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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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Down To Loneliness/Drown To Holiness 3

「ああ、クソ……好き勝手やりやがって」


 やがて防衛部隊の男達が去った頃、ウィリアムはローレライの手からハンドキャノンを取り上げながら毒づく。

 暴行を加えられた際に裂けた唇からは血が流れ、顔に限らずウィリアムはあちこちから出血していた。

 ローレライはその傷口を擦ろうとする手を押さえ、手を引いてゆっくりと立ち上がらせる。

 意識もないまま車両から引きずり出された体と衣服は砂で汚れており、ローレライは治療と着替えの為に車両の内部に設置された椅子にウィリアムを座らせる。


 ウィリアムがゆっくりと背もたれに体を預けるのを見届けたローレライは、手早く治療の用意を始める。

 ラックの扉を開いて消毒液を、水道の蛇口を捻って清潔なハンカチを濡らす。

 破傷風が致命傷となりえるこの時代で、治療の迅速さは重要事項だった。

 ローレライは近くのテーブルにそれらを置いて、着せたままだったウィリアムのライダースジャケットをゆっくりと脱がす。


 特にどこかが痛いと訴えるでもなく、率先してライダースジャケットを脱ぐウィリアム。

 その様子に深い傷はなさそうだと、安堵したローレライは濡らしたハンカチでウィリアムの顔を拭っていく。


 戦争どころか殴り合いのケンカすら少なかったBIG-C。

 その治安の良さのおかげか、跡が残りそうな傷はなかった。


「少し染みるかもしれませんわ」

「我慢するよ、手間を掛けさせて悪いね」


 ガーゼに消毒液を染み込ませるローレライにそう言いながら、ウィリアムは口角を歪める。

 しかしその表情は傷口に触れた消毒液の刺激によって、一気に強張ってしまう。

 戦場で戦っているとはいえ、痛みを感じない訳ではないのだから。


「気分はいかがですの?」

「最悪、でも生きてるだけ上等だ」

「……申し訳ありません。全て、わたくしの落ち度ですわ」


 安堵から一転、ローレライは一気に顔を強張らせる。

 Crossingで名前を告げられたウィリアムは、眼帯に覆われていた左目を抑えて倒れていた。

 精密検査を受けさせるべきだ。

 ローレライはそう考えるも、状況と環境の難しさからそれを断念させられる。

 進んだ医療技術の持ったコロニーのほとんどは企業の勢力化にあり、企業の切り札の1つであろう赤い機動兵器を撃破してしまったウィリアムが、そこへ行くのはまりにも危険すぎる。


 焦燥と不安に沈むローレライの思考を、ウィリアムのどこか自嘲するような声が中断させる。


「それを言うなら、君に銃を持たせてしまったのは俺の落ち度だ」

「あれは、わたくしが勝手に――」

「ローズさんは俺に君を守れと言っていた。護衛対象(ローラちゃん)に命のやり取りをさせかけたのは、間違いなく傭兵(おれ)の落ち度なんだよ」


 傭兵としての矜持と任務からの言葉に、ローレライはウィリアムと自身の間に見えない壁を感じてしまう。

 任務だから助けた、ローズマリーの依頼だからそれを請けた。

 それだけではないと分かっていても、ローレライにはそう思えてしょうがないのだ。


「まだお礼を言ってなかったね。ありがとうローラちゃん、俺がこうしてられるのは君のおかげだ」

「助けていただいたのはわたくし達ですわ」

「それでも、俺をここまで連れて来てくれたのは君じゃないか。君以外に俺を助けようなんて思う人間はいない。悪いけど状況を確認させてもらっていいかな、ここがCeasterだって事以外何も分からないんだ」

「……救出作戦は成功。全員ではありませんが、あの時点で生き残っていた全員を無事にここまで連れて帰れましたわ」


 今にもウィリアムに縋りついてしまいそうな脆弱な自身を押し殺しながら、ローレライは事実だけを淡々と告げる。

 そうしなければ今にも、折れてしまいそうなのだ。


 父が死んだと泣きつきたい。

 纏わりつくしがらみから解き放って欲しい。

 もう一度その腕で抱きしめて欲しい。


 その温もりを知ってしまったローレライは、ただ焦がれてしまっているのだ。


「そうかい、安心したよ」


 ローレライの考えなど知らずに、ウィリアムは傷口から離れていくガーゼに肩から力を抜く。


「お兄さんも、あれから何があったのかお聞かせ願えまして?」

「あの機動兵器を撃破して、気付いたら気絶してた。それだけだよ」

「それだけではないのでしょう?」


 そう問い掛けながらローレライは傷口に、ガーゼと創傷被覆材を貼っていく。

 幸いにも他に傷はなく、不幸にもローレライはウィリアムに聞き出さなければならない事があった。

 しかしウィリアムには、それを話すつもりもなければ必要もない。

 そのためウィリアムは話を変えようとするも、伏し目がちに自分の様子を窺うローレライにその意思は折られてしまう。

 子供には甘いままか。どの"自分"にとっても同じだった事実に、ウィリアムは肩を竦めてしまった。


「……俺がアドルフ・レッドフィールドじゃない事は分かった」

「思い出されまして?」

「断片的に、その上曖昧に。それと、確かめなければならない事が出来た」

「確かめなければならない事、ですの?」

「クリムゾン・ネイル、あの赤い機動兵器に乗っていた女から教えられた情報がある。それを鵜呑みにする訳じゃないけど、俺はそれを確かめに行かなきゃならない」


 どこか不安そうなローレライにそう告げながら、ウィリアムはCrossingでの出来事に想いを馳せる。

 あの時ウィリアムはクリムゾン・ネイルを撃破し、殲滅者(アナイアレイター)と名乗る女を拷問しようとした。

 しかし赤い装甲を陵辱し尽くされた殲滅者は、ウィリアムに自ら情報を与えて自殺した。

 ウィリアム・ロスチャイルドは復讐者(アヴェンジャー)であり、全てを知りたければ企業本社があるコロニーGlaswegian(グラスヴィージャン)へ行け。


 世界最大の脅威である企業、ただの傭兵でしかないウィリアム。


 その2つにどんな繋がりがあるのか、ウィリアムには理解できなかった。

 だがウィリアムは2つの記憶を得てしてしまった。


 スラムで家畜以下の生活をしてたウィリアムを。

 そんなウィリアムを拾い、喪ってしまった弟の代替にしたアドルフを。


 アドルフに育てられ、義兄の役に立つ為にCrossing防衛部隊に入隊するウィリアムを。

 世話になった一家の娘と結婚するために、防衛部隊でキャリアになるとウィリアムに語っていたアドルフを。


 有色のウィリアムを疎んだ者達に着せられた濡れ衣によって、コロニーから追放されたウィリアムを。

 その謀略に加担した人間達を半殺しにして、出世の道を閉ざされてしまったアドルフを。


 Crossingが襲われたと聞いて救援に訪れるも、自分のせいでアドルフを死なせてしまったウィリアムを。

 ウィリアムを最後まで1人の人間として認めてやる事を出来なかった事を悔やみながら、死んでしまったアドルフを。


 気付いてしまった。

 自分のものだと思っていた記憶は、自分が好き勝手に取捨選択した偽りのものなのだと。


 思ってしまった。

 そんな自分がまともな人間であるがないと。


 そしてローレライは、ウィリアムのしようとしている事に見当を付けてしまった。

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