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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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Ride The Bullet/Hide The Cullet 5

「今回依頼したいのはわたくしのコロニーBIG-Cを私兵集団からの護衛、状況によっては奪還ですわ」

「懐かしい名前だ」


 アドルフは久しぶりに聞いたコロニーの名前に少しだけ口角を上げる。

 朽ち果てかけでもう動く様子もない時計(clock)を揶揄して、BIG-Cと呼ばれていたコロニー。

 そのコロニーはかつてはイギリスとという国の首都だったらしいが、残された名残は朽ち掛けた時計台だけだった。

 しかし感傷と共にやってきたのはやはり面倒事だったと、男は思わず深いため息をついてしまう。


 護衛、もしくは奪還。


 つまり少女が男の所へ来るのを決めたときには既に襲撃されていたという事だ。

 アドルフの脳裏に最悪の事態がヴィジョンでよぎる。


 面倒だ、本当に面倒だ。


 俺は早く帰りたいだけだと言うのに、とアドルフは眼帯を隠すように左手を顔に覆う。


「そうでしょう。お兄さんとしては2度目の護衛となりますわね」


 少女が放ったどこか気象を滲ませる言葉に、アドルフは訝しげに眉間に皺を寄せる。

 アドルフがBIG-Cで受けた任務からもう数年が経っている。

 ここ数年で顔をあわせた男の知人はせいぜい移民や仕事の関係者だけだった。


 その中にBIG-Cの関係者は居なかったはず。


「……まさかとは思っていましたが、わたくしの顔をお忘れになられたんですの?」


 端正な顔には呆れと悲しみが浮かび、やがて少女は少し悲しげな溜息と共に告げる。

「……ローラ、ローレライ・アロースミスですわ」

「……ローラ嬢ちゃん?」


 少女の名乗った名前にアドルフは静かに驚愕する。

 アドルフの記憶の中のローレライ・アロースミス、ローラはBIG-Cの有力者の一人娘だ。


 脳裏にあの頃の記憶が鮮明に甦る。

 哨戒任務中のアドルフの後を率先してつけていた少女。

 アロースミス夫妻に貸し与えられた別宅で、休日の贅沢(だみん)を満喫するアドルフの腹部にボディプレスをかましてきた少女。


 甦る過去にアドルフの顔が引きつる。

 最初は警戒してすぐに飛び起きていたが、慣れてしまえばそうもいかない。

 子供の体重とは言え、睡眠中で完全に弛緩しているアドルフの腹筋になかなかのダメージを与えていたのだ。


「そうですわ。まさか本当に忘れられてるなんて……」

「忘れてたわけじゃないさ。ただローラ嬢ちゃんだと気づけなかっただけ、本当に大きくなった」

「わたくしはもう16ですのよ? 子ども扱いはやめてくださいまし」

「アロースミス夫妻は俺がそのくらいの年齢だった頃、俺を子ども扱いしてたよ」


 昔はそんな呼び方をしなかったと言うのに、と頬を膨らませ淑女然とした振る舞いに似合わぬ拗ね方をする少女(ローレライ)にアドルフは笑みをこぼす。

 夫妻は子供達にやたら懐かれていた男が使うスラングに子供達が悪影響を受けないようにと、アドルフがスラングを使う度に注意していた。


 アドルフは「そもそも傭兵の傍に子供達を置いておく方が有事の際、危険なのでは?」と上告した。

 しかし夫妻は「護衛できる戦力が子供達の傍に居てくれれば有事の際、コロニーの防衛戦力をコロニーの防衛に割ける」とアドルフの上告を一蹴した。


 今思えば子供達と一緒に守られていたのかもしれない。


 BIG-Cはコロニーの中でも比較的裕福なコロニーで、アロースミス夫妻はこの時代に置いては滑稽と言えるほどにを尊んだ。

 一傭兵にちゃんとした住居と食事を与え、言葉等の教育をし、平穏な時間も与えてくれた。

 時が経つにつれ言葉だけには留まらず、騎士道と紳士としての振る舞いも叩き込まれた。

 それはただの気まぐれかもしれないが、余所者の傭兵に教育を施すなんてとてもじゃないが信じられなかった。

 当時まだ成人していなかったアドルフはその度に「俺は子供ではなく傭兵です。ここにきたのは勉強でも保護されに来たのでもなく、仕事をしに来たのです」言ったが一度も聞き入れられることはなかった。

 そんな夫妻が暮らすコロニーが今危機に瀕していると、ローレライはそう言ったのだ。


「そのアロースミス夫妻からの依頼です。どうか受けていただけないでしょうか?」


 疑問符が追随する言い方ではあったが、ローレライは自らが信頼するアドルフが断るとは思えなかった。

 しかし、ローレライの期待はいとも簡単に裏切られる。


「悪いけど、受諾は出来ない」

「な!?」


 ローレライは驚愕し言葉を詰まらせる。

 自分が知る「お兄さん」に、コロニーの英雄たる傭兵にそう言われるとは思わなかったのだ。


「いや、敵対勢力は私兵集団だろ? BIG-Cの防衛戦力が優秀で、私兵集団を撃退できていたとしても良くて虫の息。護衛として長い期間を取られてしまうかもしれない。悪ければ、ほぼ1人でのBIG-C奪還作戦だ。BIG-Cが既に占領されているのならBIG-Cが保有する戦力の援護は望めない」


 これから戦争をしようと言うには不利過ぎる状況に、アドルフは肩を竦める。

 軍隊同士の戦いならともかく、小隊どころかたった1人で立ち向かえる訳がない戦力差に男はそう言うほかなかった。


「……あの時、アロースミスが許してしまった愚行を忘れて訳ではありませんが、お兄さんにはもうBIG-Cはどうでもいい物なんですの?」

「そういう訳じゃない。ローラ嬢ちゃんを含めて子供達は皆可愛かったし、アロースミス夫妻にはたくさんの借りがある。でも俺はもう傭兵じゃないんだよ」


 辛そうに言葉を搾り出すローレライにアドルフは淡々と告げる。

 アドルフのような一傭兵にあっても世間への影響力というものは意識せざるを得ない。

 経緯はどうあれ、アドルフはエフレーモフを数時間前に殺害した。

 そんなアドルフがBIG-Cの護衛に付けば、エフレーモフを支援をしていたコロニーに目をつけられるかもしれない。

 アドルフ1人なら故郷に帰って、名前を変えてから待たせていた女と隠れながら暮らして行ける。


 しかし大規模なコロニーはそうはいかないだろう。

 そうなってしまった時に、アドルフは責任を取ることは出来ないのだ。


「ですが……! 我々にはもうお兄さんしかいないんですの!」

「そうかな? 俺以外にも私兵集団に勝利した傭兵は探せば居るよ。大体、あの戦闘は俺1人で勝利した訳じゃない。買い被り過ぎだよ」


 アドルフは所詮傭兵だ。金で雇われたなら守り、救い、殺す。

 しかしその関係も需要と供給の上に成り立つものだ。

 今のアドルフが仕事を望んでない以上、失望されたとしても強制される言われはない。


 何より、戦闘経験と武器知識を得た傭兵は、必ず私兵集団のパワードスーツに対する戦闘法に気づいていた。


 アドルフは確かに優秀な傭兵ではあったが、決して最強ではない。

 その眼帯の男は英雄ではなく、ただの傭兵なのだから。


「所詮は複数居る傭兵の中の1人。それも元、だ」


 失望と焦りを隠すように俯くローレライに、アドルフは最後通牒をアクセントをつけて突きつける。

 アドルフは自分にとってすべき事をした。


 話を聞き、それを断り、バイクをもらう。

 だが自身を箱入りと舐めて掛かったアドルフに、ローレライはこれから逆転する形成のように微笑を浮かべる。


 ローレライは確かに箱入りではあった。

 銃器に扱いも知らず、身に着けたものはは勉学と生きる為の術。

 しかし、ローレライは1つだけコロニーの大人達全てを凌駕する才能を持っていた。


「ですが、いいんですの?」

「何がだい?」

「バイクの事ですわ」


 ローレライが顔を上げて告げた言葉に、アドルフは眉間に改めて皺を寄せる。

 アロースミス夫妻の教育を一身に受けてきたローレライが、約束を反故にするとは思わなかった。

 しかし、約束は約束だ。心苦しいが、いざとなった時の手段がないわけではない。


「約束を反故にするつもりなどなくてよ、アロースミス家次期党首を見くびらないでいただけまして?」


 ローレライはアドルフの様子に気づき、考えを読んだかのように言う。

 未だにアドルフが策謀に対して比較的に弱いとは言え、アドルフはローレライが俯いていた顔を上げたその時から考えが全く読めずにいた。


「わたくしはバイクを差し上げると申し上げましたわ」

「そうだね。それで俺もローラ嬢ちゃんの話を聞いた」


 嫌な予感だけが鳴らす警鐘に、アドルフはためらいながらも言葉を返す。

 するとローレライは美しい微笑を浮かべて、勝ち誇るように言った。


「しかし、キーも差し上げるとは一言も言ってませんわ」


 ローレライが努力と共に得た才能は、姑息であっても確実に勝利を得る交渉術と策謀だった。


「……大人になられましたね。お嬢様」


 ローレライの白く細い指で揺らされるバイクのキーを見ながら、アドルフはせめてもの皮肉を口にした。

 任期が終了して男がスラムに戻る時、泣きじゃくっていた少女は立派は淑女となっていた。


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