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Actors On The Last Stage  作者: J.Doe
Program:Avenger
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Red Field/Dead Field 2

 メッセージの送信者はコロニーCrossing防衛部隊。

 その厚顔無恥な態度にウィリアムは怒りに駆られそうになるが、激昂する感情の裏で疑問に思考を走らせ始める。


 レッドフィールドの姓を捨てたとはいえ、"黒髪のウィリアム"という特異性のある人間に気付けないはずがない。

 何より先のBIG-C防衛戦の戦果が広まるにはあまりにも早過ぎる。


 これまでずっと自分は見張られ続けていて、Crossingは今度こそ自分を売却するための罠を仕掛けて来たのか。

 ウィリアムはそう考えるも、経済的に無駄な支出以外の何でもない発想を即座に否定し、改めて思考を再開する。


 Crossingはウィリアムという、追放した存在に頼るほどに追い詰められているのではないか。


 壊殺者(ブレイカー)という精鋭はハンドキャノンという特殊武装を扱い慣れたウィリアムが、文字通りを命を懸けてようやく倒せた強者だった。

 もし壊殺者(ブレイカー)と同程度、もしくはそれ以上の戦力が複数送り込まれていれば、Crossingはなりふり構っていられないだろう。


 その仮説に辿り着いたウィリアムは、背筋に氷柱を差し込まれたような悪寒に思考を停止してしまう。

 Crossingが危ないという事は、アドルフが危ないという事に気付かされてしまったのだ。

 ウィリアムは即座に受諾のメッセージを送信し、そう長くはない旅路を休息に充てるべく目を閉じた。

 これから向かう場所は紛れもない死地であり、命を投げ打つ戦場なのだから。


 しかしそこまでの覚悟を決めていたからこそ、ウィリアムは気付くべきだった。


 今回の企業の襲撃はコロニーBIG-CとコロニーCrossingに対する両面作戦。

 戦力の豊かさと戦闘経験の乏しさが反比例するBIG-Cは、殲滅以外の手段を選ぶ事は出来なかった。

 一方外壁に囲まれているCrossingは防戦を選び、拮抗状態に持ち込んでいたのだ。


 それが演出された拮抗状態だと知らずに。


 そして混迷しつつある戦場で、ただ1人でアドルフは前線に居た。

 弾丸が飛び交い、部下達の屍が散乱する、ただしく地獄。

 あの暴行事件の後、暴行を振るう隊長としてレッテルを貼られたアドルフは静かに出世街道から外された。

 防衛部隊はウィリアムという有色を売却しようとした事実を吹聴されぬよう、アドルフのポストをそのままに第7小隊の扱いを180度転換した。

 上官に加えられた暴力を理由に部隊を去った副官(マティアス)を欠いた第7小隊は、どの部隊よりも前線に押し出されていたのだ。

 そのため企業の私兵部隊の総攻撃を一身に受けた第7小隊は、アドルフを残して全員が戦死。


 唯一生き残ってしまったアドルフは撤退する事も許されないまま、瓦礫を背にしてライフルに徹甲弾を装填していく。

 逃げようと思えばいつでも逃げられた。

 しかしトレーシーという恋人とその家族が住まうCrossingを、アドルフが見捨てる事など出来るはずがなかった。


 ウィリアムという2人目の弟を失ってしまったアドルフは、これ以上近しい人物を失いたくなかったのだ。


 だがそう思うのであればこそ、アドルフは冷静であるべきだった。


 企業の私兵部隊が襲撃を行う理由は2つ。

 1つは兵器や武装のテスト、2つはより高水準の"記憶"の強奪。

 部隊が壊滅状態にありながらも、たった1人で部隊と渡り合う兵士。


 そんな魅力的な人間の記憶を、企業の私兵達が見逃すはずがなかった。

 突如鳴り響く銃声と、デッキジャケットの布ごと腕を抉られた激痛。

 それらを知覚すると共にアドルフが感じたのは、濃厚な死の気配。

 そして灰色の瞳は苛立たしいほどに4体の真っ白なパワードスーツを睨みつけながら、アドルフは転がり出るように追撃を回避する。


 考えるまでもなく最悪の窮地。


 それでもウィリアムに何があっても生き残れと約束させてしまったアドルフは、死んでやる訳にはいかなかった。


「勝負だ。死に損ない対ご立派な装備の精鋭諸君、負けたら恥だぜ?」


 アドルフは右手でライフルを構えながら、口角を歪める。

 満身創痍でのその挑発に私兵達は、ヘルメットの向こうで嘲笑を浮かべる。

 パワーアシストが内包されているだけの衣服、あらゆる戦況に対応するためのパワードスーツ。

 身に纏うそれらが象徴するように、戦況は明らかに企業側に傾いていた。

 仲間がメモリー・サッカーのスタンバイを終えたのを確認した私兵の1人が、ゆっくりとアドルフの腹部へとライフルの銃口を向ける。


 ただ死なせてしまってつまらない。


 生きたままその灰色の瞳に、メモリー・サッカーの刃を突き立てたいという嗜虐心が湧いたのだ。

 私兵達のそんな歪んだ欲望を理解したのか、アドルフの表情が僅かに強張る。

 そして死を覚悟したアドルフが引き金を引こうとした瞬間、冗談のような銃声が辺りに響き渡った。

 対峙していた私兵のヘルメットのシールドは一瞬で赤に染まり、続け様に3つの死体が常軌を逸した運動エネルギーによって地面へと吹き飛ばされる。

 目の前でいとも簡単に行使された圧倒的な暴力。

 思わず黙り込んでしまったアドルフは、呆然とライフルを下ろす。


 その暴力の行使者はあまりにも見覚えのある男だったのだ。 


「なんだ、普通のパワードスーツか。警戒して損したかな」

「……ウィリ、アム?」


 大きな薬莢を地面に落としながら歩いてい来る弟の名を、アドルフは確かめるように呟く。

 数年ぶりに見るその姿は所々に見える傷口のせいで痛々しく見える。だが黒髪と灰色がかった瞳が、その男が紛れもなくウィリアムであると照明していた。

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