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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
55/190

Hunting High And Low/Shunting Die And Grow 4

「ふう、ああいう特殊な服って肩が凝りますのね」


 そのカリスマを持つ父と女傑というに相応しい頭脳を持った母を持つローラが天幕の向こうから現れた。

 先程までナポレオンジャケットを羽織るパンツスタイルだったその身はワンピースにカーディガンとラフなスタイルに変っていた。


「鋼繊維にパワーアシストなんて代物が付いてる訳だからね、着心地なんて二の次さ」

「戦場に出てまで着飾ろうとは思いませんが、オシャレには我慢が必要ですものね」


 ローレライははそう言いながらシートに座り、隣のシートをポンポン叩いてウィリアムに隣に座ることを促す。


「疲れてないのか? 後の事は俺に任せて今日はもう休んだ方がいい」

「そうしたいのですが、まだ気が張って眠れそうにありませんの。少しお付き合いいただけまして?」


 その中に刺客が居るかもしれない大多数を前にしてのスピーチ、護衛として同じような状況を何度も繰り返した自分でも気が張る以上無理もないだろう。そう考えたウィリアムは何も言わず促された場所に座る。向かいのシートに腰を下ろしたならアロースミスの女傑の無言の圧力に苛まれる事は必至だった。


「扇動というのもなかなか大変なものですのね、敵部隊を地雷原に誘い込む方がよっぽど楽ですわ」

「そこは令嬢らしく戦争から離れた喩えが欲しかったなあ」


 ローレライのえげつなく血生臭い喩えにウィリアムは顔をしかめる。

 スラングこそ矯正されていたものの、日頃から丁寧な言葉遣いを心掛けていた訳ではないウィリアムは、これも自らの影響かと思うとこぼれる溜息を止める事が出来なかった。世が世とは言え、蝶よ花よと育てられた子供の前で兵器の話などをするのは流石に軽率だったとしか言えない。


 たとえローレライがウィリアムの傍から離れたがらなかったからという理由があったとしても。


「あら、わたくしは令嬢である以前に参謀ですのよ?」

「俺は傭兵だけど日常会話でそんなえげつない事を交える事は出来ないよ」

「ありふれた日常にはちょっとしたスパイスが必要だと、メアリー叔母様が仰ってましたわ」

「ローラ、君は叔母様の言葉を完全に曲解している。すぐに謝って来るべきだ」

「叔母様は単独で海を越えてコロニーOdeon(オデオン)で有機食品の売買をしていますのでそれは少々難しいですわ」

「クソ! スケールが違いすぎる!」


 アロースミスの女傑を侮っていたウィリアムは思わずスラングを吐き出す。侍女や他の有力者が血統も何も無いウィリアムを貶そうともメアリーはウィリアムの実力を買い続けた。監視をするには不向きである別宅がウィリアムに与えられたのはメアリーの働き掛けがあっての事だった。そして誰よりも行動派であり、コロニーという閉鎖的な空間でビジネスを成功させたメアリーからすればローレライの言葉程度ちょっとしたスパイスかもしれない。それが傭兵であるウィリアムでさえ違和感を感じるほどのものであったとしても。


「それで、何か仰る事があるんじゃなくて?」


 敬愛する叔母とはいえ、他の女の事を考えていたのが気に入らないのか、ローレライはどこか不満げに口を尖らせ、ウィリアムは肩を竦めて求められていただろう言葉を発する。


「スピーチご苦労様、立派だったよ」

「あの程度何でもありませんわ。最強の傭兵の隣に立つ者は最高の参謀でなければなりませんわ」


 そしてそれは自らをおいて他には居ない、と言わんばかりにウィリアムの腰に腕を回すローレライにウィリアムは、未だ違和感を感じる"ウィリアム・ロスチャイルド"の過去に思いを馳せる。


 BIG-Cに企業の私兵集団による襲撃の噂があった頃、ローレライの両親は家を空ける事が多くなった。

 当時まだ幼かったローレライは孤独を嫌い、当時無許可ではアロースミス邸に入る事すら出来なかったウィリアムの傍らに居続けようとしていた。それこそ、他の子供達を共に住居まで送る事によってなるべく傍に居ようとするほどに。

 その弱々しい少女の有様は、ウィリアムの中に眠る"約束"を強く刺激していた。


「……何かあったのかい?」

「ええ、とても大きな事がありましたの」


 スピーチからの解放感以外の何かを誤魔化すようなローレライの様子に、ウィリアムはどうしたものかと目を伏せる。

 アドルフとの約束は自分を焚きつけるが、解決策を出してくれる訳ではないのだ。


「俺に出来る事はあるかい?」

「ありますわ、ウィルにしか出来ない事が」

「なんだか恐いな、悪いけど出来る事と出来ない事はあるよ」

「そこまで難しい事ではありませんのでご心配は無用ですわ。それに、ウィルにとってもプラスになる事ですのよ?」

「へえ、興味深い事を言うじゃないか。聞いてもいいかい?」


 予想だにしなかったローレライの言葉にウィリアムは口角を上げる。

 傭兵にとって良い事とは金であるが、今回の戦闘は契約外のものであり金銭のやり取りは一切無い。その上でウィリアムにとってプラスになる事というローレライの言葉はウィリアムの関心を強く引くものだった。


「そんなにがっつかれるなんて、紳士の振る舞いではありませんわ」

「なら紳士として振舞おうか? まず初めに嫁入り前の淑女に、エスコート以外で男に体を寄せてはいけないって説くところから」

「あら、年下のレディに対して冷たいんでなくて?」

「レディなら貞淑さが必要だと思うけどね。俺みたいなどこの馬の骨か分からないような奴に体を寄せるなんて、良い事とは言えないな」

「わたくしの傍らに骨をうずめるウィルですわ」

「そういう事じゃないし、俺の逝き方を勝手に決めないでくれ。不吉じゃないか」

「なら他の言い方を考えなければなりませんのね」

「どうしてそういう事になるんだか……」

「わたくしはウィルの望みに応えただけですわ、恨むのならご自分を恨んでくださいまし」


 観念したとばかりに肩を竦めたウィリアムは、セットしていた黒髪に指をかき入れながら考える。

 ローレライが望むだけの価値があるものであり、自分にとってもプラスになること。


 即座に辿り着いた答えは復讐。それは2人を繋ぐ唯一の理由であり、無垢な少女を戦場に駆り出してしまったウィリアムの罪だ。


「……分かった、ローラの望む紳士としての振る舞いはいつかしっかり身に付ける。それは約束するよ」

「ふふ、それはとても魅力的ですわ。でも、そうではありませんのよ?」

「そうなのか? 参ったな、自分で負担を増やしてしまった」


 辿り着いた思いつく限り最適な答えに、ウィリアムはそう言っておどけるように肩を竦めて誤魔化す。


 2人の関係に未来というものはなく、存在してはならない。

 この戦いが終わればローレライは人々を勝利へと導いた女神となり、ウィリアムは世界を混乱に陥れた愚かな復讐者となる。

 これ以上、ローレライの可能性を奪う事をウィリアムが許せる訳がなかった。


「ご覚悟なさいませ。まあ2度目ですので今回はスムーズに進むと思いますわ」

「努力はするよ。それで、正解は?」

「そうですわね……事が済んだらお話しますわ」

「おいおい、ここに来て黙秘かい?」


 口には出されなかった答えにウィリアムは胸中で安堵する。

 純真無垢な少女は薄汚い傭兵に裏切られた。

 それが誰もが望む答えなのだから。


「ええ、いい淑女(おんな)には秘密はつき物でしてよ」


 自分が穢してしまった少女の美しい微笑みが、終わりに近付きつつあるウィリアムには眩しくてしょうがなかった。

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