Green Eyed Monster/Screen Died Goner 7
「そしてこの有様、か」
自分の右手を小さな手で力強く握る少女に、どこか困ったような笑みを返しながらウィリアムは呟く。
明らかに喜色以外を滲ませた苦笑い。
しかし金髪碧眼の少女は満足したように満面の笑みを浮かべていた。
依頼人の娘――ローレライ・アロースミスの楽しげな様子に、肩を竦めながらウィリアムはコロニーBIG-Cの街並みを歩いていく。
ウィリアムがBIG-Cに訪れて3ヶ月が経った。
依頼人であるアロースミス家はウィリアムを歓迎し、敷地内にある家屋の1つをウィリアムに貸し与えた。
豊かとは言えないCrossingでさえあれだけ閉鎖的なのだから、豊かなBIG-Cの人々が粗野な傭兵を遠ざけたいのも無理はない。
ウィリアムはそう判断したが、アロースミス家の人々によってその考えは覆されてしまった。
チャールズは合成食しか食べた事のないウィリアムに、上等な料理と酒を振舞った。
ローズマリーは浅学なウィリアムに、アロースミス流の教育を施した。
ローレライは粗野な傭兵であるウィリアムの傍らに、文句も言わずに居続けた。
傭兵の扱いを知らないのか、それとも懐柔するもつもりなのか。
しかしウィリアムは懐柔されるほどに功績を挙げている訳ではない。現に先の救出任務において失敗をしているのだから。
だからこそウィリアムはアロースミスの思惑を探るのをやめ、依頼に従事する事に専念した。
前金以上の施しをされてしまった以上、結果を出さなければ傭兵業を続けていくのは難しいのだ。
しかし、とウィリアムは背後を振り向いて苦笑を浮かべる。
そこには列を成して着いてくる、様々な色の頭髪を持つ子供達が居た。
ウィリアムはこの事態を何度もチャールズとローズマリーに報告したが、2人はニコニコと微笑むばかりで事態の改善に努めようとはしなかった。
それが信用されているという事なのか理解は出来なかったが、自身が教育を受けている師に舌戦で勝てない事くらいはウィリアムも理解していたのだから。
やがて家の前に着いたのか、手を振って去っていく子供達にウィリアムも笑顔を浮かべて手を振る。
子供達の相手をしつつ、コロニー周辺の見回りをし、子供達を家まで送り届ける。
そんな哨戒任務など聞いた事はなかったが、それがウィリアムの任務だった。
「お兄さん、どうしてまして?」
「ちょっと考え事をしていただけよ、ローラちゃん」
透き通るような碧眼で覗き込んでくる少女を見下ろしながら、ウィリアムは肩を竦める。
相変わらずアロースミスの淑女は聡明で、周りに目が行くようだ。
本人の気質が大きいとはいえ、アロースミスの教育の良質さをウィリアムは思い知らされてしまった。
「良かったですわ、頭がわる――具合が悪いのかと思ってましたわ」
「おかげさまで健康だよ。それと社会人として1つだけ、その言い間違いは2度としないように」
そう言いながら、どこか意地の悪い笑みを浮かべるウィリアムに、ローレライは不満げに頬を膨らませる。
「……お兄さんはいけずですわ」
「経験談から言わせてもらうけど、大人になって言葉遣いを注意されるのは凄く恥ずかしいよ」
アロースミス夫妻はウィリアムを大人扱いはしてはいない。
その事実を隠蔽しながら、ウィリアムはローレライも知っているであろう事を告げる。
現にウィリアムは任務以外の間、ローズマリーによって言葉遣い、テーブルマナー、上流階級の所作など全てを教え込まれているのをローレライは知っている。エスコートの練習に自ら率先して付合った時は、空が暗くなるまでウィリアムに"付き合わせた"のだから。
しかしローレライはそっぽを向いたまま、不満そうな表情を崩しはしない。
まるで難攻不落の要塞だ、とウィリアムは苦笑を浮かべる。
そして自分が同じくらいの歳はどうだっただろうか、とウィリアムは考える。
アドルフと出会うまでの戸籍がないため正確な歳は分からないが、おそらく10歳頃のウィリアムはスラム出身の盗人、もしくは防衛部隊の隊員見習いだった。
まるで役に立たない記憶ではあるが、当時を思い出したウィリアムは自由な左手をローレライの美しい金髪が煌めく頭へと乗せる。
武器ばかりを握ってきたその手は、やがてぎこちなくも優しくローレライの頭を撫で始める。
銃のグリップとは何もかも違うローレライの金糸のような髪は、サラサラとウィリアムの手の平をくすぐる。
ローレライはその不器用な手つきに最初はくすぐったそうにしていたが、段々と柔らかな笑みを浮かべていく。
その満更でもなさそうなローレライの様子に、ウィリアムは安堵からため息をつく。
出会った時、防衛部隊の訓練生から正式隊員になった時、アドルフの部隊に入隊出来た時。
その度にアドルフはウィリアムの頭を撫で、ウィリアムは鬱陶しがりながらも心のどこかでそれを喜んでいた。
そんな記憶からウィリアムは、苦し紛れにローレライの頭を撫でていた。
情けない話だが、これがダメならウィリアムには他に手段はなかった。
当時のウィリアムは日々食事にありつける事に幸福を感じていたのだから、それも無理はないだろう。
だからこそ、ウィリアムはそう長くは続かないであろうこの幸せを謳歌する。
Crossingの富裕層を超える富を持ちながらも、清貧に生きるアロースミスの人々。
おそらくこの任務を終えれば2度と会う事はないであろう、血と硝煙に塗れたウィリアムとは違う世界に生きる人々。
自分に金では得られない施しを与えてくれた彼らを守りたいと、ウィリアムは心から願っていた。
ローレライが興味本位で買った青の固形食物を共に食べて共に苦しみ、水を買いに走る事でウィリアムは叶えてしまったように思えた。
しかしその望みは翌日、本来の意味で叶えられてしまう。
この日の分の教育課程が終わったのか、防衛部隊の詰め所の周りには子供達が溢れていた。
1時的に詰め所を預かっているウィリアムは纏わりつく子供達に苦笑し、その子供達を牽引してきたローレライは年上の幼馴染と熱心に話しこんでいた。
隊員の紹介の間だけとはいえ、防衛部隊の詰め所を預かる程度には寄せられた信頼。
BIG-Cの人間にとっては大したことのないそれも、スラム出身のウィリアムにとっては子供達のおかげで手に入れられた。
ウィリアムがあまりの情けなさに熱くなる目頭を押さえていると、詰め所にアサルトライフルをルーズに担ぐ1人の男が歩み寄ってきた。
「お疲れオリヴァー、恋人が待ってるぞ」
「お疲れウィリアム。待たせて悪かったね、サビナ」
いかにもお人好しそうな顔をした防衛部隊の男は、ローレライと話し込んでいたサンディブロンドの少女へと歩み寄って頬にキスを落とす。
茶化したつもりがオリヴァーのそれ以上の意趣返しに、ウィリアムは苦笑を深めながら肩を回す。
今度はウィリアムが子供達を連れて、哨戒任務に就く番なのだ。
それを察したのかローレライはすぐさまウィリアムの右手を取り、ウィリアムは詰め所内で仲睦まじく会話をする数少ない友人へと声を掛けた。




