Red Field/Dead Field 4
「警戒に移る」
「了解、何かあったら教えろ――司令部、こちら第7小隊」
アドルフはアンチマテリアルライフルをウィリアムに押し付け、手早く端末で司令部をコールする。
時間はない、余裕はもっとない。
しかしアドルフはウィリアムという守るべき存在が帰って来た事で、多少の冷静さを取り戻しつつあった。
『こちら司令部』
「こちら第7小隊隊長、アドルフ・レッドフィールド。企業の新兵器と遭遇した、至急増援を頼む」
『敵未確認兵器の情報を教えろ』
「6本の足の蜘蛛みたいな脚部と2本の腕を持ってるに人間の胴体部を持つ、戦闘車両とは何もかもが違う赤い機動兵器だ。ご存知の通り、こっちの戦力は増援に駆けつけてくれた傭兵と俺だけ。持ちこたえるなんて流石に無理だ」
『了解、今すぐ大隊をそちらへと派遣する。機動兵器を撃破後、司令部まで撤退しろ』
「……了解、なるべく早く頼む」
相手の含みを持たせたような言葉に、アドルフは皮肉ったように返して通信を切る。
この戦いが終わっても、Crossingとウィリアムの戦いは終わらない。
死ぬ訳にはいかない。再度強く決意をしたアドルフは、端末をポケットに乱雑に放り込んだ。
「増援は期待出来そうにないが、それでも切り札の1つだ。奴らが辿り着く前に装備の確認をするぞ」
アドルフは装備を地面に並べながら、警戒中のウィリアムへと声を掛ける。
ウィリアムはそれに応えるように、腰の両サイドから2丁の拳銃を見せ付けるように取り出した。
「ハンドキャノン、防衛部隊支給の拳銃、さっき拾ったロケットランチャー。そっちは?」
「徹甲弾装填済みのライフル、防衛部隊支給の拳銃、ハンドグレネードが4つ、さっき拾ったショートバレルのアンチマテリアルライフル――にしてもなんだその銃、言っちゃ悪いけどバカみたいだな」
ウィリアムの持つ冗談のように大きさのリボルバーにアドルフは顔を引きつらせる。
企業の私兵のパワードスーツを1撃で突破できる性能は見せ付けられた。
それでもその異常性を許容出来るほど、それはまともな見た目をしていなかった。
「使えりゃなんでもいいんだよ。それよりどうする、アイツを撃破しなきゃ撤退も出来ないんだろ?」
「そうだ。でも誰も見た事のない兵器だからこそ、付け込む隙はあるはずだ」
もしあの赤い蜘蛛のような機動兵器が大型コロニー侵攻戦でロールアウトされるほどに優秀な兵器なのであれば、なぜ今の今まで姿を現さなかったのか。
あの兵器は今まで誰もが作らなかったのか、それとも作れなかったのか。
なにより、この荒廃した世界が完璧なものなどないと証明しているのだから。
「考え続けるんだ。1つの狂いも許されない数式のように、それでいて答えに辿り着くのが必然であるように。俺達が行うのは、自分が思い描く勝利に向けて駒を進めるだけの戦闘だ。俺達はこれ以上の失敗を許されない」
部下達は死に、戦況は悪い方へと転び続けている。
しかしようやく再会出来た弟を守らなければならないアドルフは、ポケットから取り出したナノマシンの注射器を腕に突き刺す。
ガスが噴出し、血流に体温とは違う冷たさが広がるのを感じながらアドルフは、この戦況以上に大事な話を切り出す事にした。
「ウィル、この戦いが終わったらCrossingに帰って来い。もう何も気にしなくていいんだ、俺がお前を守るから」
「……提案は嬉しいけど、ようやく傭兵業が軌道に乗って来たんだ。今更帰れ――」
「俺の事を気にしているならもうそれはいいんだ。お前を除け者にして得られる幸せなんてトレーシーも喜ばねえよ」
あの日から自分の手を握り続け、灰色がかった瞳で自分を見上げていた少年。
そんなウィリアムが1人で生きていた事が、アドルフにとっては奇跡に思えてしょうがなかった。
だからこそ守ってやらなければならないと、自分が傍に居てやらなければならないと思えてしょうがないのだ。
ウィリアムは2丁の拳銃をホルスターに戻しながら、ゆっくりと心からの言葉を紡ぐ。
「……今日までいろいろ事があった。裏切られた事もあったし、身に余るほどの施しを受けた事もあった。それも全部、あの時アディが助けてくれたからだ」
迷いがない訳ではないではなかった。
アロースミスの人々に与えられた温もりは、ウィリアムの得たいの知れない飢餓感を刺激し続けている。
きっとアドルフともう1度暮らせるのであれば、ウィリアムは今度こそ幸せになれるのだろう。
それでも有色の人間というだけで戦いの中に身を置き続けてきたウィリアムは、当然のようにたった1人の家族を拒絶する。
「俺は、幸せだよ」
あなたに拾ってもらえて。
生きる機会を与えてもらえて。
誰かの代わりであっても、傍に置いてもらえて。
だからこそ期待に応えなければならないと、その命に代えても生き残ってもらわなければならないのだ。
2人は歪み、拗れつつある自身らの願いに気付く事無く、当然のように武器を手に取った瞬間に状況は大きく動いた。




