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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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Black Water/Clack Slaughter 1

 コロッセオの壁に体を預けながら、ウィリアムはようやく辿り着いた扉へとカードキーを滑らせる。

 喘ぐように吐き出した息には血と胃液の匂いが混じり、ウィリアムは不快そうに顔を歪めながらゆっくりと開いた扉の中へとアンチマテリアルライフルの銃口を突きつける。

 しかし中に兵がスタンバイされている様子はなく、ウィリアムは訝しげに眉を顰める。


 もしウィリアムがここに呼ばれた理由が白い機動兵器のテストであったのなら、その役目は既に終えたウィリアムを生かしておく理由はないはずなのだ。

 だというのに兵はおろか、セントリーガンすら起動している様子すらないその場所はただのエレベーターとなっていた。


「どこまで、バカにしてやがるんだ」


 先ほど投与したナノマシンの副作用のせいか、どこかぼんやりとした意識の中でウィリアムは苛立ったように白髪混じりの黒髪をかき上げる。

 行けば先ほど以上の罠が待っているかもしれない。だが行かなければ決着はつかない。

 どこまでも誰かの手の平の上か、と胸中で毒づいたウィリアムはガスマスクの有無を確認してからエレベーターへと踏み込む。閉所での毒ガスを用いたトラップは侵入者を効率よく殺す常套手段なのだ。

 しかしエレベーターはウィリアムの予想を平気で裏切り、扉を閉めてゆっくりと上昇していく。


 体は休息を求めるほどに疲労しているというのに、ウィリアムの頭だけは左目の熱量を感じながら現状を把握させていた。

 カードキーは機動兵器の試験のために用意したバイクの機動キーであり、このエレベータ-に乗るためのセキュリテュキー。だがエレベーター自体はウィリアムが乗り込んだ段階で、勝手に上昇を始めていた。

 つまり、敵対者はこの瞬間もウィリアムを監視しているという事になる。


 そして疑問は最初に戻り、なぜ役目を終えた自分が生かされているのかという点に至る。


 クリムゾン・ネイルというワンオフ機を撃破した自分が、新型機動兵器の試験相手に選ばれたのは理解できる。

 だが緑色の瞳を持つ左目を与えられた理由が分からないのだ。

 この左目は世界中の誰もが持っていない最強の切り札であり、オルタナティヴ技術に長けた企業でしか作れないレベルのもの。決してどこかの物好きが与えられるようなレベルのものではない。

 そして自分がウィリアム・ロスチャイルドであるのなら、なぜアドルフ・レッドフィールドとしての記憶を持っていたのか。


「ようやく、答え合わせの時間って訳か」


 ゆっくりと減速し、やがて動きを止めたエレベーターの中でウィリアムがそう毒づくなり、合金製の扉が開かれた。

 扉の向こうに広がるのは何もかもが城で統一している、まるでウィリアムを特異点とするかのような色彩の部屋だった。

 アンチマテリアルライフルを構えなおして、ウィリアムはゆっくりと室内へと踏み込む。

 真っ白なタイルが敷き詰められた床、真っ白な背表紙の資料を並べる棚、真っ白な台座に置かれた十字架が描かれた盾の彫像。

 そしてその奥には真っ白な椅子にふんぞり返り、真っ白なデスクに足を放り出した灰髪灰目の男が居た。


「早かったね、復讐者(アヴェンジャー)


 胸元で煌めく大きな銀の十字架を指先で玩んでいた男は楽しそうに口角を歪め、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 攻撃を警戒したウィリアムは牽制するようにアンチマテリアルライフルの銃口をつきつけるが、男はニヤけ面を浮かべながら攻撃の意思はないとばかりに両手を振る。


「掛けたまえよ、君は僕に聞きたい事があって 僕は君に話さないといけない事がある――何か飲むかい、といっても今の君には何もかも一緒だったかな」

「何を言っている?」


 棚の扉を開けて琥珀色の液体で満たされた瓶を取り出す男に、ウィリアムは訳が分からないとばかりに眉を顰める。

 自分とは違う戦いを知らないはずの痩身は銃口を意に介する様子もなく、2つのグラスに酒を注いでいる。今この瞬間に命を奪われてもおかしくないというのにだ。


「何って、左目の影響で味覚が死んだだろう? 死んだのが味覚でよかったよ、視覚だったら元も子もなかったからね」

「……どういう事だ」

「君の左目、時計仕掛(クロックワーク)けの復讐者(アヴェンジャー)の総合責任者は僕だからね。君の体に左目が完全に定着するまで"いろいろ"試させてもらったんだよ。そもそも神経を無理矢理接続している訳だから、生きてること自体が奇跡なんだけどさ――遅くなったけれど自己紹介をしておこう。シモン・リュミエール、この企業の代表であり、この復讐劇の綴書者(テラー)だ」


 シモンと名乗った男はクッションの利いた椅子に腰を掛けてグラスを満たすスコッチを煽り、ウィリアムは告げられた言葉にただただ困惑していた。

 左目に意識が向けられていなかったのも、食事をした際に味に注意が向いていなかったのも確かな事実であり、自分が試された事の全てをウィリアムは知らない。

 思い返してみればここ数年の間に食へのこだわりは消えうせ、その挙句に以前は飲み込むことすら出来なかった青い固形食物を平気で食べていた。

 ウィリアムはずっと思い違いをしていたのだ。物資のない時代だから何を食べても味が変わらないのだと、自分の思うままに勝手な想像をしていただけなのだ、と。

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