Raedy To Flame/Heady To Blame 7
「薄々は勘付いていていました。我が夫は、チャールズは逝かれたのでしょう?」
ローズマリーは切れ長の美しい青い瞳の双眸を俯かせそう呟く。
各地に散った使者が交渉の成功をシークレットチャンネルで告げ、集めていた物資も着々と防衛部隊の手元に集まりつつあった。ある物は少ない資金から購入し、ある物は横領されて秘匿されていた物を奪取してだ。
決行を間近に控えた頃、ローレライはあれから避け続けていた母の寝泊りする車両で向かい合って座り、自分が知る限りの事実を伝えた。
父は追撃を掛けてきた私兵部隊に殺された、2人にとって何よりも残酷な事実を。
「……黙っていて申し訳ありませんでした」
「正直、黙っていられた事に何も思わないわけではありませんがローラの気持ちも理解は出来ない訳ではありません」
目元に上質な布で作られたハンカチを当て涙を拭う自らの母を見てローレライは深い後悔に見舞われた。母を悲しませずに伝える方法があった訳ではないが、何も伝えずウィリアムと過ごしていた日々を不誠実と言わずなんと言おう。
母は今どのような気持ちなのだろうか。もし今の自分の傍らからウィリアムが消えたら、と仮定すればその胸中に深い悲しみに支配される事だけは理解が出来る。
アロースミスに嫁いだローズマリーは自らの我が侭を通すことも無くただ父の為に尽くしてきた。仕事で自身が2の次にされようと、自身の伴侶が苦手とする腹の探り合いを一手に引き受ける事になろうと。
そしてそれは愛する夫が亡くなったと知りならがらも、娘の前で無様に泣き叫ぶ事も出来なくなる程にローズマリーを律していた。
「望むままに生きて望むままに亡くなってしまうなんて、なんて勝手なお方でしょう」
ローズマリーはカップの中のダージリンを覗き込み呟く。恨み言のように呟かれたもはや懐古の言葉でしかない母の言葉に返す言葉も無いローレライは黙るしかなかった。
「昔からそうでしたのよ、貴方のお父上は。疑う事も諜報の意味も知らず、疑うのは私の仕事でしたわ」
今思えば母は当時のウィリアムを一家の近くに置き、そして誰よりも注視していたのだろう、とローズマリーは思う。
人物を見極める為に別宅を貸し与え教育を施し、そして娘であるローレライの傍に置き続けた。自身の娘に、コロニーの有力者の娘である非力な少女に何かがあれば即座に制裁を加える。疑う事を知らない夫の為に成人もしていない傭兵の男をただ1人で疑い続けた。
夫が果たせないアロースミス党首としての役割をただ1人で果たした。
「本当にどうしようもなく愚直で不器用で、誰よりも愛しいお方でしたわ」
ローズマリーは涙を零しながら笑みを浮かべる。
自分達と同胞の為に端した金で雇った少年を疑い続ける、争いを嫌い自身の身の安全を守る為に銃を持つ事すら出来ない母にはどれほど辛い事だったのだろうか。
そして母はこれから自分が行おうとする事を許しはしないだろう。
しかし聡明なローズマリーが事態に推移に気付いていないはずがない。もうローレライには母に隠し事をする事は出来なかった。
「……数日後、我々は企業に襲撃を仕掛けます」
「自分が何をやろうとしているかは分かっていますの?」
「ええ、ただ仇をと考えているわけではありませんわ。非戦闘員を逃がすにはこれが――」
「そこまでして彼と共にありたいのですか?」
言葉を詰まらせるローレライの手を取り、ローズマリーは続ける。
「非戦闘員を逃がす為の陽動である事も、防衛部隊の半数程が復讐を望んだのも知っています。ですがローラ、貴方が望んだのは彼等の復讐の成就ではないのでしょう?」
「……お母様がどう思われようと、これが最善である事には代わりませんわ」
「そんな事くらい分かってますわ――こんな月並みな台詞を愛娘に向ける事になるとは思いませんでしたが、私達を愛し、私達が愛したチャールズ・アロースミスはそんな事を望まなくてよ?」
他者に責任を求める事は許さない、そう意思の込められた言葉はローレライを囲い込み逃げ出す事を許さない。
「その上で、もう一度聞きますわ。そこまでして、彼と共にありたいのですか?」
「……はい、その傍らに居続けると、望みを叶えると誓いました」
「参謀でしかない貴方が戦闘のプロである彼の役に立てるとでも思いましたの?」
「はい、あの方の為なら何もかもを利用してでも叶えましょう。必要とされた全てに応えるだけですわ」
「彼と共に在り続けるというのは戦いの中に身を置き続けるという事だとわかってらして?」
「もちろんですわ。そしてあの方が戦いを終えた後、何も残らない事も承知の上ですわ」
アドルフに出会うまでろくな言葉も知らなかった彼は、戦う事以外で生きていくことは出来ないだろう。そもそも生きていく為に傭兵になったのだ、他に道など無い。
この時代の男達はそうして戦場へ赴き、戦場で死んでいった。
自分の身の回りにそういう人間はウィリアム以外居なかったが、ウィルがその身を置いている状況をローレライが理解できないわけではない。
復讐を終え、戦場に舞い戻るウィリアムに残るのは傷ついた体だけということも。
そして戦いはいずれウィリアムの命すら奪うだろう。
ローレライはそれを許すわけにはいかなかった。何より、ローラはウィルにただ幸せにしてもらおう等と考えた事は無い。ウィルが戦うことしか知らないのであればローラがあらゆる物を与えていけばいい、ウィリアムが幸せを知らないのであれば2人で幸せになればいいの。
「わたくしはもうあの方を手放すつもりはありませんの。誰がなんと言おうと」
たとえ本人がソレを拒もうと。
ローレライは2度ウィリアムを失いかけた。1度目はBIG-C防衛戦後、2度目はコロニーCrossingにて。
ウィリアムが捉え所の無い砂のように自らの手の平から零れ落ちていくなら、落ちていくその大地すらも掌握し2度と手放したりなどしない。
底知れない執着心を持つ娘にローズマリーは得体の知れない恐怖を感じた。あの日、コロニー防衛の為にBIG-Cを出てから少しの間、娘の顔を見てはいなかったがそれまでは家族として傍に居続けてきた娘はこんな感情を持っていたとは思えない。どういう経緯があれど娘を変えたのはあの男だろう。
恨みますよ。愛娘にそんな感情を抱かせた男と切欠となった全てにローズマリーは胸中で毒づく。
しかし、甘い考えを持った娘を正してやるのは母である自らの役目だと涙をハンカチで拭いながらローレライへと視線を戻す。
「……お好きになさい。BIG-Cもアロースミスも、どの道もうおしまいですわ。私は穏健派とは共に行かず、アロースミスに仕えていた者達の中で共に行く事を希望する者達を連れて行きます。そしてアロースミスはチャールズさんと私で終わりとしましょう」
そしてローズマリーは予定よりも早く自分達の下から巣立って行く愛娘にここでアロースミスの加護と義務は意味を失くし、これからは自らの力で生きていく事を提示し、最後の施しを授けた。
「この戦いの後、貴方からアロースミス当主の座を剥奪します。何にも縛られず、お好きに生きなさいローラ。それが私達の最後の願いです」
ローズマリーは車両の小さな窓からおぼろげな月を見上げる。娘の金色に似たその色を。




