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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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May Storm/Flay Scorn 1

 ウィリアムからのインスタントメッセージを受け取った数時間後。ローレライはたった1人の司令本部で遥か前方に広がる光景に呆れたように嘆息していた。

 侵攻開始の命令を出した直後、いくつもレジスタンスがローレライの命令を無視して野盗(バンディット)染みた略奪行為を始めていた。いくつかの部隊は機動兵器戦の痕跡などの報告をしていたが、その大半はただの暴徒と化していたのだ。


 清廉潔白な淑女としての面を押さえ込んだ上で正直に言えば、それ事態は織り込み済みのものではあった。レジスタンス達の企業への恨みは計り知れず、企業の庇護下にあるコロニーGlaswegian(グラスヴィージャン)に銃口が向けられるのは考えるまでもないこと。

 しかし、BIG-Cの戦力までもが略奪に興じるというのはローレライも考えては居なかった。


 よくも誇りだのと言えたものだ、とローレライはナポレオンジャケットのポケットから端末を取り出して、部隊の動き方を把握する。

 戦場となったコロニーが車両砲の、機動兵器の、歩兵の凶弾に犯されていく。

 焼かれた民家や商店からは女と金目の物が奪われて行き、路上に転がる片目の無い死体は元BIG-C防衛部隊、レジスタンス、企業の私兵、コロニーの住人問わずその数を増やしていく。

 そこに広がる風景はこの世界の縮図であり、まさしく復讐の光景だった。


 ローレライは御しきれず略奪を始めた、あまりにも愚かで哀れな人々に溜息をついてしまう。


 しかし、復讐とはそういうものだ。

 スピーチでは正当な理由のような戯言を装飾したが、自我が弱い元BIG-Cの人間達は甘美で醜悪な人の欲に逆らう事は出来ずローレライの指示から離れ勝手な行動をし始めた。

 元BIG-Cの人間達に規律を重んじさせたのはコロニーという枷であり、それが失われた以上彼等を縛る鎖など存在しないとは言え結局騎士道を説いた教育は無駄なものとなってしまったかのように見えた。


 だがアロースミス直属、ルーサム直属、そして意外にも、復讐派筆頭であったキンバリー・ポズウェル直属の部隊はその秩序を保った戦闘を続けていた。

 自らにあれだけ反抗していたポズウェルがこうも素直に動いている事にローレライは引っ掛かるものを感じているが、その行動に謀反の気配が感じられない以上出来ることは無い。

 何よりこの事態に乗じて自身もGlaswegian(グラスヴィージャン)の女達と同じく拉致される可能性がある上に、戦力の大半が自らの手から離れてしまった以上、ローレライは指令としての仕事以外にも自衛に気を割かなければならない。


 ローレライが居る防衛部隊最後部の司令部周辺に展開するアロースミス直属の者達でさえただ信用する訳にもいかず、ローレライはウィリアムが用意したパワーアシスト付きの衣服を身に纏い、ウィリアムに与えられたハンドガンとサブマシンガン、そしてバイクをを装備として指令本部に展開していた。


 おそらく自身が撤退指示を出した所で、略奪に励む元BIG-C防衛部隊の面々がその命令を聞き入れる事はないだろう。

 そう考えたローレライはは脱出とウィリアムのピックアップの事も考えバイクを傍らに置き続けていたのだ。

 しかしそれよりも早く自身の周辺に展開する防衛部隊の人間が自身に牙を剥けばそれも難しくなってしまうだろう。


 だからこそローレライは端末のディスプレイに表示されるGlaswegian(グラスヴィージャン)周辺の地図に出し、部隊の位置を常に目を向けながらただそのタイミングを待つ。

 どれだけの戦力が野盗と化そうとも、ウィリアムの脱出までは布陣を維持し続けなければならないのだから。


 雑然と並んだやらなければならない事の多さにローレライは眩暈を覚えるが、電撃戦である今回の襲撃において休憩などという悠長な事は許されない。


 ナポレオンジャケットの襟を正し、ローレライは気を引き締める。

 戦場のことも気に掛かるが、それ以上にローレライの脳裏を占めているのはウィリアムの事だった。


 あの"左目"は視界に入った機械の解析、不特定の対象のロックオン、弾道の計算という高水準の戦闘車両ですら持っていない機能を内包していた。

 ローレライ達のような技術を持たない人々にはオーバーテクノロジーであっても、機動兵器を作るような企業の技術力なのであれば容易いのかもしれない。


 だが、ウィリアムにその左目が与えられたのはなぜか。


 考えられる可能性はウィリアムだけが持つ類稀なる実力、あるいは左目に耐えられるだけの生命力。

 前者はウィリアムの両目が黒かった頃に企業精鋭と最初の赤い機動兵器を1人で殺害したことで証明されており、後者は左目を植え付けるオルタナティヴの施工中に証明されていただろう。


 更に湧いた疑問に、ローレライは唇に華奢な指を当てて考え込む。

 色以外にウィリアムとその他の人々に大きな違いはない。それどころかろくな栄養も取れないまま成長したウィリアムよりも、優れた肉体を持っている存在は色を問わずに多く居るだろう。


 つまり復讐者(アヴェンジャー)足りえる存在には圧倒的な実力と生命力が必要であり、その指標の1つとして色が重要視されたのではないか。


 失ってしまった弟の代わりを求めずにはいられず、その挙句に弟の代替の為に命を落としたアドルフ・レッドフィールド。ウィリアムに戦い方を教えた実力者であるアドルフが選ばれなかった理由とは何か。

 答えは簡単だ。死ぬ事で勝手に舞台から降りてしまったアドルフ、アドルフが殺された事によって舞台の主役の座を射止めたウィリアム。庇護下にあるコロニーが襲われているのにも拘らず、あらゆる死体の眼球にメモリーサッカーを突き刺しているような企業がどちらを求めるかなど考えるまでもなかった。


「まだ、何かありそうですわね」


 仮説が正解なのかまでは分からないが、とローレライは新たな懸念に透き通るような碧眼を伏せる。

 ろくな訓練をしていないとはいえ、ローレライはハンドガンをまともに扱えているとは言えない。早撃ち(クイックドロー)こそウィリアムを唸らせるほどのセンスを持っていたが、そもそも筋力が足りていないためにローレライは銃を制御しきることが出来ないのだ。


 しかしハンドガンとは比べ物にならないハンドキャノンとアンチマテリアルライフルの反動を、ウィリアムは平然と殺して戦闘を行っていた。衣服のパワーアシストがあるとはいっても、ウィリアムよりも遥かに体格に恵まれたチャールズが制御し切れなかったアンチマテリアルライフルを使用しているというのに。


 自らの想い人にはまだ隠された何かがあるのでは、と勘繰る反面、ローレライはそれを好都合だとも思っていた。想い人を揶揄する言葉ではないが、誰も自分の理解を超えた人間の傍に居たいとは思わないだろう。


 彼の傍らには自分だけが居ればいい。

 ならば他は不要だ、邪魔だ。

 そしてそれは自らの邪魔をする者達も同様であり、わざわざ害そうとする事は無いが、自らの道を阻むものであれば敵味方関係なく駆逐しなければならない。


 最強の傭兵の傍らには最高の参謀を。


 アロースミスを追われたのをウィリアムのせいにする気は無いが、原因はウィリアムであることは間違いようのない事実だ。

 その事実はウィリアムを縛り付け、ローレライをその傍らへと在り続けさせるだろう。


 茨の道と言うには険しすぎる道を踏破しなければならないのであれば、最初から手段を選ばなければいい。

 そもそも手段を選ぶ気などはローレライにはもはや微塵も無いのだから。

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