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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Punisher
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Hear The Silent Scream/Near The Violent Stream 3


「クリムゾン・ネイル――殲滅者(アナイアレイター)の事は残念でしたね」

「彼女が望んだ命の使い方です。仕方ない、という事になるんですかね」


 悲しげな視線をクリムゾン・ネイルの残骸にやる灰髪灰目の男に、エイブラハムは僅かに肩を落とす。

 どれだけ言葉を重ねようと、どれだけ悔恨を連ねようと、受け取る人間が居ないその感情は自分だけの物でしかない。


 だから、仕方がない。


 搭載された炸裂装甲エクスプロッシブアーマーが使われていない事実が、ミリセントにとっていかに復讐者(アヴェンジャー)が大事だったのかをエイブラハムに理解させるのだから。


「シューマン、君はこれからどうするんですか?」

「クリムゾン・ネイルが壊れてしまったんで、改めて新型の設計を始めようと思っています。終焉者(クローザー)の刀も基本的に手間がかかるもんじゃありませんから、専属が変わっても問題はないでしょう」


 溢れ出す感傷を押し殺すように問い掛けたエイブラハムは、肩を竦める事で曖昧な返事を返しながらクリムゾン・ネイルへと歩み寄る。

 白銀の太刀に内包された発電機関はギアを回す音を聞きながら、エイブラハムはクリムゾン・ネイルの残骸の表面に触れる。

 砕かれ燃やされ破壊された赤。その奥に残る落ちきらなかった別の"赤"はミリセントの自殺を意味していた。


 きっと貴重なレアメタルの結晶であるクリムゾン・ネイルは形を失うまで破壊され、新たな機動兵器へと形を変えるのだろう。

 そしてそこにミリセントは居らず、エイブラハムがその力を手に入れる事も叶わないのだろう。

 終焉者(クローザー)として最高の記憶を手に入れるため、エイブラハムは機動兵器の操縦技術を習得している。だがそこまで出来上がってしまった終焉者(クローザー)に、企業は機動兵器を与える事はないだろう。

 赤い服すら、ミリセントのおかげで好きになれた赤を着る事すら許されなかったエイブラハムに、クリムゾン・ネイルが与えられる事はないだろう。


 復讐を果たす事は出来ず、縋りつく存在さえ失ってしまった。

 ミリセントと違い、自分の"命の使い方"を知らないエイブラハムは死ぬ事も出来ず、自分を殺せるだけの存在も知らない。

 生きるにしろ死ぬにしろ、エイブラハムに選択肢はなかった。


 ふと遥か後方に感じた気配と複数の足音にエイブラハムは、白銀の太刀に意識を向けながら振り向く。

 6脚、キャタピラ問わず機動兵器が並ぶハンガーに現れたのは企業の私兵達と鎖で繋がれた奇妙な少女。エイブラハムはその奇妙な光景に目を疑ってしまった。


 背中まで伸ばされた白銀の髪、美しい造詣を際立たせる白磁のような肌と真っ白なワンピース、自分を見つめるアイスブルーの瞳。

 そのまるで彫像のように美しい少女には、あまりにも不似合いで鋭角な金属製の耳が付けられていたのだ。


 欠損した人体に遺伝子培養で作り上げた部位を接続する技術、オルタナティヴ。その技術のおかげで人々は金さえ積めば延命が出来るようになり、挙句の果てには人体に機械を同期させるのは容易な事となった。

 しかしエイブラハムは少女にはあまりにも大きすぎるその耳に困惑してしまう。

 知っている人間で言えば壊殺者(ブレイカー)は左腕を切断して掘削機(パイルバンカー)を左腕に接続し、刀傷者(セイバー)は両手の中指を切断してその両腕に折り畳み機構を持ったブレードユニットを施工し、そして復讐者(アヴェンジャー)は潰された左目の変わりに義眼を埋め込まれた。


 前者の2人と違い脳に直接外部機構を接続されたその施工はあまりにも珍しかった。

 なぜそんな危険を押してまで、少女にその耳を与えなければならなかったのか。

 耳とその美しさを除けば、か弱い少女をなぜ鎖で繋いでいるのか。


 どうしてその少女を恐れなければならないのか。


 エイブラハムが戸惑っていると、真っ白なパワードスーツを纏う6人の私兵に囲まれていた少女と目が合う。

 何を言うでもなくピジョンブラッドのの瞳を見詰めるアイスブルーの瞳。

 求める言葉はある訳ではないが、潤んだその瞳だけでエイブラハムには十分だった。


「……シューマン、申し訳ありませんが水を買って来てもらえませんか?」

「お断りします。僕はあなたと殲滅者(アナイアレイター)の専属のメカニックではありますが、小間使いになった覚えはありません」

「専属としての最後のお願いです。今どうしてもここを動きたくないんですよ」

「……貸し、1つですからね」


 灰目を飾る顔をあからさまに嫌そうに顰めてシューマンに、エイブラハムは詫びるように両手を広げる。

 貸しを返せることは金輪際なく、これからする事はきっと彼を苦しめるだろう。

 そう分かっていても、エイブラハムは止まる事は出来ないと自覚していた。

 今確かにこの瞬間、エイブラハムはようやく"命の使い方"への足掛かりを見つけられたように思えたのだから。


 シューマンがハンガーを後にするのを背で感じながら、エイブラハムはゆっくりと少女と私兵の部隊に近付いていく。

 その顔には誰もが見とれる美しい笑みを、その意識には腰元の白銀の太刀を。


 もたらすのは絶対の終わりを、添えるのは終焉の美しさを。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です、ミスター・イグナイテッド。何か御用でしょうか?」

「ええ、彼女を引き取りに来たんですよ。いろいろ予定が変わったとかで」


 私兵達を手で制して敬礼を解かせたエイブラハムは、平気で嘘をつきながら少女へと歩み寄る。

 鋼鉄の首輪が嵌められた首筋には痛ましい擦り傷が出来ており、真っ白な肌に痛ましい赤を残していた。


「それは、お疲れ様です。ですが受取人はミスター・リュミエールのはずでは?」

「そのミスター・リュミエールの代行ですよ。お互い人遣いの荒い上司を持つと大変ですね」

「本当に、ですね」


 気の毒そうに苦笑する私兵にエイブラハムは思い通りに進んだ事態に安堵する。

 金属製の耳を施工された少女、エイブラハムは見た事もないオルタナティヴ被検体を新造の生体兵器だと当たりをつけていた。

 ハンガーに訪れたのは後付けの兵器部との結合、それによる試用試験のためとしか考えられなかったのだ。

 そして終焉者(クローザー)という配役はシモン・リュミエールの信頼の証であり、掛けられている期待と押し付けられている無茶の証明だった。


 しかしエイブラハムの思惑とは裏腹に、私兵は首輪を繋ぐ鎖をエイブラハムに渡そうとはしなかった。


「ああ、すいません。一応規則なんで譲渡のキーだけいただけませんか?」

「キー、ですか?」

「ええ、ミスター・リュミエールから受け取ってませんか?」


 そう言って私兵は少女の首に空いた前時代的な鍵穴を指差す。

 もちろんそんな物を持っているはずもないエイブラハムは、仕方ないとばかりに小さく嘆息して少女の前へとしゃがみこむ。


 出来るとはいってもしたい訳ではない。

 それはいたいけな少女の前での、殺人となればなおさらだ。


「これがキーです」


 咄嗟に少女の目を左手で優しく覆うようにして塞いだエイブラハムは、高速で引き抜いた白銀の太刀を頭上で水平に回す。

 煌めいた銀閃はその意味を理解させる前に少女を円形に取り囲んでいた6人の首の大部分に消え目を入れ、自重に耐え切れず首が落ちるよりも早く、エイブラハムは少女の首輪を返す刀で斬りつける。

 甲高い金属音と空気を切り裂く音、それに続いて重厚な金属と肉が床に叩き付けられる音が追従する。


 1瞬の間に6人の殺害と少女の解放を果たしたエイブラハムは血を払った太刀を鞘に戻し、少女の目を塞いで左手で少女の手を取って手の甲に口付けを落とす。

 やがてピジョンブラッドの瞳の視線とぶつかるアイスブルーの瞳に、恐れはなくなっていた。


「さあ、あなたの望むままに」


 返事の代わりに遥か遠くまで続くハンガーの奥を指差す少女に、エイブラハムは弧を描く口元を押さえる事が出来なかった。

 生きる縁は確かに現れた。

 儚くも美しい少女という形で。

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