Green Eyed Monster/Screen Died Goner 9
「余裕かましてんじゃねえぞ、クソッタレがァッ!」
左フックの要領で振るわれるパイルバンカー。
ウィリアムはしゃがみこむ事でソレを回避するも、合金製の杭は路地を形成している家屋の壁に突き刺さる。
そしてガチャリという重金属同士が噛み合ったような金属音がしたその瞬間、火薬が炸裂するような轟音と共にその壁を吹き飛ばした。
立ち上る土煙、散乱する瓦礫。
それらを作り出した破壊力に怯える事無く装填を終えたウィリアムは、作られたばかりの穴へと飛び込んで家屋内へと逃げ込む。
哨戒任務以外の予定はなかったためハンドグレネードは装備していない。
頭部を露出しているとはいえ、異常な身体機能のせいで打ち抜く事は難しい。
あまりにも薄い勝ち目にウィリアムが頭を悩ませていると、重厚な足音がその思考を踏み荒らすようにして家屋内へと踏み込んできた。
「ああチクショウ、たいしたイレギュラーだよテメエ」
感心したように、それでいてどこか気安く紡がれる言葉。
ウィリアムはゆっくりと立ち上がりながら、ハンドキャノンの撃鉄を起こす。
「買い被り過ぎだよ、化け物」
「おいおい、こっちは褒めてるんだぜ? ただのクソ生意気なガキかと思ったら、俺と本隊の分断を成功させてみせた。評価するぜ、あいつらが指示に従うような出来た人間だと思ってる事以外は」
軍隊として機能していないと言いながら、灰髪の男のパイルバンカーのスライドから巨大な薬莢を廃棄する。
それはあまりにも巨大で、ハンドキャノンの薬莢ですら比較にもなりそうにない。
「本当ならスカウトでもしてえところだけど、それ以上に俺はお前を殺したい」
「やってみればいい。殺してやるよ、それが俺の任務だ」
「……いいぜ。楽しませてやる、楽しませてみせろ!」
高笑いを上げた灰髪の男は右手を突き出すようにして、パイルバンカーを構える。
「壊殺者、全部ぶっ壊してやるよ!」
そう叫ぶと同時に壊殺者と名乗った男は、瓦礫が転がる床を蹴って飛び出した。
ウィリアムはパワーアシストの効いた足で、あえてパイルバンカーである左側へと飛び出す。
刺殺が叶わなくなった壊殺者は、振り払う事でウィリアムへと追撃をする。
しかしウィリアムはパイルバンカーと肉体の接合部である肩を撃つ事で、その追撃を半ばで止める。
パワードスーツの対ショック機構が、肉体保護を優先した結果だ。
「やるじゃねえか、そんな豆鉄砲でコイツとやりあうなんてよ!」
「やるしかねえからな! いい女達が俺に期待してくれてんだよ!」
「モテモテってか、クソ生意気なんだよ! クソッタレが!」
「僻むなよ、器が知れるぜ!」
軽口を叩き、距離を取りながら、ウィリアムは壊殺者の左肩部への銃撃を続ける。
壊殺者は振り向きながら、パイルバンカーを盾にするように床へと突き立てる。
動きを封じる方法は分かったが、決め手がない事実にウィリアムは焦り続ける。
「本当に、大した装甲だな!」
「ああ! 威力とそれ以外は捨てさせたんだよ!」
「どんだけ化け物なんだよクソッタレ!」
「気でも狂ってなきゃこんな仕事しねえよ!」
怒鳴り合いを続けながら、ウィリアムはただ思考を続ける。
相手はそのパイルバンカーを扱うために、肉体すら手を加えているであろう圧倒的な強者。
左肩部のパワードスーツの装甲は動く度に崩壊を続けているが、それだけでは足りないのだ。
「テメエだってそんな冗談みてえな銃持ちやがって! 同類だ同類!」
「それを言われると、ちょっと言い返せないけどな!」
思考時間を稼ぐために、ウィリアムはバックステップで壊殺者と距離を取ろうとする。
しかしその時間稼ぎ程度の甘い考えが、ウィリアムを追い詰める。
「だからよ、楽しませろって言ったろ」
ウィリアムの時間稼ぎを嫌った壊殺者は、突き出した右手を未だ回避機動を取ろうとしたウィリアムへと向ける。
その意図が理解出来ずにウィリアムが眉を顰めたその瞬間、ウィリアムは銀閃と左腕に鋭い痛みが知覚する。
壊殺者の右袖から飛び出したソレは、ブレードエッジを持ったアンカーシューターだった。
ワイヤーの先に付けられたブレードエッジはウィリアムの左腕を、防弾防刃樹脂を織り込まれていたジャケットごと切り裂いた。
「逃げなんてつまらねえ、社長の考える"画面栄えする戦争"とやらも最悪だ!」
ワイヤーに引かれるまま跳躍した壊殺者の突進を、ウィリアムは左腕の傷を庇いながら床に転がるようにして回避する。
アンカーシューターの運動エネルギーを上乗せした壊殺者の攻撃は、更に家屋を破壊していく。
土煙に紛れ、左腕の激痛に耐えながらウィリアムはハンドキャノンの弾丸を再装填する。
しかし壊殺者は、そんなウィリアムの様子をよそに、新たに作り出した瓦礫を蹴り飛ばしながら帰ってきた。
「もう面倒くせえ、真正面から来いよ。テメエのもそうだろうけど、こっちも残弾がそこまでねえんだよ。お相子だろ?」
「ちなみに、あとどれくらいだ?」
左腕の負傷、それによってハンドキャノンを扱え切れない不安。
それを押し殺しながら、ウィリアムはあくまで飄々と問い掛ける。
それを理解しているのか、壊殺者はニタニタとした笑みを浮かべて答える。
「12発ってところだな」
「十分じゃねえかクソッタレ」
思わず毒づいたウィリアムの額には左腕の激痛から汗が浮かび始め、そのせいか考え続けた結論は"無茶をする"の1択になってしまった。
出来ればそんな事はしたくはないが、ウィリアムはこれだけの強者をBIG-Cの防衛部隊に任す訳にはいかない。
ウィリアムは約束をしてしまったのだから。
チャールズを、ローズマリーを、そしてローレライを守ると。
「ちょろい仕事じゃなくなっちまったけど、楽しかったぜ」
「勝手に終わらせないでくれ」
「終わりだ、こいつがテメエのドテッ腹に穴をぶち空ける。テメエじゃこいつをぶち壊す事も出来やしない。頼みのワイルドカードはもう切れたんだろ?」
ニタニタとした笑みを消した壊殺者は、ウィリアムに失望したとばかりの視線を向けながらパイルバンカーを構える。
「どうかな? まあ、やるだけはやったさ」
回避と申し訳程度の銃撃しか出来ない兵士。
そう壊殺者に評価されたウィリアムは、気にする様子もなくハンドキャノンの撃鉄を下ろす。
「これが最後だ。お望み通り、正面からやってやるよ」
ウィリアムは比較的無事な壁を背後にして、ハンドキャノンを突き出すようにして壊殺者と対峙する。
まるで荒野のガンマンの一騎打ち。
違いといえば互いの持つ破壊力と、互いが人を超越したものを持っているということ。
そして壊殺者は、人の身を捨てた証であるパイルバンカーのスライドをガチャリと鳴らした。
「それでいい。特別に逃げなきゃ1発で楽にしてやる、逃げたらバラバラだ」
「とことん化け物だよ、お前」
「褒め言葉だ、ありがとうよ。まあ、あれだ――もう死ねよ、テメエ」
戦えるという喜び、逃げの一手ばかりを打っていたウィリアムへの失望。
その感情達が消え去った声で紡がれたその瞬間、銀閃が再度煌めきウィリアムの左脇腹に激痛が走る。
しかしウィリアムは歯を食い縛る事で痛みに耐え、壊殺者がパイルバンカーを構えるよりも早くハンドキャノンの引き金を引いた。
鳴り響く5つの冗談のような銃声。
アンカーシューターによって跳躍した壊殺者は、勝利を確信してパイルバンカーの腕を後ろに引く。
擦れ違ったその瞬間、杭を突き刺してこの闘争は終わる。
それを理解しているからこそ、壊殺者は言葉通り正面から向かって行く。
砂埃で汚れ始めた白い面影が残る、壊殺者が纏うパワードスーツ。
放たれた5発の弾丸はそのパワードスーツの胸部、両肩部、両足の付け根に突き刺さる。
大口径の銃口から吐き出された弾丸の衝撃こそ生半可な物ではないが、壊殺者は余裕そうな態度を崩さずままウィリアムへと向かって行く。
加速に乗った壊殺者は、その灰色の瞳で捉えた光景に壊殺者は顔を顰める。
ウィリアムがハンドキャノンではない、ただの拳銃を傷ついた左手で構え自分に向けていたのだ。
自棄になったとしか思えないその行動ではあるものの、咄嗟に壊殺者は左腕でそれを防ごうとする。
しかしその時気付かされてしまった。
腕はおろか、足ですら言う事を聞かないのだ。
瞬間、思い浮かんだのは先ほどの5発のハンドキャノンの弾丸。
それは表面の装甲を砕き、対ショック機構が肉体保護の為に機能を停止させたのだ。
そして渇いたいくつかの銃声を聞いた壊殺者は、確実に迫る死とそれをもたらした黒髪の男に言葉にならない言葉を紡ぐ。
ウィリアムは撒き散らされる固体混じりの液体が撒き散らされるのを見もせず、横へと急いで飛びのいた。
新旧の傷口がもたらす激痛に脂汗を流しながら、ウィリアムはいくつかの音をその耳に捉える。
壁に叩きつけられる肉の音、重金属によって家屋の壁が新たに破壊された音。
頭と両膝を軸に体を起こしたウィリアムは、かろうじて弾丸が残っている拳銃を構えながら壊殺者へと歩み寄る。
砂埃が立ち上るそこで、ウィリアムは物色を始める。
頭部を撃ち抜かれるのを嫌がったのか、喉を打ち抜かれ首がへし折れた死体。
そしてウィリアムはお目当ての十字が刻まれた盾のエンブレムが描かれた合金片を拾い上げる。
「誰が化け物だ、クソッタレ」
かつての強敵、今では物言わぬ死体に毒づいたウィリアムは、脇腹を押さえながら新たな戦場へと歩みだしていく。




