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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Punisher
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Hear The Silent Scream/Near The Violent Stream 2

 コロニーGlaswegianグラスウィージャンには巨大な建造物がある。

 司法が死に、宗教と暦は廃れ、モラルが腐りきったこの世の中において最強にして最大の企業、メモリーインダストリーの社屋だ。


 何もかもが消え去り全てが飽和した世の中で人々は新たな娯楽を求め、企業は他者の記憶を提供した。

 ご都合主義も何も無い新たな娯楽に人々は夢中となった。

 英雄と崇められた兵士の記憶、叶わぬ恋に身を捧げた恋人達の記憶、そして奪い奪われる者達の記憶。

 被虐趣味と加虐趣味の両方を満たすそれは企業の売り出した記憶の中で一番の売れ筋となり、力を持たぬ者達はただ奪われていくのを待つ事しか出来なかった。


 その社屋内にある薄暗いハンガー。何機もの機動兵器が並ぶそこに白髪の男――エイブラハム・イグナイテッドは、撒き散らされた"赤"を前に立ち尽くしていた。

 6本の足は力を失ったように放射状に広がり、分断された上半身はその装甲のほとんどを食い破られている。それはクリムゾン・ネイルの残骸だった。


 命令された数件の要人暗殺を終え、数日ぶりに社屋に帰還したエイブラハムの端末に1通のインスタントメッセージが届いていた。


 殲滅者(アナイアレイター)、ミリセント・フリップが企業が復讐者(アヴェンジャー)と呼称する傭兵に殺害された。


 ディスプレイに踊る無機質な文字はエイブラハムに沈痛な事実を突きつけたのだ。

 エイブラハム・イグナイテッドは企業の私兵である父とコロニーの住民であった母の間に生まれ、何不自由なく育てられた企業の私兵だった。

 暗殺者(アサシン)としての類まれなる適正はエイブラハムを比類なき白(ディスオルタナティヴ)とし、父を越えて企業の切り札の1つとなった。

 実力とその美しさをエイブラハムは父のような歩兵ではなく、終焉者(クローザー)という配役と企業では完璧を意味する"白"を与えられたのだ。

 その美貌と技術で要人の最後を美しく彩り、その最高の記憶を抽出して持ち帰る。それがエイブラハムに与えられた仕事だった。

 決して褒められた仕事ではないが、それらの任務は報酬と苦労に見合うだけの達成感をエイブラハムに与えた。1人殺せば諍いが生まれ、2人殺せば戦争が起きた。


 だからだろうか、自分が生み出した熱量に夢中になっていたエイブラハムが大事な事に気付けなかったのは。


 戦争が多発すると言う事は、歩兵である父の出撃が増えると言う事だと。

 そしてエイブラハムの父は戦場で死に、戦死報告を受けた母はショックのあまり寝込み、心労に耐え切れずに父の後を追ってしまった。

 仕事とはいえ、自分が起こした戦争で両親を失ったエイブラハムは途方に暮れた。暗殺者としていくら優秀であっても、エイブラハムも所詮は若い暗殺者の1人でしかないのだから無理もない。

 再起は不可能ではないか。そう考え1人1人と離れていく人々の中でたった1人の女だけはエイブラハムに興味を持ち、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


 その女の名前はミリセント・フリップ。ワンオフの機動兵器クリムゾン・ネイルを駆る、殲滅者(アナイアレイター)という配役を与えられた精鋭の1人だった。

 戦闘狂としての反動からか、それともそちらこそが地なのか。世話焼きな面を持っていたミリセントはエイブラハムの傍らに寄り添い、エイブラハムはそれに応えるように功績を挙げていった。企業最強の機動兵器乗りである殲滅者(アナイアレイター)の傍に居るには、企業最高の暗殺者、終焉者(クローザー)であり続ける必要があったのだ。

 だがミリセントは死んだ。エイブラハムにとって姉のようでありながら、恋人とも家族とも違う"特別"な存在は死んだのだ。


 それでも、とエイブラハムはため息をついてしまう。

 演目(プログラム)終末劇(ラストステージ)は強者との殺し合いを望んでいたミリセントの本懐であり、復讐者(アヴェンジャー)は彼女にとって望む限り最上の強者。それを知っているからだろうか、エイブラハムは復讐者という配役を課せられた傭兵を憎めずに居た。

 "命の使い方"を求め続けていたミリセントが命を捧げるに値すると決めたのであれば、余計な復讐劇は彼女の命の冒涜でしかない。


 たとえ、愛した女の終わりに自分が関っていなくても。


「クリムゾン・ネイルは、どうなってしまうのでしょうか」


 誰に言うでもない問い掛けがエイブラハムの口をつく。

 両親を失い、挙句に唯一の存在を失い、積み上げてきた何もかもが無意味なものへと成り果てた。

 もう疲れきってしまったというのに、それでもミリセントの残滓に縋り付いている自分。エイブラハムはそんな下らない自分を嘲笑うかのように嘆息する。

 必要とあれば男女問わず色気で誑かし、必要とあればその太刀で正面から皆殺しにする。

 それが終焉者(クローザー)であり、ミリセントの傍らに居るために選んだ自分なのだ、と。


終焉者(クローザー)、メンテナンスを終えたのでこれをお返しします」


 背後から掛けられた声にエイブラハムが振り向くと、そこには白銀の太刀を持った武器開発班のヤニック・シューマンが居た。


「ありがとうございます」

「いえいえ。基本的には何があっても壊れない太刀ですからね、メンテも楽なもんですよ。そういえば、上のオーダー通りにしたがって出力を上げておきましたが何か聞いていますか?」

「いえ、初耳ですね……」


 そもそも言われてないのか、それとも聞いた上で無視してしまったのか。

 少なくとも自分は知らないという事実だけを口にしたエイブラハムは、手渡された白銀の太刀をベルトのアタッチメントに装着する。

 物質も何もかもが劣化した世の中において、最高純度の鋼金で作られた最強の個人兵装。

 数え切れないほどの命を奪い、装甲車すら両断しても曇り1つも見せない愛刀ですら今のエイブラハムにはどこか遠くに感じられた。


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