May Storm/Flay Scorn 3
『アロースミス卿、指示通り撤退を開始したが本当にこれで良いのか? いつもとは確実に違うやり方だが』
大隊を率いるルーサムがこの戦闘で初めてローラに問い掛ける。ローラの今まで通りの包囲しての飽和銃撃というやり方とかけ離れた、ただ撤退しろという指示は策も弄せぬ元BIG-C防衛部隊の人間達には損得の分からない不安定なものに感じられた。
「ええ、レジスタンス達が雇う傭兵達の戦闘経験以外全てにおいて負けている我々が出来る事はあまりなくてよ」
『ならばこのまま撤退するのか?』
「いいえ、少なくとも私は勝ちに行くつもりですわ」
『ほう。ならばアレをどうにかすると、そう考えていいのか?』
「そうですわ。最低でもアレを無力化しなければ撤退はおろか、レジスタンスの方々に我々の事後処理をさせる事になってしまいますわ」
何より本陣にレジスタンスの人間を近づけたくは無い、と言外にローレライは付け足す。
戦力としてもブラフとしても頼りにしているが、ローレライがウィリアム以外を心から信頼出来る訳がないのだから。
パワーアシストの機構を内包した衣服を着ていようが、ウィリアムから貰い受けた銃と自身の頭脳があろうが、ローレライは結局のところ華奢な令嬢に過ぎない。その上金髪碧眼という資産価値があれば警戒してしまうのも無理はないだろう。
『だがあの装甲をどう突破するのだ? 間近で見た訳ではないがあれの頑強さはおそらく装甲車のグレネードキャノンにも耐えられる程のものだろう』
「ですが、それ以外の全てを無力化してしまえばあれはただの頑丈な棺に成り下がりますわ」
『そちらの物資が前線と比べまだ余裕があるのは理解しているが、それ程の威力を持った兵器を秘匿していたという訳ではあるまいな?』
「秘匿はしていましたが、それは敵に対してですわ。相手が切り札を切ったのですから、こちらも1枚切らせていただきましょう」
疑わしげにそう問い掛けるルーサムにローレライはは顔色1つ変えず応え通信を終える。
指示した持ち場に到着した小隊にローレライはインスタントメッセージでスナイパーの用意をさせ、そして比較的自身の付近に展開する部隊には迫撃砲等の高威力兵器を持たせて持ち場に行くように指示を出す。
自分の守りは薄くはなるが元々守ってもらおうとも思っておらず、どちらかだけではあの鉄色の機動兵器の撃破は不可能だと理解していたローレライはは容易くその危険を犯す。
これからも平穏とはかけ離れたウィリアムに付いて行くと決めたローレライには、企業の切り札だろうがそれは踏み台の1つに過ぎない。
何よりここであの鉄色の機動兵器を見逃してしまえば自らの行き道を許してくれた母や、結果的にとはいえこちらを頼ってきた穏健派の人間達が危ない。チャールズやマコーリーが執拗な追撃により殺害されている事を鑑みれば、ローレライはそれらを省みないわけにはいかなかった。
「さあ、1局お付き合いいただきますわ。わたくし、勝てる勝負は大好きですの」
端末のディスプレイに映る粒子砲を放ちながら進む鉄色の機動兵器へと挑発するようにローレライは両手を広げ、宣戦布告の言葉を飲み込んだ風は戦場の熱を孕み、ローレライの金髪の煌めきを撒き散らすように吹き抜ける。
端末はシグナルを鳴らしてインスタントメッセージの受信を告げ、ローレライの色素の薄い唇は弧を描いて惚れ惚れするような笑みを浮かべていた。
「まずは足をいただきますわ」
映像が絶えず送られて来る端末に視線をやりながらローレライが呟いた瞬間、遠方から爆発音が轟き、端末のディスプレイが眩光に塗り潰される。
兵士の手に持たれていたカメラが地面へと叩き付けられ、そのレンズの視界は巻き上がる砂塵に支配されていた。
完全に視界は殺され、指令本部に居るローレライには端末で状況を知る事すら出来なくなった。
しかしその事すら織り込み済みだったローレライは、端末のディスプレイに指を滑らせて更なる指令を出す。
やがてディスプレイの向こうのカメラは、僅かに晴れた砂塵と荒野の砂にキャタピラを埋めた鉄色の機動兵器が映し出していた。
ローレライが鉄色の機動兵器を誘い込んだその場所は、前もって工作員に用意させていた地雷原だった。
相手の本拠地に乗り込むというディスアドバンテージを覆し、6脚の脚部が弱点である機動兵器を相手にすると言う事。それらの事項を理解していたローレライは、あらゆる敵戦力に対する予防策の1つとして地雷原をいくつも作っていたのだ。
相手が車両だろうがキャタピラ脚部のタイプの機動兵器を使用してこようが、最低でも味方戦力の逃げる時間くらいは稼げる。
言ってしまえば詰めも甘い算段だったのかもしれない。だが事実としてローレライは重装甲の新型機動兵器を破壊する事は出来なくても、擬似的な流砂を作り出し新型機動兵器の足を殺す事には成功していた。
ウィリアムの支援の為に外部からの攻撃を行っているローレライが、ウィリアムだけを切り札として戦いを挑める訳がなかったのだ。
しかしこれで終わりにはしない。




