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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
63/190

May Storm/Flay Scorn 6

「やってみろよ、クソッタレが!」


 コンバットブーツの分厚いソールで壁を蹴り飛ばしてバイクを無理矢理方向転換させたウィリアムは、怒鳴り声を上げながら白い機動兵器へと突撃していく。


 激昂するウィリアムの脳裏に1つの考えが生まれつつあった。

 もしこの戦いがこの為だけに仕組まれたものだとしたら、自分の人生はこの出来損ないの機械人形の為のものだったのだろう、という考えが。


 たまたま強かったウィリアムに左目を与えるためにアドルフを殺し、何もかもを奪い去る事で復讐者という役を与え、その役割を思い出させるためにローレライを傷付けた。

 どこまでが事実なのかは分からない。だがたとえどんな理由があろうと、人々の為に戦う事を選ばされたローレライが傷付けられていい理由はない。


 誰よりも優しい少女を傷付ける存在など居てはならないのだ。

 それが企業であっても、復讐者であっても。


 だからこそ、ウィリアムは作られた復讐劇に終止符を打たなければならない。

 自分に向けられていない銃口の数は、ローレライ達に向けられている銃口の数なのだから。


 ウィリアムは先ほど白い機動兵器が捨てたライフルへと視線をやる。無残なほどに壊されつくしたライフルは壁のいくつかを巻き込んでおり、壁の一部はバイクを誘うように斜めになったスロープを作り出していた。


「短い付き合いだったな」


 ハンドルから手を離したウィリアムは流麗なデザインのカウルを一撫でするなり、ベルトにアタッチメントでつけていたハンドグレネードを取り外してシートの隙間へと押し込む。

 そしてバイクはスロープを駆け上がり、カードキーを引き抜いたウィリアムは1列に並んだハンドグレネードをピンを一緒くたに掴んでバイクを蹴り飛ばす事で空中へと飛び出す。

 突然飛来して来たバイクに反応したのか、白い機動兵器は鉄柱を装備した左腕で振り払おうとする。だがそれよりも早くハンドグレネードは炸裂し、燃料タンク付近で発生した熱量は液体燃料へと引火して更に炎を広げていく。


 爆散する暴力的な熱量はバイクだった鉄片を撒き散らし、ウィリアムは顔を守るように左腕で顔を庇う。

 まるでその手で叩き壊してきた全てのような、誰かの夢と希望の残滓のような。

 鋼鉄の罪悪の残滓はボディアーマーを叩き、鋼繊維を通過してウィリアムの肉体を突き刺し、何もかもを塗り潰すような眩い光は目を刺す。


 それでも、緑色の瞳だけは殺すべき敵対者を捕らえていた。


「くたばれ、クソッタレ」


 頬を切り裂く歪な刃に視線をやることもなく、ウィリアムはアンチマテリアルライフルの引き金を連続で引く。

 パワーアシストが利いているはずの腕は反動に踊らされ、弾丸達は理想的な弾道で炎を貫き、剥がれた装甲下のパーソナルフレームへ次々と喰らいつく。

 まるで断末魔のような爆音を撒き散らしながら、全身に走る爆破に踊らされる白い機動兵器。

 アンチマテリアルライフルの小さくはない銃声は更なる騒音に掻き消され、ハンドグレネードなど比べものにならない爆風に吹き飛ばされながらウィリアムはその光景を眺めていた。


 2度は使えない手段だが、効果的だった。

 やがて背中から叩きつけられたウィリアムは息を途切れさせられ、やがて訪れた苦痛に思わず目を閉じてしまう。


 そして訪れたのはその苦痛すら霞む激痛だった。


「――――ッ!?」


 脳に無数の針を刺されているような、頭蓋骨を万力で締め上げえられているような、眼球に焼いたコテを押し付けられるような。打った後頭部と背中の痛みすら生ぬるく感じるほどの高熱を伴う激痛に、ウィリアムは醜い傷痕に覆われたまぶた越しに左目を押さえる。

 調子に乗っていたつもりはない。だが、使う度に抑えられていた痛みに違和感すら感じていなかった。


 左目に飼い慣らされていたような不快感に抗うように、ウィリアムはタクティカルグローブを纏う右手でひび割れた地面を殴りつける。


 ウィリアム・ロスチャイルドは何者にも負けてはいけない。

 負けてしまえばアドルフ・レッドフィールドの死が無駄なものになってしまう。


 ウィリアム・ロスチャイルドは何者にも負けてはいけない。

 負けてしまえばローレライ・アロースミスの期待を裏切ってしまう。


 ウィリアム・ロスチャイルドは何者にも負けてはいけない。

 負けてしまえば、唯一の価値である"強さ"を失ってしまう。


 どれだけ無様であってもウィリアムは立ち上がらなければならない。

 左半身をを失いながらも、右手で体を支えながら膝立ちになってウィリアムと対峙する白い機動兵器のように戦わなくてはならない。


 重厚な装甲は分かれるように中央から開き、胸部からは粒子砲の砲身がせり出させる敵対者のように。


「本当にしぶてえよな……俺も、お前も……」


 ウィリアムは圧倒的な殺意に呻きながらゆっくりと立ち上がる。

 脳は苦痛からの解放を求めている。

 意識は処理の仕切れない情報量に朦朧とし始めている。

 体は吐き気から震え、アンチマテリアルライフルを構える手からは裂けた傷口から溢れ出した血が滴り落ちる。


 異常性を伴う生命力か、それともこの状況すらも敵対者の思惑なのか。

 理解は出来なくても、負ける事を許されないウィリアムはゆっくりと左目を開く。


 口内には込み上げた胃液のすえた匂いが広がり、心臓の鼓動が激しくなると同時に溢れ出す血の量が増えていく。

 撒き散らしていた死は淡々とウィリアムへと歩み寄り、その決して太くはない首に手を掛ける。

 死を望む訳ではないが、何かを犠牲にしてでも逃れる訳にもいかない。無意味に死ぬ事も出来ない。


「本当にくだらねえよな……俺も、お前も……。誰かが死ななきゃ、生きる価値もねえ……」


 ウィリアムはそう言うなり、胃液と血が混じるつばを吐き捨てる。

 思い返してみれば殺して奪うだけの人生だった、とウィリアムは口角を歪める。

 白い機動兵器がどういう目的が作られたのか知らない。それと同じようにウィリアムは自分が何者なのか、どういった意味と価値を持っているのか知らない。


 だが、復讐である理由だけがウィリアムを突き動かすのだ。


 終わりの時は近い。

 巻き込んでしまった、不幸にしてしまった人々への贖いの、自分を取り戻すという無価値な願望の果ての復讐の終わりが。

 企業の首脳を殺したところでローレライやトレーシーの哀しみが晴れるわけではない。


 だからこそ、ウィリアムは最後まで自分の為に戦う。自分の為に他者の復讐を負う。

 自らが傷付けてきた女達に報いる方法をウィリアムは他には知らないのだから。


「生まれてくるべきじゃなかったんだよ。俺も、お前もさ」


 左目は高熱と共にシアングリーンのラインを投影し、ウィリアムは残弾の少ないアンチマテリアルライフルを構え直す。

 その顔に浮かぶのは、諦観に似た感情を滲ませる苦笑だった。


「だからもう、終わりにしようぜ。お前らのつまらねえお遊戯も、俺のくだらねえ執着もさ」


 掠れた声と共に吐き出された弾丸は、吸い込まれるように白い機動兵器のコアへと喰らいついた。

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