていく私兵達に目を向けることもなく、エイブラハムはその仮説は早計過ぎたかと考え直す。
脳にイレギュラーな機関を直接接続している以上、5感に限らず、どんな障害を負っていてもおかしくはない。
思い返してみれば、少女はエイブラハムと出会ってから一言も発していない。
オルタナティヴの処置による失語症、あるいは声帯の運動を司る神経中枢に障害を負ったのか。
「どうしたもんですかね」
思わず呟いてしまった自分にエイブラハムは苦笑を浮かべる。
少女について分かっている事は3つ。
目と耳は不自由していない。
オルタナティヴによって何らかの機構を施工された。
髪は確かに白銀だが、目が青いことから自身と違って先天性色素欠乏症ではない。
それらを理解しているからこそ、エイブラハムは悩まざるを得ないのだ。
企業から逃がしてやるのは難しいことではない。だが、どういった障害を負っているか分からない美しい少女が、この退廃した世界で生きるのはあまりにも過酷だろう。
守り続けろと望んでくれればそれでいいが、少女に拒絶されてしまえばエイブラハムにはどうしようもなくなる。白髪と青と赤の目を持つ2人組みは良くも悪くも目立ってしまうだろうが、それでも少女を1人で放り出す事と比べればその安全性には雲泥の差があった。
私兵達が責めあぐねるように距離を置きだしたのをいい事に、エイブラハムは弾の切れたライフルを壁に取り付けられたスイッチへと投げつける。
従来の使い方から大きく離れてライフルはスイッチへと突き刺さり、2人と私兵達を分かつように合金製の隔壁が轟音を立てて降りる。
切れ味の悪いギロチンとなりかねない全長10mの隔壁に私兵達はエイブラハム達に続く事は出来ず、そしてしなかった。
エイブラハム達が辿り着いたのは既に隔壁が固く閉ざされていたハンガーの終わり、言ってしまえば行き止まりようなものだった。
「この先、なんですよね?」
その穏やかな声色での問い掛けが切欠のように、ハンガーの照明がゆっくりと暗くなり始める。
電源供給が落とされたのかとエイブラハムがあたりをつけていると、少女は暗いのが苦手なのか、どこか不安げに頷いた。
行く手を塞ぐ隔壁は分厚い合金製のもので。電源供給が落とされたために開く事はとてもではないが出来ない。
やがてエイブラハムのコートの裾を小さな手で掴み始めた少女の事を思うのであれば、エイブラハムに選択の余地などなかった。
「では私が何とかしましょう。少し下がってください」
サラサラとした白銀の髪を一撫でして、エイブラハムは白銀の太刀を抜きながら隔壁へと歩み寄る。
立体的なヴァインの装飾を施された刃は残された僅かな光を湛えて煌めき、エイブラハムは柄の先に付けられたダイヤルを弾くように回転させる。
すると突然、ヴァインの装飾は軽い金属音を立てながら展開していく。
そして樹木の枝のように、羽を失った翼のように広げられた刃の間に眩い稲妻が走り始める。
電磁の眩い破壊力を集束させたそれは、白銀の太刀の最終モードである電磁刃だった。
「最大出力、チャンスは1回だけって事ですね」
バチバチと音を鳴らし、踊る光源を意にも介さないように呟いたエイブラハムは、展開した白銀の太刀を腰元の鞘に沿わせるように構える。
おどけるように口元に笑みを浮かべていた顔は途端に表情を失い、機動兵器の装甲並の硬度を誇る隔壁を睨みつける。
白銀の太刀は歩いた際などの揺れなどによってギアを稼動させ、発電と受電を同時に行う機構を内包している。
つまり1度使ってしまえば、再起動はすぐには出来ないと言う事だ。
それを理解しているからこそエイブラハムは焦る事無く、なおかつ高速の斬撃を躊躇いもなく繰り出す。
暗闇に弧を描くように解き放たれた電磁の刃は隔壁へと喰らい付き、光を失った展開刃は巻き戻されていくようにただの装飾へと戻っていく。
そして鞘に太刀が戻されたのが切欠のように、切り取られた隔壁の1部が鈍い音を立てて床へと崩れ落ちる。
機動兵器の装甲並みの硬度と頑強さを兼ね備えていた隔壁は、端々が溶解しているアーチ型の入り口を切り開かれていた。




