Hunting High And Low/Shunting Die And Grow 1
夜闇に沈み込む野営地をウィリアムは嘆息を洩らしながら歩いていく。
貸し与えられた燕尾服を纏うその身に感じるのは、夜の寒さとあらゆる感情を内包した視線達。
無理もないと理解していても、それをウィリアムが鬱陶しいと思ってしまうのも無理はなかった。
ウィリアムはこの夜に開かれる決起集会に出席する事を余儀なくされた。実際はもう1つの選択肢がありはしたが、ローズマリー・アロースミスとの1対1のティータイムを選べるほどウィリアムは向こう見ずではない。傷物にはしていないとはいえ、ローレライを傍に置いているウィリアムを家族思いの女傑がどう思っているかなど分からないのだから。
いずれはあの子も、とウィリアムは脳裏によぎる可能性に右手で顔を覆う。
若干16歳にして大局を動かすだけの力を手に入れたローレライ。その未発達な器がどこまでの大器になるのか、ウィリアムには想像も出来なかった。
だからだろうか、ウィリアムは視界にローレライに似て非なる金を捉えながらも避け切れなかったのは。
「失礼、あまりにも薄汚い黒だ。目にもつかなかったよ」
「しっかり周りを見なければいけないよ。でなければ逃げる事も出来やしない」
肩を捕える衝撃と共に叩き付けられる嘲りの言葉に、ウィリアムは呆れたように吐き捨てる。
キンバリー・ポズウェル、その男はローレライに接触を避けるように言われていた男だった。
「おや、コロニーの英雄殿は逃げる事をお考えでしたか。なんとみっともない」
「必要であればそれだって有効な手段だ。それはあの爆撃を受けた日に分かったはずだよ」
嘲笑を浮かべるポズウェルにウィリアムは諭すように言う。
ウィリアムを意図的に避けていたポズウェルは知っていても、記憶が未だ混濁しているウィリアムはキンバリー・ポズウェルという少年を知らない。
忘れてしまったかもしれない少年を突き放すには、アドルフ・レッドフィールドとの約束がウィリアムには大きすぎた。。
「……やはりただの薄汚い傭兵か。どうして彼女もこんな奴に入れ込むのか、理解に苦しむね」
「その手の言葉は聞き飽きたよ」
とはいえ、それだけは同感だ、とウィリアムは嘆息を洩らす。
ウィリアム・ロスチャイルドの過去を知っているローレライは、黒髪の傭兵を安全圏から有効的に利用する方法を知っているはずなのだ。
しかしローレライは多くを望む事はなく、意味を成さないウィリアムの監視を続けていた。それも自分、あるいはコロニーBIG-Cの子供の危機を囁くだけで良いというのにも拘らずだ。
性欲の捌け口、有色の希少生物、値段の割には便利なフリーの傭兵。それだけの価値しか見入らされなかったウィリアムには、ローレライの意図を理解できなかった。
「聞き飽きてなお彼女に付き纏っていると言う事か。理解した上でそういう態度を取っているのか、それとも理解できないほどに下劣な脳しか持っていないのか」
「それは誤解だよ。彼女は傭兵の俺を近くに置いているだけで、俺は彼女の護衛として近くに居るだけ。短絡的な発想は彼女ではなく、君自身の矜持を損ねるんじゃないか?」
「黙れ、矜持も理解出来ないクズが!」
落ち着けとばかりに制するように出された両手を払いのけて、激昂したポズウェルはウィリアムの胸倉を掴もうとする。
ウィリアムは咄嗟にその両手首をやんわりと掴み、外側へ捻り挙げるようにして拘束する。ウィリアムの纏う燕尾服の胸に煌めくフレアの刺繍はアロースミスのエンブレムであり、その微妙にサイズの合っていない燕尾服は侍従がなんとか回収したチャールズ・アロースミスの物。それを乱暴な扱いをされる訳にはいかなかったのだ。
しかしポズウェルは負けを認めないようにウィリアムを睨みつけ、痛みに耐えるように食い縛っていた口をゆっくりと開く。
「結局のところ、お前のようなクズを選んだアバズ――」
「いい加減にするんだルーキー」
苛立つ精神を押さえつけながら、ウィリアムは突き飛ばす事でポズウェルを解放する。
ローレライという特別な少女の隣に薄汚い傭兵が居るのが気に入らないのは分かるが、誰かをけなしていい理由にはならない。それがローレライならなおさらだ。
「こっちはこれからレディをエスコートしなくちゃならなくてね。子供の相手をするのは大人の役目かもしれないけど」
付き合ってられない、と肩を竦めてウィリアムはポズウェルに背を向けて歩き出す。
衆人環視のこの状況は良くも悪くも互いの行動を縛り付けており、わざわざポズウェルを痛めつけたい訳ではないウィリアムがここに居る理由はもうない。既に現地で待機しているローレライのエスコートと護衛、仕事があるのは事実なのだから。
「――してやるぞ」
背後からかすかに聞こえる怨嗟の言葉に、ウィリアムは思わず苦笑を浮かべてしまう。
殲滅者と名乗る女には価値を試されるように殺されかけ、過去に傷付けてしまったかもしれない少年には殺意を告げられた。
誰からも好かれていたアドルフが死に、たった1人の少女に縋りつく自分が生き残った。
その皮肉のような事実が、ウィリアムにはおかしくてしょうがなかった。