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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
68/190

Black Water/Clack Slaughter 5

「復讐の甘露は僕の杯を満たしてくれた。あとはお前を殺すだけだ」

「何度も繰り返すなよ。言葉は君の代わりに引き金を引いてはくれないだろ」


 真っ直ぐ睨み付けてくる碧眼を、ウィリアムは灰色がかった黒い瞳で見据える。

 ローレライに似て非なる、透き通るようなブルー。

 靄のかかったような自分の黒とは違う、美しい色。

 色にこだわりなど持った事のないウィリアムでも、劣等感を感じてしまった。


 さて、とウィリアムは覚悟を決めるように意識を切り替える。

 ウィリアムは今まで嘘をついた事はなかった。

 嘘をつくことで自分を裏切り、アドルフとの約束を反故にしてしまう事を無意識に恐れていた。

 だからこそウィリアムは最初で最後の嘘をつく。願うことも、望んでもいけない自分の願望を嘯く。

 穢れなき少女を欲望のままに利用した愚かな復讐者、その幕切れには無様な言葉こそ相応しいのだから。


「あの子は俺のものだ、俺だけのものだ。誰にもくれてやりはしねえよ」


 だから奪って見せろ。言外に付け足した言葉を汲み取りきれなかったのか、それともウィリアムに萎縮してしまったのか、ポズウェルはライフルを持つ右手を震わせていた。

 1発撃てば弾丸はウィリアムの眉間を貫くというのに、ポズウェルは引き金を引く事すら出来なかったのだ。


 だからだろうか、"指の欠けた傭兵"が耐えかねるとばかりにポズウェルに銃口を向けたのは。


「伏せろ!」


 言うが早いか、ウィリアムはポズウェルを蹴り飛ばす。

 ポズウェルの後頭部を穿つはずだった弾丸は、咄嗟に首をかしげたウィリアムの頬を切り裂き、血飛沫がひび割れたアスファルトに撒き散らされる。

 痛みが意識に加速させられたウィリアムは左目を開いてしまった。


 車両が13台、内4台が重火器を搭載したもの。敵性戦力の人数は約40人ほど。

 脳裏に送り込まれる情報に歯を食い縛りながら、ウィリアムはその中でも1番大きく、より中央に停められた車両に左目の視線をやる。

 そして即座に砲口へと走るシアングリーンのラインをなぞるように、アンチマテリアルライフルの引き金を引いた。


 銃口から吐き出された弾丸は一切の無駄なく、グレネードキャノンの砲口へと飛び込み、暴力的な熱量と溶解した鉄片をぶちまけた。

 一瞬にして混迷に叩き落された戦場。ウィリアムはその惨状を背にし、未だ立ち上がれずにいたポズウェルの襟首を掴んで排水路へと引きずり込んだ。 


「なんの、つもりだ?」


 ガスと臭気が充満するキャットウォークの合金の床に背中を強く打ち付けられたポズウェルは、咳き込みながらウィリアムを睨みつける。

 殺そうとしていた相手に助けられた。しかも拝金主義のはずの傭兵に。

 しかし当の本人はついに弾丸の尽きたアンチマテリアルライフルを名残惜しそうに手放しながら当然のように答える。


「君は生き残らなくちゃいけない。多分、そういう事なんだと思うんだ」

「貴様に掛けられる情けなどいらな――」


 ポズウェルはウィリアムの胸倉を掴むも、ガスマスクを突然被らされた事によって言葉を遮られてしまう。

 排水路にはガスが充満しており、長く居れば体に残る影響は無視できるものではない。

 だというのに、疲弊しきっているはずの自分の体を無視してまでガスマスクを寄越してきたウィリアムが、ポズウェルには理解できなかった。


 これはチャンスだ、とポズウェルはさりげなく一緒に引きずられてきたアサルトライフルのグリップを握る。

 左目は醜い傷痕のまぶたに覆われ、ボディアーマーとライダースはボロボロ、挙句の果てにはポズウェルの代わりに負った顔の傷からは血があふれ出している。

 いくらポズウェルが兵士として優秀でないとしても、目と鼻の先の怪我人を殺すことくらいは容易い。


「ゴメンな、俺は君の事を覚えてないんだ。あの頃に君と出会ったかどうかすら、今の俺にはもう分からないんだ」

「……同情でも引いているつもりか? それで僕があいつらを引かせる事が出来るとでも思ってるのか?」


 親指の側面を安全装置に掛けていたポズウェルは、突然のウィリアムの謝罪に眉を顰める。

 事実としてあの頃のポズウェルはウィリアムを避けており、会話はおろか顔を合わせた事すらない。

 だがウィリアムは申し訳なさそうに肩を落としながら、腰のガンホルダーからハンドキャノンを取り出す。


 機動兵器を撃破した事を考えれば弾丸が残っていること自体が奇跡だが、都合の良い奇跡が起きない以上ウィリアムは最悪アンチマテリアルライフルを捨てて敵対者達を殲滅しなければならないのだ。


「そんなつもりはないよ。でも何の心配もいらない、君もあの子も俺が守るから」

「ふざけるなよ薄汚い傭兵風情が! お前1人であいつらに勝てるとでも思っているのか!?」


 苛立ちを隠そうともせずに声を張り上げるポズウェルに、ウィリアムはどこか疲れたような苦笑を浮かべる。


 これが最後なのだ、本当の意味でローレライを守れる最後のチャンスなのだ。

 彼女だけだった。誰かの代わりでも、復讐としての暴力としてもではなく、ただ1人の人間である"ウィリアム"を認めてくれたのは。


 そしてこれだけは忘れずに居たのだ。


 決してはぐれてしまわないように、見失ってしまわないように、1人になってしまわないように。血と硝煙に塗れた薄汚い手を包み込んでくれた小さな温もりを。


 だがウィリアムはそんなローレライを利用した。因果応報で世の中が回っているのならば人々の為に尽くせる彼女ではなく、愚かな復讐者である自分が裁かれるべきだ。


 自らが復讐の成就の末で死に行くのは別に構わない、その為にここまでの犠牲を払ったのだ。

 感傷を、記憶を、存在を、命を、持てる可能性の全てを。


 だが、ローレライは違う。

 企業、コロニーの無能な首脳達、そしてウィリアム。そういった大人達に争いの渦中へ(いざな)われ、戦う事を選ばされてしまった。

 自らの同胞を殺され悲しんでいた少女を、時として顔色1つ変えずに多数の命を捨てなければならない参謀にさせたのはウィリアムなのだ。


 この襲撃で世界を知らない元BIG-Cの防衛部隊はレジスタンスの略奪行為を見てそれに同調し、隙を見せた多数の命が失われるだろう。

 それを背負う事を放棄させたのはウィリアムの生き方で、それを刻み付けてしまったのはローレライの生き方。


 だからこそ、とウィリアムは思う。


「大丈夫だよ。痛いのも、苦しいのも、辛い事は全部俺が持って行ってやるから」


 穏やかな口調で諭すように言ったウィリアムは、その瞬間ハンドキャノンを構えながら排水路から飛び出す。

 灰色がかった右目の黒い瞳は未だ混迷の中にある戦場を瞬時に見渡す。

 車両群は排水路の便宜上の入り口を取り囲むように扇状に展開し、その中央では未だ大型の車両が炎上していた。


「俺の命で良けりゃくれてやる、代金はお前ら全員の命だ」


 挑発するように吐き捨てたウィリアムは再度ゆっくりと左目を開く。

 今までは比べ物にならない頭痛に世界を支配されながらも、ウィリアムは交互に停められている火器を搭載している車両へと車両へとアンチマテリアルライフルの引き金を引く。


 引き金を引く度に爆発が起こり、1筋の白が混じる黒髪を爆風が掻き乱す。

 痛みは時が経つ度に増長するが、ウィリアムはその中で左目を飼い慣らしていく。


 変えられてしまった全てのように、戦況に変革を。

 変えてしまった全てに報いるように、世界に変革を。


 全てを同時に見ようとするから負荷が大きくなってしまったのか、とウィリアムは即座に意識化でターゲットの選別を始める。

 より効果的なターゲットにだけ弾丸を放ち、劇的に戦況を変えていく。


 それはまるで1つの狂いも許されない数式のようで、それでいて答えに辿り着くのが必然であるようで。

 行われるのはただ1つ、誰もが求める"答え"に向けて駒を進める事だけ。


 ついに弾丸が切れたハンドキャノンに弾丸を装填していたウィリアムはふと自分の状況に気付く。

 顔のあらゆるところから温もりが溢れ出している事を。

 目から、鼻から、口から。夥しい量の血は溢れ出し、止まる様子すら見せずにいる。


 それでもウィリアムは装填済みの引き金を引き続け、闘争から一方的な駆除へと変わった殺戮をやめようとはしない。

 リボルバーから吐き出された弾丸は車両を、見覚えのある傭兵達を、ポズウェルについて来たのだろう元BIG-Cの兵士達を、銃口を向けた全てを一方的に殺していく。


 悲鳴を掻き消すほどに大きな冗談のような銃声。それを鳴り止ませるには世の中には悪意が多すぎた。

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