Ride The Bullet/Hide The Cullet 6
荒野を銀色のバイクが走っていく。
左サイドに付いたバイカーズバッグからは奇妙な拳銃のグリップが顔を出していた。
右サイドにはアドルフの少ない私物が詰められたボストンバッグがぶら下げられていた。
そしてそのバイクに乗るのは黒髪の男と金髪の少女。
結果としてアドルフはローレライに負けた。
この時代において乗り物は本当に貴重で、有事の際逃げるのに役に立つが同時にそれを狙われるという諸刃の剣でもあった。
しかしアドルフのような戦闘を経験しているような人間からすれば、どこで何をしていても危険な事に変わりはない。
理解して備えるほうが害が少ない、アドルフはそう考える。
そしてバイクのハンドルを握る男に後ろからしがみつく金髪の少女、ローレライは考える。
何故"お兄さん"はここまで変わったのか。
実際は変わってなどいないのかもしれないが、あの頃男の後をつけるローレライ達を見て困ったように微笑んでいた彼とは違う気がする。
任期であったからコロニー内の子供に親切にしていた、と言うのだとしても彼の部屋に不法侵入したローレライに何故1つも文句をこぼさなかったのだろう。
しかしローレライはもう16で、あの時と同じ扱いをされても気分が悪いのも事実だった。
そこだけは昔とは違う紳士的な扱いを期待したい、とローラは胸中で呟く。
それに左目の眼帯だ。
ローレライが知る限り、3年程前の彼には両目があった。
損傷したわけではなくただ理由があって、隠しているだけかもしれない。
だが、もし目に障害を負うような事があれば、確かに人は変わってしまうだろう。
昨夜の灰色の髪の男も指一本を失っただけで傭兵がああなってしまうのだ。失ってしまった物が五感をつかさどる機関なら尚更だろう。
もしや、と最悪のヴィジョンが脳裏に浮かんだが即切り捨てる。
有り得ない、有り得ないのだと。
ローレライは深呼吸する事で思考の内容を切り替える。
襲撃は、ほぼ2日前。
コロニー周辺を哨戒中であった戦闘車両部隊から「私兵集団の襲撃」と連絡が入った。
3台ある戦闘車両は2台が大破、もう1台は命からがら撤退に成功した。
迎撃に向かった防衛部隊の内2つが殲滅された瞬簡にチャールズ・アロースミスはコロニーが保有する防衛戦力では勝ち目がないことを悟った。
私兵集団の目的はBIG-Cが所有する乗り物や兵器、貴金属等の財産。そして人々の記憶だろう。
つまり降伏はただ命を失うだけでしかないのだ。
アロースミスはそれを許すわけにはいかなかった。
司法が死に、宗教は廃れ、モラルが腐るこの世の中において、人々の模範となるように振る舞い、弱きを助け、誇りと共に生きる。
他所から見れば愚直かもしれない。
だが、アロースミスとはそういうものなのだ。
高貴なる者の義務と共に生きる。
強制したこともされた事もない、自らが選んだ生き方。
その上で死ぬのならばチャールズ・アロースミスの一人娘は改めて道を選ぶ事が出来るだろう。
もし勝てたのならばこの時代において弱き者達の灯台になれるだろう。
そのための切り札を連れてきたのだから、無事でなくては困る。
身勝手な事を考えているのは承知しているが、MEMORY SUCKER.を持っている企業の私兵達にとって襲撃は一石二鳥のビジネス。現に私兵集団がこうしてコロニーを襲撃されている今、手段は選んでられない。
そんな事を考えている考えているローレライに、眼帯の男が声をかける。
「BIG-C側に作戦はあるのかい?」
BIG-Cのシンボル、時計台が見えた頃、男のエンジンに負けないように発せられた大声にローレライは思考から回帰した。
「お兄さんの霍乱と挟撃による飽和銃撃。おそらくそれで終わらせようとしているのではないかと」
確証はありませんが、と付け足すローレライの言葉にアドルフは呻く。
何も進歩していない。
BIG-Cは騎士道と伝統を重んじる今の世において、人道から外れる事はしない唯一のコロニーだ。
しかしそれは戦いにおいて、愚直な戦法しか取れないという事でもあった。
前回はアドルフが自ら汚れ役と囮役を兼任し、切り札を行使して勝利を得た。
だがそれが何度でも上手くいくと思われたのではたまったものではない。
「悪いけど、一度BIG-Cの本拠地に行かなければならなくなった」
「そうですわね。私兵集団の装備が当時よりもアップグレードされている以上、当時と同じは通用しないはずですわ」
ローレライは戦闘という物を知っている訳ではないが、紛れもなく戦力差を理解していた。
誇りだけで勝てるほど戦争という物は甘くないのだと。
だからローレライは姑息であっても確実に勝利へ導く交渉術を会得した。
誇りを捨てるわけではない、ただ誇りに寄りかかるのだけはもうおしまいだと。
「目立たないよう回り込んで中央まで突破する。俺が覚えている限りの回りくどい道を突っ切るからしっかりつかまってくれ、ローラ嬢ちゃん」
アドルフがそう言うとバイクは、ローレライの今までの人生で聞いた事がないようなエンジン音を上げて速度を増した。