Hunting High And Low/Shunting Die And Grow 2
「お集まりくださった皆様、そしてこれをご覧になってくださっている皆様、お初にお目にかかります。此度の襲撃の総指揮を取らせていただきます元BIG-C戦闘総指揮官兼アロースミス家当主のローレライ・アロースミスと申します。以後お見知りおきを」
ウィリアムのエスコートにより音響照明設備の整った壇上へ導かれたローレライは、自身の目の前に置かれたレンズに一礼をした後にそう言葉を発する。ローレライを映すレンズは繋がれた端末を通して使者達がその身を寄せるレジスタンス達に集会の様子を送っていた。
「これをご覧になっている皆様は我々と同じく彼等に全てを奪われたのかと存知ます。家族や同胞を、住まうコロニーを、ただ平穏に過ごしていたその時間を。理由など無く、ただ目に付くとそれだけの理由で」
壇上で弁舌と共に手振りが振るわれる度に、礼装としての兼用である白いナポレオンジャケットとそれに映えるローレライの美しい金髪が照明に煌めく。
その様子を後ろから眺めているウィリアムは、休めの姿勢を取りながら警戒を続けていた。
決起集会に出ている有色の人々の資産価値は計り知れず、全ての人々を守れるほどウィリアムは強くないのだから。
張った気を誤魔化すようにウィリアムは静かにため息をつく。
ウィリアムは今回の集会の出席に3つの条件を付けた。
1つ目は集会中に襲撃を受けた場合、問答無用でローレライを連れて逃げるというもの。
自分の使い古した銃を持ち、戦闘用の衣服を纏っているとはいえ、ウィリアムにとってローレライは守るべき対象でしかない。
2つ目はスピーチの内容への不干渉。
単細胞と皮肉屋と共に居たウィリアムに人を鼓舞する言葉など思いつくはずもない。そして何より"令嬢を誑かした男"というイメージが先行しているウィリアムがスピーチの内容に口を出せば、人心掌握の術に明るいというイメージが追加されてしまう。ローレライの事を思えば、それは避けなくてはならない事なのだ。
3つめは左目の秘匿だ。
企業しか持ち合わせていないはずの異常な技術はレジスタンス達を困惑させ、ウィリアムとローレライを裏切り者とさせてしまうかもしれない。
ただでさえ、左目を失いながら生きている存在は異常そのものなのだから。
「しかし皆様方の戦意も折れる事無くただその牙を研ぎ澄まし、再起の時を待っておられた事も存じております。そしてそれは我々も同じです」
ローレライは自身に向けられたレンズから目を外し、復讐派と中立派が並んで座る段下を見やる。ルーサムは無表情で、ポズウェルの上司である東の防衛部隊大隊長は腕を組んでただローレライの言葉を聞き、そしてポズウェルはかつて許婚でをただ睨みつけていた。
ウィリアムは薄目を開けその様子を窺い小さく溜息をつく。
愛しさの反対は憎しみなのだろうか、恋慕の情に焦がれた事のないウィリアムにはポズウェルの考えが理解出来なかった。そして襲撃の後に出奔する自分にローレライはどう思うのだろうか、と考えがそれた所でウィリアムは小さな溜息を重ねて思考を振り払う。
憎み憎まれるのは慣れたものなのだから。
「我々は戦う力を持っています。そしてその力は彼等と違い、愛すべき同胞達を守る為の物です。しかし戦う力を持たぬ者達を守る事を、全てを守る為に戦う事を義務とはもう言いません――しかし戦う力と理由を持つ我々だからこそ、何もかもを奪われた我々だからこそ戦うべきだとわたくしは考えますわ」
引いてから押す、交渉の基本に忠実なローレライの話術に場の空気が変わる。復讐派は我が意を得たりと、中立派はローレライの言葉の意思を探ろうと。
「さて、ここでわたくしの最強の剣を紹介させていただきますわ」
そう言いながら振り向くローレライに軽く頷き、ウィリアムはゆっくりと前に歩み出てその傍らに立つ。
民間軍事企業に所属している訳でもなければ、何らかのデータベースにも存在しないフリーランスの傭兵。ウィリアムに向けられた視線は好奇、期待、嘲り、不信、怒り、あらゆる感情の奔流となっていた。
BIG-C陣営の人々はウィリアムを知っているからこそ、1人で機動兵器殺しを成し遂げた傭兵に好感を持てずに居た。
「彼の名前はウィリアム・ロスチャイルド。皆様方がご存知の通り、単独での企業の私兵集団との戦闘で生き残り、コロニーを救い、そして機動兵器2機に勝利した唯一の存在ですわ」
その言葉は不信を深めたのかそれとも彼等に期待を与えたのか、とウィリアムは謙遜するでもなく吐息をつく。
空爆に敗れた最後の防衛戦しか知らない者達はウィリアムは敗残兵の1人にしか過ぎない。
ならば情報でしか知らない者達はウィリアムをどう思うだろうか。
本物のウィリアム・ロスチャイルドを知らない人々は同じ髪色の人間を用意したと思うかもしれない。そもそも情報自体が工作によって生み出された虚構とされるかもしれない。
しかしBIG-Cサイドにはそう多くは無い物資を除けばウィリアム以上の手札はない。それを見越していないほどローレライは愚かではなかった。
「彼の存在を疑ってらっしゃる方々は一度お考えになってください。数少ない金髪碧眼のわたくしの傍らに居る、そう多くは無い黒髪黒目の傭兵が彼以外に誰が居るのかを。そして彼が何を成し遂げたのかを」
少なくとも自分達はそれを知っている、とローレライは言外に付け足す。
この時代において珍しい金髪と黒髪、更に言えばそれらが共に在るのは奇跡といっていいだろう。それ故に他人以上に当人達がお互いの存在を疑って掛かる、ただその見た目だけに騙されないよう。裏切りは死へ直結する、する方もされる方も。
「復讐は何を生むのか? そう思うのも無理はありませんが、復讐に意味を持たせるのは自らの意思。ただ殺し尽くすのではなく、何のために戦うのか? そこに大儀はあるのか?」
ローレライは握った拳を胸元に寄せ、悲痛そうに顔を歪めて問い掛ける。
復讐は恥ずべき行為なのか。それを縁に生きている者を否定する事は許される事なのか。
人を殺すのは悪い事。そんなモラルなど欠片も残らぬこの時代において、そんな事を考える人間など居るはずも無かった。
「ならば我々は抗う者達の灯台となりましょう。折れる事無くただ道を照らし、弱者を救う刃となりましょう」
そうだ、復讐に善し悪しなどは無い。そこにあるの戦いによる利益と自らのプライドの拠り所。ただそれだけだ。
この戦いでウィリアムは自らを取り戻し、ローレライはウィリアムを手に入れる。ローレライにとってはそれで十分だった。
「立ち上がる意思と力を持つ者はお立ちなさい。わたくしがあなた方を勝利へ導きましょう」
勝利へは導こう、だが自らの愛する者の為に働いてもらう事にはなるが。
当然の対価だ、とローレライは笑みを浮かべ胸中で呟く。
彼等はローレライとウィリアムを利用し、ウィリアムはローレライを利用し、ローレライは全てを利用する。
ただそれだけの話。
ローレライの美しい微笑を勝利への確信と勘違いした防衛部隊の男達は再起の雄叫びを上げ立ち上がる。
この戦いに人々が思うような勝利などありえない。だが、お膳立ては整った。
「さあ、我々の復讐を始めましょう」
そう言い放ったローレライはレンズを見つめた。そのレンズに映りこんだウィリアムの目を。




