Black Water/Clack Slaughter 3
「お前、まさか――」
「彼女なら殺した、CrossingならBIG-Cで試した空爆で燃やし尽くした。君の情報を得るためなら手段は選んではいられないし、あの日の君を知っているのはこの灰色の彼女と金髪の彼女だけだ。てっきりトレーシー・クレネルがスイッチになると思っていたんだけどね、まさかあっちのBIG-Cの小娘だったとは思わなかったよ」
瞬間、ウィリアムは無意識にアンチマテリアルライフルを手にとって引き金を引いてしまう。
咄嗟に働いた自制心が逸らした照準は盾の置物に向けられ、やかましいほどの金属音を鳴らした合金製の盾には大きな穴が空いていた。
パワーアシストで殺しきれなかった反動は頭痛を誘発し、かさついた唇の隙間からは熱い吐息が漏れる。
シモンがローレライを知っているという事は、ローレライにも何かしらの切り札が切られた可能性が高い。戦場に引きずり出してしまった少女の事を思うのであれば、ウィリアムは全てを知らなければならない。
たとえそれが、兄の愛した人の死を経たものであっても。
「話を戻そう。尊厳を失った人々は退化し、全ての物質はちっぽけな弾丸に負けてしまうほどに劣化し、大地も海も枯れ果てた。それが世界の選択だったとしても僕は足掻き続けることを決めた。収穫した記憶の1つのアドルフ・レッドフィールドの記憶を与える事で1時的に君を端役まで落とし、時間を稼くと同時に君という存在自体の抹消を図った。屍食者に協力させて、クリムゾン・ネイルという最悪の殲滅者を君に向かわせた。クロム・ヒステリアというAI搭載型機動兵器に破壊者という役を与え、君の仲間達を殺させようとした。君と同じ存在を探し出して殺し尽くすために謀略者に刀傷者と崩壊者を預けた。吹聴者を利用する事で君をここまで誘い出し、最新にして最強の1体と戦わせた――これは全て僕が描いた終末と救済を見据える演目:終末劇、これは僕達人類の世界に対する粛清だ」
奇形生物を引き連れた老人。
クリムゾン・ネイルを背にした女。
鉄色のキャタピラタイプの脚部を持つ機動兵器。
2人の男女を引き連れた女。
ノイズが走るだけのビジョン。
そして先ほど破壊したばかりの真っ白な機動兵器。
移り変わるディスプレイを眺めながらウィリアムの胸中に広がるのは懸念と僅かな安堵だった。
クロム・ヒステリア、破壊者と呼ばれていた機動兵器は、ローレライ達に銃口を向けただけで殺害に至れた訳ではない。
つまりローレライ達はまだ無事である可能性が高く、たとえ押されていたとしても急いで自分が駆けつければ撃破は容易いだろう。
「しかし復讐者という役では、回答者として目覚めた君を舞台に括りつけるのは不可能だったようだ。終焉者もまだ目覚めても居ない断罪者も君の相手にはならないだろう。だがそれでもこのシナリオは終わらない、たとえ僕が死んでも進行者が次のシナリオへと世界を導いてくれるはずだ。一方的な駆除は闘争に、闘争は人々の原点回帰に、無為な存在から尊厳ある人間に、そして君に復讐を果たそうとする人々は"答え"にたどり着く。その全ての人々は君に銃口を向けるだろう」
「ふざけるなよクソッタレ! お前達が弱い人々を迫害してたんだろうが!」
どこか疲れたような笑みを浮かべて嘆くシモンに、ウィリアムは銃口を突きつけながら怒鳴りつける。
企業が居なければアドルフは、チャールズは、トレーシーは死ななかった。
だというのに、それすらも些事であるかのように振舞っているシモンをウィリアムが許せるはずがなかった。
「確かにそうだ。だが退色した人々に記憶というエンターテイメントを手に入れるために働き、日々の生活に意味を持たせたのも僕たちだ。加えて言うなら売り捌いてきた記憶を掲示ではなく娯楽と捉えたのは、君の言う弱い人々だ。君が現れるまで誰もがここまでの闘争を行った者は居なかった。僕達が君の帰る場所を奪うために空爆を行うまで、君ですら僕達と相対そうとはしなかった」
「どこまでも上から語ってんじゃねえよ! 救世主気取りかよ、クソが!」
「そうあれたらと思っていた。でも僕じゃ無理なんだ、今だって君の銃口が恐くてたまらない。死にたくないと思いながらも、早くこの恐怖から開放されたいと思っている矮小な僕では君を殺せない」
そう自嘲するように過去形の言葉を紡ぐシモンの手は震え、銃口を前にした顔は引きつっている。
だがその恐怖はシモンが撒き散らしたものと同じものであり、その結末も同じものなのだ。
そして復讐劇は終幕を迎える。
「だからもう、終わりにしよう――その左目は餞別にして切り札にして呪いだ。復讐者という配役は君を解き放ちはしない、その命が尽きるまで戦い続ければいい」
最後を飾ったのはシモンの意趣返しのような言葉でもなく、ウィリアムのスラングでもなく、ただただ冗談のように大きな銃声だった。




