Red Field/Dead Field 3
「久しぶりだねアディ。それにしても、腕が鈍ったんじゃな――」
「お前バカ野郎! どこで何してやがった!?」
巨大なリボルバーに弾丸を装填しているウィリアムに、アドルフは思わず怒鳴り声を上げてしまう。
その態度はあまりにも気安いものであり、数年ぶりの再開にはあまりにも不釣合いに思えたのだ。
「何って、そっちが俺を呼んだんじゃないか」
「うっせえよバカ! こっちはずっとお前が死んだって聞いてたんだぞ!」
「……任務自体は公式なものなのに、隊長クラスで閲覧出来なかったのか?」
アドルフの大声に辟易としながらも、ウィリアムは眉を顰める。
ウィリアムは"企業の精鋭を殺害した傭兵"としてここに呼ばれているというのに、アドルフが何も知らない事実が引っ掛かっていた。
「出来ない訳じゃないけど、ほとんどの内容が改ざんされてた。今じゃウィリアム・レッドフィールドって人間すら防衛部隊に居なかった事になってやがる」
「それ以外にもいろいろありそうだけど、この際どうでもいい。ここは俺が受け持つからアディは部隊を再編成して来いよ」
「……提案は嬉しいが、部隊は俺を残して全滅。撤退命令はおそらく出ない」
「部隊を捨て駒にしなきゃならないほど戦況はやばいのか?」
「……というよりは、俺のせいで部隊が捨て駒にされちまったんだよ」
「はあ?」
予想よりも遥かに悪い状況に憔悴していたウィリアムは、アドルフの吐き捨てた言葉に理解出来ないとばかりに眉間に皺を寄せる。
少々型破りなところはあるが、アドルフは指揮官としても兵士としても優秀であり、上からも下からも信頼が厚かった。
そんなアドルフの部隊が捨て駒にされる理由など、ウィリアムには理解できなかったのだ。
「お前が売り払われそうになった任務、あれを仕組んだのはマティアスでさ。それで、その、アイツぶっ飛ばしちまって」
「バカなんじゃないのか」
言い辛そうに過ちを告白するアドルフに、ウィリアムは肩を竦めてしまう。
「お前な――」
「アディの軽率な行動のせいで部下は犬死に、トレーシーは結婚した後やりづらくてしょうがない。言いたかないけど、アディの行動は1番最悪だろ」
激昂するアドルフをウィリアムは険しい視線で睨みつけながら、苛立たしげに黒い髪をかきむしる。
アドルフがマティアスを殴り飛ばしたのは、マティアスが自分を排除しようとしたからだというのは理解出来る。
正直なところを言えば、アドルフがそこまで思ってくれたのはとても嬉しかった。
それでも迷惑を掛けないためにレッドフィールドの姓を捨てたウィリアムには、何よりも大事な兄の未来が閉ざされてしまった事が悲しかった。
「……分かってる。それでも、俺はアイツを許せなかった」
「もういい、とにかく今は目の前の事を考えよう。ダメな兄を責めるのは義姉さんに任せる。敵戦力は?」
いつかのチャールズのように、放っておけばいつまでも悔い続けそうなアドルフ。
俯いて震えるほどに拳を握る兄の姿を見てられないと、ウィリアムは話を切り替える。
どちらにせよ戦わなければ、生き残る事すら出来ないのだから。
「基本的には歩兵ばかり。戦闘車両は10台程度居るが、それよりも気になるものがある」
「気になるもの?」
「大型輸送車両だ。直接戦力になりそうな感じはしないが、パワードスーツを運ぶにはでかすぎるんだよ」
アドルフは背後を親指で指差しながら、ウィリアムに双眼鏡を放る。
ウィリアムはそれを受け取って、示された方に双眼鏡のレンズを向ける。
確かにそこには戦闘車両すら収まりそうなほどに、巨大な車両が存在していた。
しかしウィリアにはその様子が、アドルフが言っている物とは違うように思えた。
「なあアディ、あれに見覚えはある?」
放り返された双眼鏡を受け取ったアドルフは、双眼鏡越しに散々睨みつけた車両へとレンズ越しの視線をやる。
レンズ越しに見えたのは確かに見覚えのある大型車両。
しかし前部のハッチが開き、そこから姿を現したそれをアドルフは知らなかった。
「逃げるぞ、ウィル」
双眼鏡を雑にポケットにしまいながら、アドルフはウィリアムの背中を強く叩いて走り出す。
お互いに負った傷が痛まない訳ではない。
だが無理をしてでも逃げ出さなければならないほどに、アドルフはそれを脅威と捉えていた。
血のように赤い装甲と合金製の2本の腕と6本の足。
人の胴体のようなボディとそこから生える銃器を持った両腕。
流線型の頭部に黄色い光を灯すマシンアイ。
そんな兵器など防衛部隊の交戦ログにも残っていなかったのだから。
「どうするんだよ、逃げてたって変わらないだろ!?」
「司令部に今すぐアレを報告して増援を寄越させる! 流石にアイツらも、意味不明な兵器を2人に相手させるほどバカじゃねえだろ!」
巨大な敵対者に背を向けて逃げながら、2人は怒鳴り声の応酬を繰り返す。
ウィリアムはその過程で足元に転がる死体の腕からロケットランチャーを強奪し、アドルフも同様にアンチマテリアルライフルを強奪する。
その死体が防衛部隊の制服を着ていようと、見覚えのある顔をしていようと、眼球が潰されていようと2人が感傷に浸ることは許されない。
外壁に沿うようにして走っていた2人はやがて、企業の戦闘車両によって破壊された外壁の残骸へと身を隠した。