Down To Loneliness/Drown To Holiness 1
救出に成功した部隊の治療や物資の確認。
それらの指示を出したローレライは、Ceasterに展開するBIG-Cの車両郡の合間をさ迷っていた。
透き通るような碧眼に映るのは再開を喜ぶ家族達、遺族に戦死報告をする防衛部隊の隊員達。
BIG-C撤退戦において、過ちを犯したとは思わない。
それでもその光景にローレライが考え込んでしまうのは、無理もない事だった。
「息災のようだな、チャールズの娘よ」
「ルーサム卿もご無事で何よりですわ」
掛けられた言葉に応えながら、ローレライは声のする方へと振り向く。
フロックがいくらか痛んでいるものの、負傷していないその様子にローレライは安堵する。
婚約者を喪った幼馴染の父を死なせてしまうなど、あってはならない事なのだから。
「……チャールズは逝ったのか」
「……ええ、襲撃部隊のターゲットだったそうですわ」
ローレライの様子にその事実を察したルーサムは、感情を押し殺すように顔を顰める。
親友の死が辛くない訳ではない。
しかし悲しむには親友の娘が置かれた状況が、ルーサムの感傷を妨げるのだ。
「不躾な事を悪かったな――しかし、これから面倒な事になるぞ」
「面倒な事、ですの?」
状況を理解し切れていないローレライの様子に、ルーサムは深いため息をつく。
故郷を失い、切り札には倒れられ、実の父が戦死した。
たかだか16歳の娘が冷静さを失うには十分だった。
「防衛部隊の連中は復讐を望んでいる。そしてお前は正式に戦略指令に就き、我らの中では1番高いポストに就いてしまった」
「内政を担当してらした皆様は?」
「探しているがここには辿り着いていない。だがあの生き汚いマコーリーでさえ死んだのだ、これ以上の生き残りが居るとは思えん」
別口の報告から得た情報を口にしながら、ルーサムは疲れを誤魔化すように指先で眉間を揉む。
BIG-Cが跡形もなくなるほどの爆撃を受けながらも、これだけの人数が生き残れたのは単純に奇跡だった。
しかし生き残りは人々の心の支えであると同時に、上に立つ者の足枷でもあるのだ。
物資は残り少なく、戦力はガタガタ。
この状態で人々を導く事が容易い訳がない。
「だとしても、もうBIG-Cはありませんわ」
「だが、戦略指令の権限を行使してしまったのはお前だ」
「……皆は何を望んでいますの?」
「再興と復讐。まだ意見をぶつけてすらいない段階だがな。それぞれが散るなら散るで舵を取り、望まれた復讐に答えを出すのがお前の役割だ」
「わたくしのような小娘には荷が重過ぎますわ」
「それでもだ。お前は戦略指令の権限を行使し、我々のような老害がBIG-Cを腐らせた。無責任な事を望んでいるのは理解している。それでも人々には旗が必要で、お前はその旗を手にしてしまった」
反論の余地もないルーサムの言葉に、ローレライは俯いてしまう。
臨時戦略指令権限を行使しなければ、ウィリアムも生き残り達も助ける事は出来なかった。
だがローレライの華奢な双肩に、それはあまりにも重すぎたのだ。
「アロースミスが用意した戦力は、単独で機動兵器を撃破することが出来る。それを証明してしまった先の戦闘が、復讐派の復讐心に火をつけてしまった」
「ですがお兄さんは、ウィリアム・ロスチャイルドは傭兵。こちらの意図に従う確証など――」
「なければ作ればいい。ハニートラップだろうが、人質だろうがやりようはある――たとえば、BIG-Cがアロースミスの人間を人質に取れば。小僧がどうするかは言うまでもないな」
言い辛そうに告げられたルーサムの言葉に、ローレライは驚愕から目を見開いてしまう。
ローレライはウィリアムを利用しながらも、ウィリアムの真の価値に気付いていなかったのだ。
生き残り、生き残らせるための最適な判断。
戦闘車両を用いずに、単独で機動兵器の撃破。
それらを実行してみせる、唯一無二の実力を持つ傭兵。
そのウィリアムを企業への復讐を望む者達が、放っておく理由などあるはずがないのだ。
「せめて今日くらいはゆっくりと休め。お前1人に全てを背負わせる気はないが、我らがお前のためにしてやれる事などあまりある訳ではないのだ」
そう言うなりサビナの元へと向かったのであろうルーサムの背中を見送りもせず、ローレライは何かを堪えるように口に手を当てて考え込む。
あの日、ウィリアムは傭兵業を廃業した。
あの日、ウィリアムは得体の知れない"自身"に踊らされていた。
あの日、そんなウィリアムをローレライは戦場へと引きずり出してしまったのだ。
後悔が不快感を伴って、ローレライの胸中を乱していく。
縋ってしまったお兄さんは倒れ、父は自身の指揮した撤退戦で戦死した。
不測の事態だったのは理解している。防衛には十分な戦力を随行させた。
それでもローレライは自分を責めずには居られないのだ。
だが視界の端に捉えた美しい金髪に、ローレライは思わず車両の影に隠れてしまう。
自分と同じ金髪を持つ母、ローズマリー・アロースミス。
争いを避けるために聡明で在り続けさせられた優しい母に、父の戦死をどう告げていいかローレライには分からなかったのだ。
そしてその場から逃げるように去ったローレライの足が向いたのは、ウィリアムを寝かせている車両だった。
ローズマリーとルーサムは、自身を守るために手を尽くしてくれるかもしれない。
しかしローレライは2人に頼らずに、1人で生きていかなければならない。
この事態を招いたのはローレライであり、誰にも解決出来ないのであればその身を捧げる義務がある。
だからこそ、これからは1人で生きていくのだ。
今までのように父に頼ったり、ウィリアムに八つ当たりするような真似はしてはらない。
高貴なる者の義務と共に生きる。
父がそうであったように、ローレライもそうあらなければならない。
それがたとえ自分を殺す事になったとしても。
やがて見えてきた目的の車両の様子に、ローレライは訝しげに眉を顰める。
ウィリアムという傭兵が近くに居る事を嫌がる非戦闘員達の為に、ローレライはウィリアムに用意した車両を遠くに配置したのだ。
しかしその車両の周りには、乗馬服風のフロックスタイルに身を包んだ男達が囲んでいた。
護衛を配置した覚えのないローレライは、足音を立てぬように静かにそこへと近付いていく。
振り下ろされるライフル、その動きに合わせて音を立てるスリングの金具、銃床打ち付けられる肉の音。
そこで起きていたのは一方的な暴力だった。