Green Eyed Monster/Screen Died Goner 8
「行って来る、あんまりイチャついて職務を放り出すなよ」
「分かってるよ。そちらもご令嬢にかまけて、他の子から目を離すなよ」
皮肉交じりというには、皮肉の比率が高すぎる言葉の応酬。
そんな気安い会話にちょっとした楽しみを感じながら、ウィリアムは子供達を連れてBIG-Cの哨戒を始める。
ウィリアムは元々、単独でコロニー外周を哨戒していたが、子供達の安全面を考えてコロニー内部の哨戒に回されてしまった。
あまりにも傭兵の扱いに慣れて居ないであろう、元も子もないその判断にウィリアムは何度もチャールズに直談判した。
しかしその傍らに立つアロースミスの女傑によってその全ては却下され、ウィリアムは今もこうして子供達と共にBIG-Cの街並みを歩んでいた。
灰色がかった黒い瞳に映るのは、いつもと何も変わらない平和なBIG-Cの街並み。
だが傭兵と生きてきたウィリアムの意識は、懐かしい感覚に鋭敏になっていく。
脳裏でちらついているのだ。
人を弾丸で吹き飛ばし、その血を硝煙で覆い隠した戦場の光景が。
瞬間、ウィリアムの脳裏にジリジリと焼きつくような錯覚が走る。
「全員伏せろ!」
子供達は今までに聞いたことのない、ウィリアムの怒鳴り声に戸惑う。
戦争と傭兵というものをそれほど知らない子供達にとって、ウィリアムは優しいお兄さんでしかないのだ。
理解出来ないのは無理もないと考えるも、子供達を守らなければならないウィリアムはローレライと近くの子供を抱えて自ら伏せる。
そのウィリアムの行動に追従するように子供達が頭を抱えて伏せたその瞬間、コロニー市街地の一部が爆音と共に吹き飛ばされた。
上がる煙と響き渡る悲鳴を遠くに、ウィリアムは辺りを窺いながらゆっくりと顔を上げる。
「……やっぱり素人に任せるんじゃなかった」
ウィリアムは毒づきながら、思考を始める。
BIG-Cの防衛部隊は哨戒の甲斐なく、市街地に砲撃を許してしまった。
おそらく予想すら出来ていなかった攻撃に、BIG-C防衛部隊は恐慌状態に陥っているだろう。
だからこそウィリアムは子供達を時計塔の地下にあるシェルターへと連れて行き、戦闘に参加しなければならない。
ウィリアムは抱え込んでいた少女達を腕から解放し、膝立ちになって子供達の様子を窺う。
突然の事に呆然としているも、怪我はしていないその様子にウィリアムは安堵する。
そしてウィリアムは軽く指を鳴らして、全員の注意を自分に集める。
「いいかい。これから俺が君達をシェルターへ連れて行く、君達は俺からはぐれないようにしっかりついて来るんだ」
非常事態だという事を理解させながらも、決して萎縮してしまわないように口振りは優しく。
子供達と視線を合わせるウィリアムは、あの時アドルフにされたようにゆっくりと子供達に話しかける。
「何度でも言うよ、俺が君達を守る。男の子は女の子と小さい子の手を握ってあげてくれ」
聡明さゆえか、事態を正確に理解し、体が震えだしてしまったローレライ。
そのあまりにも小さく、華奢な手を握ったウィリアムはゆっくりと立ち上がる。
「いくぞ、絶対にはぐれるなよ」
再度子供達を見渡したウィリアムは、ゆっくりと、それでいて迅速に時計等へ走り出した。
初撃から砲撃が途絶えている事実から、おそらく戦闘車両は居ない。
しかし"砲撃が止んでいる"という事実が、ウィリアムに警戒心を深めさせていく。
BIG-Cが保有している勇気プラントを傷付けないため、という理由ならば"まだいい"。
相手が企業の私兵で、BIG-Cの人々の記憶を奪いに来たというの可能性が高いのだ。
他のコロニーとは違い、豊かな物資と良質な教育を受けた人々の記憶。
それは他にはない、企業にとって魅惑的な商品なのだから。
遠くに渇いた幾重もの銃声を聞きながら、ウィリアムは時計等の合金製の扉を開けて子供達を中に入れる。
非常時には入る筈の誘導係が居ない事実に、ウィリアムは避難が遅れている事を理解し舌打ちをする。
ウィリアムは手近なシェルターのロックを解除し、分厚い金属製の扉をゆっくりと開く。
その中は決して広いとは言えないが、子供達を入れるには十分な広さだった。
「入ってくれ、ここに居ればもう安心だから」
シェルターという分かりやすい安全性。子供達は未だ鳴り響く銃声から逃れるように、次々と中へと入っていく。
しかしローレライだけは、ウィリアムのジャケットの裾を掴んだまま動こうとしない。
透き通るような双眸を飾る、大きな目からは止め処なく涙が溢れている。
だがローレライ家の次期党首としての矜持がそうさせるのか、小さな唇は嗚咽を洩らさないように固く結ばれていた。
「大丈夫だよローラちゃん。君もチャールズさんもローズさんも、俺が絶対に守るから」
掛けられたその言葉に、ローレライは違うのだと首を横に振る。
「……俺の心配をしてるのか?」
自意識過剰に感じてしまうウィリアムの問い掛けに、ローレライは躊躇いなく頷く。
人々の上に立つ道を行く事を運命付けられながらも、あまりにも優しすぎるローレライ。
涙を拭おうとする未来の指導者の小さな手を握り、ウィリアムはアロースミスの教育によって持たされたハンカチで涙を拭う。
「擦っちゃダメだ、それに俺は大丈夫だよ」
「ですが、お兄さんは――」
「俺は傭兵、リスクマネージメントも分の悪い賭けもお手の物だよ」
ウィリアムはローレライが理解してしまっているように、押され気味であろう戦況を感じさせない軽口を叩く
涙が染み込んだ真っ黒なハンカチをローレライに握らせ、ウィリアムは優しくローレライをシェルターへと誘う。
そしてローレライが振り返るより早く、分厚い合金製の扉を閉めたウィリアムはジャケットのパワーアシストをスタンバイする。
背後から合金製の扉が叩かれる音が聞こえるも、ウィリアムは振り向く事も、立ち止まる事も出来ない。
これから向かう戦場は正しく地獄であり、ウィリアムはそこで更なる地獄を作り上げる。
かつての救出任務でパワードスーツに対して有効だと証明されたハンドキャノン。
冗談のように大きいリボルバーをガンホルダーから取り出したウィリアムは、時計塔から飛び出していった。
『ウィリアム、聞こえているか?』
「こちらロスチャイルド。お嬢様達をシェルターへ避難させ、今現場に急行してします」
パワーアシストが起動した事により、スタンドアローンされていた端末。
そのスピーカーから漏れ出した依頼人の声に、ウィリアムは走りながら応える。
『すまないが走りながら聞いて欲しい。敵は歩兵のみで構成された企業の私兵大隊、だが隊長らしい男が異常なんだ』
「異常と言いますと?」
『片腕が巨大な掘削機になっている男なんだが、異常なほどに強い。銃撃は全て掘削機に防がれてしまう』
どこか憔悴しているチャールズの言葉を聞きながら、ウィリアムは相手の戦力を判断し始める。
相手は企業の戦闘歩兵、それもオルタナティヴにという技術によって生身に武装を追加した。
戦争すらあまりした事がないBIG-Cの人々に、それの相手をさせるのはあまりにも酷だろう。
「でしたらその男は俺が殺します。防衛部隊には他の歩兵達と避難誘導をお任せしてもいいですか?」
『どうやって引き付けるんだ? 相手はおそらく隊長格だぞ?』
「オルタナティヴで体に武器をつける奴なんてのはただの戦闘狂、挑発かまして他もついてくるようなら一緒に殺してやりますよ」
決して楽勝という訳にはいかない、という事実をウィリアムは相変わらず軽口で粉飾する。
企業の私兵1人でさえウィリアムにとっては相打ち覚悟の敵であり、オルタナティヴ武装をしている精鋭相手に勝機など見えはしない。
しかしウィリアムは金が続く限り裏切らないというスタンスから、その強敵を殺して依頼人の期待に応えなければならない。
『……すまない、面倒を掛けてしまう』
「それが傭兵の仕事です。お任せ下さい」
『敵の大隊は中央の街道を進んでいて、ターゲットはその先頭に居る。任せたぞ、ウィリアム』
「了解、どうかご無事で」
通信を切ったウィリアムは既に戦闘が開始されている中央の街道から、1本奥の路地へと入り込む。
既に中央街道は攻め込まれており、BIG-C防衛部隊は敵の撃退、もしくは殲滅しなければならない。
ウィリアムの任務は敵の隊長格の男の殺害、それを材料に敵戦力の戦意を折る事にある。
そして建物の隙間からウィリアムは、交戦状態にある中央街道の様子を見る。
真っ白なパワードスーツを纏う企業の私兵達、フロックスタイルに身を包むBIG-Cの防衛部隊。
その中に異彩を放つ1人の男が居た。
身長は180cmほど、血に濡れた灰髪をクルーカットにした偉丈夫。
見た事のないほどに頑強なパワードスーツを纏う鍛え抜かれているであろう肉体には、チャールズの言葉通り素の身丈と同程度の大きさの合金の塊が生えていた。
左腕の代替とされたそれは、合金の円柱のようなパイルバンカーだった。
ウィリアムはおもむろに足元の石を蹴り上げ、全力で男へと投げつける。
投擲された石はパイルバンカーの男の頭部を捉えるかと思われたが、合金の円柱がその軌道を読んでいるかのように石を叩き落してしまう。
ゆっくりと向けられる灰色の瞳。
殺気混じりのその視線を感じながら、ウィリアムは立てた親指を下に向けて首を描き切るように横に引く。
正しく殺意が交差したその瞬間、ウィリアムは路地裏へと踵を返し、灰髪の男は巨大な左腕を振り上げて追い縋る。
1本道の路地裏。わざわざ誘い込んだ決して広くはない戦場で、ウィリアムは振り向き様にハンドキャノンの引き金を引く。
追走者へと放たれた弾丸は、ターゲットマークが描かれた大質量の合金によって叩き落されてしまう。
言うまでもなく、初めて出会った強者にウィリアムは勝機を伺い続ける。
確かにウィリアムには生き残る才能はあったが、全てに対して勝ち続ける才能などありはしない。
「挑発してくれた割には逃げるだけか!?」
「ああ! 恐くてたまんねえんだよ、お前のモビー・ディックがよ!」
ハンドキャノンの弾丸と共に軽口を返しながら、ウィリアムは路地裏を駆け抜けていく。
その間にもハンドキャノンは3発の残弾を、男のパイルバンカーへと吐き出す。
しかし銃撃は1度も本人へと届く事無く叩き落され、ハンドキャノンは装弾数の全てを失ってしまう。
思わずウィリアムは舌打ちをしながらも、シリンダーから空薬莢を地面へと落とす。
しかし灰髪の敵対者は、弾丸の装填の為にウィリアムが僅かに速度を落としたのを見逃しはしなかった。




