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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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Down To Loneliness/Drown To Holiness 5

「……わたくしの考えが甘かった事は認めますわ。依頼は撤回させていただきますわ」


 俯いてしまったローレライの言葉に、ウィリアムは安堵したように肩の力を抜く。

 ウィリアム・ロスチャイルドの記憶を得たあの時から、ウィリアムは再度理解していた。


 ローレライ・アロースミスは聡明で、とても優しい子なのだと。

 故郷を失ってしまったその子に、これ以上の苦しみを与えてはならない。

 クリムゾン・ネイルは、ウィリアム・ロスチャイルド――復讐者(アヴェンジャー)に対して送りつけられた戦力なのだから。


 そして企業の目的こそ分からないが、胸中でウィリアム・ロスチャイルドが叫ぶのだ。

 アドルフを、たった1人の家族を殺した連中を殺せ、と。

 あの時泣きじゃくっていた女の子を、その醜悪な復讐に付合わせる訳にはいかない。


 今にも泣き出してしまいそうな少女を、この醜怪な復讐と共に在らせてはならない。

 だからこそ、ウィリアムは心から安堵していた。


 その安堵を、他でもないローレライが壊してしまうとも知らずに。


「代わりにわたくしに請いなさい、あなたの復讐を成就させる事を」

「自分が何を言ってるのか分かっているのかい?」

「重々承知していますわ。だからこそ、わたくしは手段は問いませんの」


 安堵から一転、依頼人が請負人になった事実にウィリアムは驚愕する。

 涙を払いながらそう告げた、ローレライの意図が分からないのだ。

 高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュ

 かつて教えられたが肌に合わなかったその考えが、アロースミスの根底である事をウィリアムは知っている。


 BIG-Cの弱い人々を危険な目に遭わせるのは、アロースミスの考えではないはずなのだ。

 しかしローレライの考えを育んだ交渉術など、ウィリアムは何1つとして知らない。


「……何度でも言う、俺はもう君の知っているウィリアム・ロスチャイルドじゃない。存在自体があやふやな人間に、君が手間を掛ける必要はないんだ」

「ありますわ。だってあなたはウィリアム・ロスチャイルドですもの」

「いや、俺は――」

「BIG-Cが襲われた時、スラムで傭兵と口論になった時、そしてつい先ほど。あなたはいつもわたくしを守ってくださいましたわ」


 そう言いながら向けられた透き通るような碧眼に、ウィリアムは思わず黙り込んでしまう。

 確かにウィリアムはローレライを守り続けた。

 ローズマリーが依頼をしなくても、ローレライがローレライである限り守り通しただろう。

 しかしその行動の裏には、常に"認められたい"という醜い願望が付き纏っていた。


 賞賛を受け取る事が出来ず、碧眼の双眸から目を離すことも出来ないウィリアム。

 そんなウィリアムの様子とは裏腹に、悠然と宣誓するように告げる。


「わたくしは全力を持って、あなたの復讐を全面的に支援します――その代わり、あなたの全てをいただきますわ」


 椅子に腰掛けるウィリアムの前へと歩み寄り、ローレライは今まで焦がれてきたその存在に手を伸ばす。

 傷だらけのウィリアムの頬を、ローレライの白魚のような指が包み込む。

 それらは2人のあまりに違う居場所を表わすようだと言うのに、ローレライは優しげに微笑んでいた。


 だがその裏で、ローレライは恐れていた。

 確かに死に向かって歩み足したウィリアム、2度とその手を握る事も出来ない未来を。

 それが甘えであることも、自分にウィリアムの復讐を止める権利がない事も理解している。


 しかし胸中に広がる不快感が、ローレライをただ駆り立てるのだ。

 提示した無茶の数は生半可な物ではなかった。

 命を救われたのも1度や2度の話ではない。

 それでもウィリアムは過去に散々な目に遭わされたBIG-Cとアロースミスを見捨てる事無く、その身を犠牲にして戦ったくれた。


 そのただ1人の男を失う寂寥感を、再度味わうなどローレライはゴメンだった。


「あなたはウィリアム・ロスチャイルド。あなたがそれを信じられなくても、わたくしだけはそれを肯定し続けますわ」


 あまりにも蠱惑的なローレライの言葉に、ウィリアムの灰色がかった黒い瞳が大きく揺れる。

 願いながらも叶わなかった、望んではいけないと戒め続けてきた醜い欲求。


「あなたが復讐を望むのであれば、わたくしは全て利用してそれを支援いたしましょう。あなたが平穏な暮らしを望むのであれば、ただ傍らに居続けましょう。その瞳も生き方も、あなたの全てを何もかも受け入れますわ」


 あれだけ逃げ出したいと望んでいた立場すら利用してみせる。

 そんな意思を理解させる言葉から逃れようとするも、頬を包む温もりがウィリアムにそれを許さなかった。

 ローレライはウィリアムの顔を包んだその手で、左目を覆う醜い傷痕を撫でる。


 致死率ほぼ100%の殺意を突き立てられ、自我を殺されてしまった殺傷痕。


 それがウィリアムから他者を遠ざけるのであれば、ローレライにとっては都合が良いのだ。

 忙しさと信頼から自分を構ってくれなかった両親。

 立場とその才能から必要以上に踏み込んで来なかった同級生と従者達。

 その中に居ながらも、困ったような笑みを浮かべて手を握り続けてくれたお兄さん。


 ローレライは願ってしまったのだ。

 離れたくない、その傍らに居たい。

 孤独を埋めて欲しい、彼の孤独を埋めてあげたい。

 自分を守って欲しい、その体と心の傷を癒したい。

 ただ彼と共に在って、自らと共に在ってほしい。

 彼を愛し、自らを愛して欲しい。


 そう想ってしまえば、もはや止まる事など出来るはずもなかった。


「ですが、わたくしの傍から居なくなる事だけは許しません。あなたの傍らを誰かに譲る事も許さなくてよ」


 あれだけ華奢だとウィリアムに感じさせたローレライの手は優しく、それでいて拒否を許さないようにウィリアムに顔を上げさせる。

 貪り合うように見詰め合う黒と青、混ざり合ってしまいそうなほど近付く黒と金。


 そしてローレライは告げた。


「あの時からずっと、あなただけをお慕い申してましたわウィリアムさん」


 重なり合う2つの影を、薄いガス雲からかろうじて差し込んだ月明かりが照らし出していた。

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