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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
54/190

Hunting High And Low/Shunting Die And Grow 3

 護衛に専念していたためにローレライの視線に気付かなかったウィリアムは、頃合だとローレライに手を差し出す。

 防衛部隊の人間が中心となっているこの場であっても暗殺者が紛れ込んでいないとは言い切れない以上、先導者であり扇動者でもあるローレライにとってこの場はもはや安全とは言えない。


 ローレライが自らの胸の高さに上げられた自分の手を取ったのを確認するなり、ウィリアムは足早に舞台裏へと引っ込んでいく

 話しかけてくる人間達を掻き分け、遠くから見詰めてくるほの暗い感情の視線を無視し、少しだけ遠くに離されたローレライの居住区とされた車両へと導いていく。もっとも、その車に使われた形成はほとんどないのだが。

 端末に仕込んだ認証キーによって開いたドアにローレライを入らせ、扉に背を向け辺りを警戒しながら車両に入り扉にロックを掛ける。しかしそれでも事を起こしてしまったローレライの安全を確保するには足らない。先程の映像を含め全ての通信にはシークレットチャンネルを使用していたが、企業への内通者が居ないと決まった訳ではない。


 ウィリアムは燕尾のジャケットを脱ぎ、ボディアーマーとドレスシャツの上からいつものライダースを羽織り、手の届く場所にハンドキャノンを用意する。ローレライに対する人質となりえるローズマリー・アロースミスにはアロースミス家の自衛の要であるライアンが付き、ウィリアムはローレライを守る事だけに集中することが出来たのは紛れもない幸運だった。


「見事なエスコートでしたわ、場所が決起集会でなければ素敵でしたのに」

「そう言ってくれるとあの頃の努力も報われるよ」


 肌に合わない騎士道精神、マナーや教養、そして女性のエスコートも叩き込まれたウィリアムは苦笑を浮かべながら言う。

 チャールズは基本的に忙しい人間だったのでそれら全てはローズマリーの監修のもと行われ、ウィリアムのエスコートに不備があれば監督であり練習相手でもあるローズマリーが「もう1回」を発した。ソレはウィリアムが及第点を出すまでやめる事を許さず、最初の頃はナイトウェアを身に纏ったまだ幼いローレライが眠い目をこすりながら就寝の挨拶に来るほどの時間までウィリアムを苦しめた。

 眠気や疲労によって集中力の乱れ始めたウィリアムにローズマリーは容赦なく教鞭を振るい、削られた睡眠時間を取り戻そうとウィリアムがオフの日に昼過ぎまで寝ていればローレライの急襲によって内臓にダメージを負う。空いている時間にローレライに練習に付き合ってもらえなければ、任務もままならなかっただろう。


 しかし当時の苦しみの記憶とは程遠いほどにその技術は護衛の際に役に立ち、ウィリアムは2人に感謝せざるを得なかった。


「ふふ、アロースミス流の教育術もなかなかのものでしょう」

「ああ、おかげで骨の髄まで染み付いて忘れられそうにないよ」


 楽しそうに笑うローレライにウィリアムは苦笑を深めて返す。

 だがウィリアムは知らない。何度もローレライが「もう1回」を繰り返したのは、ただウィリアムにエスコートをされたかっただけだったという理由を。

 もっとも、反復練習が万物の上達の近道である以上ウィリアムに文句を言う権利などは無いのだが。

 ウィリアムの返事に満足したのか、ローレライは天幕の向こうへ消えた。


 やがて訪れた衣擦れの音にウィリアムは右手で顔を覆い溜息をつきながら思う。ローズマリー・アロースミスに合わせる顔がない、と。

 ウィリアムの知っているローズマリー・アロースミスは感情に任せて怒鳴り散らしたりなどしない人間ではあったが、相手に自らの非を理解させるまでは追及の手を休めない人間でもあった。


 彼女が居なければBIG-Cはもっと早い段階で失われていただろうと、策謀に弱いウィリアムにもソレは理解出来る。

 企業の影響力の無いコロニーの中ではトップクラスの資産を持っていて、なお且つ愚直な人間が多かったBIG-C。そんなBIG-Cであっても、官僚である有力者の経費横領などが無いわけではなかった。


 そしてアロースミスの女傑はそれに1人で立ち向かった。娘はそんな母に憧れ、夫は自らの部下であるライアンに自らの無力さを打ち明けた。1家の長として思うところがあったのかもしれないが、出来ない事に手を出した所で損失しか生まない事を理解していたチャールズは妻を労わりこそしても妻のする事に手を出す事は無かった。それが自らの無力から来る諦めなのか、それとも自らの妻に寄せる信頼なのかをウィリアムが知る事は最後まで無かった。

 思索する事においてローズマリーに劣るチャールズではあったが、ウィリアムが出会ってきた人間の中ではトップクラスのカリスマを備えていた。同胞の為に身を削り、傭兵でしかないウィリアムの身を案じる、そう言うことが出来る器を持ち、自然と周りの人間を味方につけられる、そんな男だった。


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