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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
7/190

She Roll Dice/He Role Vice 1

 BIG-Cには時計台と河を背に、かつて聳え立っていた建物達は朽ち果てた現在では大まかに分けて北、西、東の3つの大きな街道がある。

 その事から私兵集団の進行はすなわち3つの街道の制圧と仮定できる。

 最初に西の最前線の部隊が数で押し切られ、東の最前線の部隊が私兵集団が所持する起動兵器に搭載された粒子砲により吹き飛ばされた。

 その威力は配置した防衛部隊と塹壕と私兵集団すら吹き飛ばすほどだったそうだ。


 味方すら灰燼に化した、正気とは思えないその進軍を鑑みれば、北の街道の最前線部隊も時間の問題のはず。ここまでの戦力差が生まれてしまえば、多少の兵では戦況を覆す事は出来ない。

 だというのに、北の街道に関しては唯一残った戦闘車両は未だ生存している。


 攻めあぐねているのか、それとも別の目的があるのか。


 司令部で被害状況を聞きながらも、チャールズ・アロースミスは楽観的な考えに縋り付いてしまう。

 実際はもっと単純で享楽的な理由ではあるが、彼にはそれを知る由はない。

 高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)を重んじる愚直な彼には、享楽的な殺人に興じる企業の考えなど理解できるはずがないのだ。


 だが、だからこそ、チャールズは考えるべきだった。


 北の街道の進撃の遅さを、路地裏に配置していた部隊との定時連絡の途絶を。

 そしてその結末は銃声とともに訪れた。


「アロースミス指令! お逃げ下さい!」


 護衛の男がチャールズへ声を張り上げた瞬間、防弾繊維が織り込まれているはずの布が裂け、血飛沫が撒き散らされる。

 路地裏から姿を現した真っ白なパワードスーツを纏う私兵部隊に応戦しようと、チャールズはアンチマテリアルライフルに手を伸ばす。しかし腹部に喰らいついた弾丸がそれを許しはしなかった。

 銃口から吐き出された暴力に追いやられるように、チャールズはひび割れたアスファルトへと叩き付けられる。フロックスタイルの白いシャツには赤い染みが広がり、経験のない痛みにチャールズは歯を食いしばる。


 しかし戦略指令であるチャールズには、退く事と死ぬ事は許されない。

 死ねば僅かに保った部隊の連携は途絶え、指揮系統を失えば非戦闘員達は逃げる事も出来ずに殺されてしまうだろう。

 生きなければならない。死の理由を自分で決めてはならない。


 チャールズが一糸報いようとアンチマテリアルライフルに手を伸ばしたその時、冗談のような銃声が死地と化していた司令部を支配する。

 続けて耳に届いた何かが地面に叩き付けられる音に視線を上げたチャールズは、その光景に驚愕してしまう。


 そこに居たのは血相を変えて駆け寄ってくる愛娘。

 そして見覚えのない眼帯をし、見覚えのあるバイクに跨る黒髪の傭兵だったのだ。


 ●


「ローラ嬢ちゃん、この速度で走るバイクを両手離しで乗りこなすのと馬鹿でかい銃声に耐えるの、どっちなら出来る?」

「手を離すなんて出来るわけがありませんわ!」


 ローレライはアドルフの突飛な発言に思わず怒声を挙げる。

 バイクは150kmで走行中だ。とてもじゃないが、そんなことは考えられない。


「なら、覚悟だけはして置いてくれ。本当に馬鹿でかい、冗談みたいな音がするから」


 アドルフはハンドルから左手を離し、器用にバイカーズバッグから冗談のような拳銃を取り出した。

 銀色の大口径のバレル、その口径に合わされた大型の銃弾を納めるシリンダー。


 それは巨大なリボルバーだった。


「衝撃もなかなかでさ、絶対振り落とされないようにしっかり掴まっていてくれよ」


 アドルフの雰囲気が昨晩の傭兵の隣人と対峙している時の物になったと気づき、ローレライは必死にアドルフの背中にしがみつく。

 そこには色っぽさなどなく、ローレライの整った顔に浮かぶ必死な様だけが緊迫した状況を表していた。

 アドルフの眼帯に覆われていない右目が、時計台の下に皮肉のような白いパワードスーツを纏う部隊を視認する。

 そしてアドルフは左手に持った冗談のような拳銃を正面に構え、引き金を引いた。


 しかしローラにはその事実がアドルフの体が大きく揺れた事、パワードスーツの纏う私兵が吹き飛んだ事、そしてかつて聞いた事のない音量の銃声で目眩を感じた事でしか理解が出来なかった。


 その銃はかつての世の中でハンドキャノンという分類で分けられた世界で最も高威力のリヴォルバー銃の発展型である。

 私兵集団が纏うパワードスーツを貫通する威力を持つ銃はアドルフの持つハンドキャノン、徹甲弾やグレネードやロケットなどの高火力銃器、そして私兵集団の銃火器のみだった。


 文字通り冗談のような銃声が幾度も木霊し、その度に白いパワードスーツを纏う私兵達が吹き飛ばされ、その白を赤に染めていく。


 絵に描いたような蹂躙劇。

 ハンドキャノンの装弾数5発を撃ち切る頃には、時計台の下に配置された部隊に急襲を掛けていたであろう私兵集団の部隊は全滅していた。

 物言わぬ死体となった私兵達と、防衛部隊を避けるように、時計台の下でアドルフはバイクを止める。


「お父様!?」


 ローレライがバイクから飛び降りてチャールズに駆け寄る。

 その間にアドルフは周りを警戒するように見回しながら、ハンドキャノンから空薬莢を地面に捨てて新しく弾丸を装填する。

 目前の脅威を排除したとはいえ、ここはまだ戦場なのだから。


「おい、どうなっている?」


 赤く染まる肩を抱き蹲っていた防衛部隊の兵士に、周囲を警戒するアドルフは尋ねる。


「……3つの街道にそれぞれ大隊を配置し……裏路地などは小隊に任せ…正面から迎え撃とうとしたのですが――」

「分かった、もういい」


 生き絶え絶えの兵士の説明を遮り、アドルフはうんざりだとばかりに深い溜息をついた。


 彼らの戦争はもう終わっている。"最悪の負け"と言う形で、だ。

 正直、勝てる戦争ならともかく、負けると分かっている戦争に付き合ってやる器はアドルフにはなかった。


 常に勝てる戦争だけをしてこれた訳ではないが、今回の戦争は予想通り不利過ぎる。

 おそらくアドルフがかつて可愛がっていた子供達の何人かは戦場に出ているだろう。

 そしてほとんどが死んだはずだ。それも大人達の愚直すぎる戦い方のせいで。


 それを糾弾した所で何かがあるわけではない。

 アドルフただ、見切りをつけていた。


「ローラ嬢ちゃん、防衛戦から敗走戦に切り替えるべきだ」

「……やはり覆りませんの?」

「防衛部隊が思うような勝利を得るのはもう不可能だよ」


 防衛部隊の心の支えであるチャールズ・アロースミスは凶弾に倒れ、戦力の要であった戦闘車両は2台も失われた。

 加えて私兵集団は"機動兵器"を持ってきていないはずがない。

 彼らの仕事は「脅威をちらつかせながらも、弱者に希望を持たせた上での記憶の奪取と駆逐」だ。

 分かりやすい兵器を使わない理由がなく、その機動兵器を撃破するには戦闘車両に搭載しているグレネードキャノンが必要なのだ。


「やはり薄汚い傭兵などアテにするべきではなかったのだ!」


 鼻息荒く現れた初老の男が肩を怒らせながら怒声を放つ。

 灰色の髪はそのほとんどを失い、灰色の瞳はただ怒りを湛えていた。


「所詮貴様のような薄汚い、伝統も持たぬようなゴミには分かるまい! アロースミス家の財産を奪い、敗北主義を撒き散らすような薄汚い下等民族が!」

「なら伝統で勝ってみてくれよ。考えずに銃を撃って弾が切れたら突撃なんて、歴史がある時代でもほんの一時期の話だぜ?」


 そう言うアドルフの眼帯に覆われていない右目の視線は老人に注がれ、アドルフは我慢しきれないように鼻で笑ってしまう。

 泥1つ跳ねていない、戦場に居る人間とは思えないほどに清潔なネイビーのスーツ。


 それはその男が戦場に立っていない事を意味していた。



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