May Storm/Flay Scorn 4
「次は、目をいただきますわ」
ローレライが言うが早いか、鉄色の機動兵器へと前もってスタンバイしていたスナイパー達の弾丸が殺到する。
装甲にいくつも叩き付けられる弾丸は搭乗者の余裕を殺し、硝煙と砂から生まれる霞は夜闇と相成り鉄色の機動兵器のマシンアイを殺し、ロケットランチャーから放たれる榴弾はサーモグラフィーを殺す。残るは砲弾が飛び交うこの場で役に立つとは思えない動体センサーのみ。
夜闇と硝煙が相まって生み出された霞にお互いの視界を殺されていくが、流砂に足を取られその巨体を無様に晒す鉄色の機動兵器と粒子砲にその数を削られながらも申し訳程度の塹壕と瓦礫に隠れながら銃撃を続ける歩兵では条件がイーブンとは言えない。
自棄になったとしか思えない狙いも何も無く発射されていく粒子砲は時折、塹壕や瓦礫ごと歩兵達を吹き飛ばしていくがそのほとんどが何も荒野を吹き飛ばしていくその様を見ていたローレライは勝機を悟る。
「おしまいといたしましょう」
自身の端末からインスタントメッセージにてその戦場から僅かに離れていた部隊に、ローレライは指定したポイントへの移動を命じる。
他の企業の戦力が援軍にでもくればローレライはは鉄色の機動兵器の砲撃をコントロールしてフレンドリーファイアを誘発させたが、どうやら新型の機動兵器であっても企業は援護を出す様子はなかった。
もっともその理由はBIG-C撤退戦で目の当たりにした機動兵器達の無秩序さによるものなのだ、とローレライは理解していたが。
だから、もうこれでおしまい。
用意させたスナイパーの端末をコールし、その華奢な右腕を虚空を掴むように突き出す。
「Ready――」
扇状に展開していた部隊が銃撃を続けながら外周から散っていく。
しかし鉄色の機動兵器はそれを捕捉する事すら出来ず、自らの装甲を抉る銃撃を追うように粒子砲の照準を振り回す。
「――Aim――」
段々と減っていく銃撃を好機と見たのか、鉄色の機動兵器が今までの砲撃ではなかった程の光をその砲口に溜めていく。
その砲身がどこへ向き、どこへ向かされて居るのかも知らずに。
「――Fire」
ローレライが右腕を振り抜きならそう告げると同時に、オレンジの光を帯びる砲口にスナイパー達のアンチマテリアルライフルから放たれる徹甲榴弾が殺到する。
粒子砲とは加速器により加速させた荷電粒子を射出するとてもデリケートな兵器であり、そのデリケートな砲身を榴弾などというシンプルで悪辣な代物で蹂躙すればどうなるか。
その答えは大規模な爆発音と閃光によって返された。
古典的な戦いしか出来ないからこそ技術だけを磨き続けた元BIG-C防衛部隊にとって、その緩慢な動きすら誘導された2砲を仕留めるくらい簡単な事であり、撃ち込まれた榴弾により破裂した粒子砲の衝撃は1帯を包み込み、弾け飛んだ金属塊が荒野の砂を穿つ。
強力な武装を破壊する事により相手を無力化、もしくは撃破する。
それはまだ左目を手に入れていなかったウィリアムが、壊殺者という企業の精鋭に勝利したやり方だった。
そこに居た者全てが消えたような、轟音の名残だけが辺りを支配する。
厚いガスと混じる雲の向こうから射す太陽光とは比較にならない眩光が去り、吹き飛ばされた砂と爆破と同時に生まれた煙が静まったそこにはただの残骸だけが残っていた。
達成感と1つ高みに上った昂揚感、それを掻き消したのはスピーカーから溢れ出す大歓声だった。
我に返りその達成感に身を震わせたのであろう、防衛部隊の人間が突然挙げた端末越しの歓声にローレライは眉をしかめ耳を塞ぐ。そしてそれに続くであろう他の者達の歓声に備え端末のスピーカーの音量を下げた数秒後、ローレライの耳に直接届くほどの歓声達はレジスタンスにも企業の私兵達にも届くだろう。
相手の切り札を突破したのは時間稼ぎをするという点においてプラスとなるかマイナスとなるかは分からないが、敵戦力を引きずり出さなければならないという任務はウィリアムが帰還するまで続行しなければならない。何より先程の大規模な爆破によりスナイパーの数人が負傷していてもおかしくはない。彼等が死んだところでローレライが感傷を抱けるかは不明だが、わざわざ見殺しにする理由は無い。
「各小隊長は人員の確認と回収、負傷者の居ない部隊から進軍を。負傷者が居れば支援部隊に要請を。支援部隊は要請のある小隊の治療に回り、戦闘不能な者が居れば司令部付近の移動車両まで共に引き上げてください。司令部直属の小隊は1部隊を機動兵器の操縦者の生死を確認の為に残し進軍なさって下さい」
機動兵器殺しを成し遂げ、浮ついた者達にローレライは淡々と告げる。
ここで勢いづいた彼等を制御出来たのならば想像以上の戦果がきっと得られる、そしてそれはウィリアムの生存率を上げる事になるのだから。
「ジャイアントキリングを成し遂げた我々にもはや恐れるものは何もありはしませんわ。さあ、復讐の成就はもうすぐでしてよ」
炊きつけられた元BIG-C防衛部隊の者達が挙げる一際大きい歓声を遠くに聞き、ローレライは警報を鳴らし始めた端末をポケットにしまいこんでバイクのシートに跨った。




