Black Water/Clack Slaughter 4
ガスマスクのフィルター越しに熱い吐息を漏らしながら、ウィリアムは排水路のキャットウォークを歩いていく。
復讐は確かに終えた。だが残ったのは、誰かを犠牲にしなければ生きていけない復讐者という配役のみ。1部の記憶に至っては忘れてしまったのかさえ分からない。
だがアドルフもチャールズもトレーシーもBIG-Cの人々もCrossingの人々も、ウィリアムという復讐者のせいで死んだのだ。
何が回答者だ、とウィリアムは排水路に舌打ちを響かせる。
誰かを犠牲にしなければならない自分など、自分を殺すためだけに作られたあの白い機動兵器と何も変わらないのだから。
世界などどうでもいい、人類の進化もどうでもいい。
ウィリアムはアドルフに成り代わる事を望んでいた。
アドルフはウィリアムを弟の代替にする事を望んでいた。
そんな歪な関係だけがウィリアムを作り上げていたというのに、ウィリアムはそれを無碍にしてしまった。アドルフの思いやりを踏みにじってしまった。
誰にも好かれていたアドルフが死に、たまたま黒い瞳と髪を持っていただけの薄汚い名無しの孤児が生き残った。それがウィリアムにはたまらなく苛立たしかった。
――君に復讐を果たそうとする人々は"答え"にたどり着く
先ほど殺したばかりの男の声が脳裏でリフレインし、遥か前方の光景にウィリアムは自分の立場が変わった事を確かに理解させられてしまう。
洞窟のような排水路の出口、その先に展開されていたのは銃を手にした人々と銃器が搭載された車両だった。
復讐を果たすために2つのコロニーを壊滅させたウィリアム・ロスチャイルド、今度はその復讐者が復讐の対象となったのだ。
もし叶うのなら、どこか遠くへ行こう。
誰かの傍に居ればその誰かを傷つける事になってしまう。だが1人で旅をしながら傭兵家業を続けるのなら、その杞憂も抱え込まずに済むだろう。
あの時、アドルフにいつか話すと約束した旅の土産話を増やすのも悪くない。
そしてウィリアムはアンチマテリアルライフルの安全装置をはずし、排水路からささやかな日差しに照らされた外の世界へと踏み出した。
「随分とみすぼらしい格好じゃないか、薄汚い傭兵にはお似合いだけどね」
暗闇に慣れていた目を慣らすように目を細めていたウィリアムは、ガスマスクを外しながらため息をついてしまう。
遥か前方で小隊規模の人々を背にしているのは、ローレライとは色身の違う金髪碧眼の男――キンバリー・ポズウェルだった。
「……確か、ミスター・ポズウェルだったかな」
「お前程度の頭でも人の名前は覚えられたんだな、感心したよ――来賓の皆様もお待ちかねだ。君の殺害依頼を組合に出したらロハで受けてくれた人達も居たよ、本当に度し難い生き物だ」
嘲るように吐き捨てたポズウェルの背後に、かつての隣人を見つけたウィリアムはあきれ果てたように肩を落とす。
自分で生み落とした因縁が自分の命を刈り取りに来た。紛れもない自業自得に呆れてしまうのは勝手かもしれないが、それでも馬鹿馬鹿しいほどの事実がウィリアムには滑稽でしょうがなかった。
苦笑気味のウィリアムの表情が気に入らないのか、眉間に皺を寄せたポズウェルは数歩前に出てウィリアムの眉間にライフルを突きつけた。
「お前のせいで彼女は変わってしまった。だからこそ僕はお前を殺す、お前を殺して彼女を取り戻す」
ああ、とウィリアムはようやく理解出来たとばかりに息を呑む。
自分に突っかかり続けたキンバリー・ポズウェルという少年。その少年とローレライは恋仲にあったのではないだろうか、とウィリアムは思いついたのだ。
ローレライは緑色の瞳を持つ醜悪な復讐者を利用するためにその身を捧げ、ポズウェルはローレライから薄汚い傭兵を遠ざける為にウィリアムに絡み続けた。
そう考えるのであれば、少なくともいくつかの事実には説明がつく。
ローレライがウィリアム寄り添い続けたのは、1人前として戦場に立つと同時に被保護者としてウィリアムを利用するため。
ポズウェルには近付くなという警告は、愛しい男に薄汚い傭兵を近付けさせないため。
バイクという高級品を与えたのは、いずれ取り戻せると分かっていたから。
そして裏切ってしまった際の報復を恐れればこそ、疲弊しきっているこの状況での襲撃はベストだ。
あまりの自分の滑稽さに、ウィリアムの口から含み笑いがこぼれる。
ローレライを守ると言いながら、その実、ローレライを1番害していたのは自分だった。それを滑稽と言わずなんと言うのか。
これはまぎれもない裏切りだが、ウィリアムはそれでも良かった。
ローレライの為に戦い、ローレライを解放する為に死ぬ。
それを躊躇う事を、ウィリアムにはもう出来そうにない。




